9 寂しい、ということ

 華やかなドレスを纏って玄関ホールに現れたリゼルを一目見て、グレンは狼狽えたように「はっ?」と声を漏らした。


「リゼルか……?」


「侍女の皆さんに手をかけていただいたのです。に、似合いますでしょうか……」


 言いながらもリゼルはそわそわと落ち着かない。顔に施した化粧も、一部を結いあげて百合の花飾りをつけられた髪も、至る所にフリルとレースが施されたドレスも、何もかも慣れないものばかりだ。


 グレンは目を見開いたままで返事はない。と、その背後にネイが現れてぐいっと脇腹をどついた。……ど、どついた!?


 だがグレンは気にした風もなく、我に返って姿勢を正す。


「すまない、愛らしすぎて言葉を失っていた。今初めて、ろくに社交をしてこなかったことを後悔している」


 本当に悔やむように秀麗な顔を歪めるので、リゼルは呆気に取られる。


「どのような意味でしょうか……?」


「俺が剣ばかり振るっていなかったら、もっと何かまともなことを言えたはずなんだが、何も浮かばない。……本当に可愛い」


 しみじみと告げられる素朴な賞賛は、飾り気のない故にグレンの本心を直接伝えてくるようだった。リゼルの頬がじわりと熱を持つ。


「旦那様のお隣を歩いて、変ではないでしょうか……?」


「変なわけがあるか。むしろ、俺の方が見劣りするんじゃないかと心配なくらいだ」


 口早に答えるグレンは、略装の騎士服姿だ。帯刀こそしていないが、その居住まいは周囲の背筋を伸ばすほど堂々としていて、思わず見惚れてしまう。


 まじまじと馳せられるリゼルの視線に気づいたのか、グレンが面映そうに頬を指でかいた。


「休みではあるが、王都に出る時はいつも騎士服を着用するようにしている。犯罪抑止になるからな」


「それでは一時も気を抜けないのではありませんか?」


 休日なのに疲れないだろうか、と心配になる。しかしグレンは「騎士団長としては当然だ」と笑って肩をすくめた。社交より剣技を優先するグレンらしい。


 それから一転し、真面目な顔つきになって言う。


「そういうわけだから、リゼルはあまり可愛い振る舞いをしないでくれ」


「はい。……はい?」


 何を言っているんだこの方は、と怪しむが、グレンはいたって真剣だった。


「リゼルといると俺の頬が緩む。だが街で甘い顔を見せると、悪党をつけあがらせるからな」


「……旦那様は、笑うのもだめなのですか?」


 隣でグレンが仏頂面を作っているところを想像すると、この外出には何の意味もないように思えた。鳩尾の辺りに冷たい風が吹き抜けていくような心地がする。


 しょぼんと肩を落とすと、グレンが歯切れ悪く答えた。


「……たぶん、それくらいなら平気だが」


「良かったです。旦那様の笑顔が見られないのは……何というのか……」


 この冷え冷えとした感じを何と表現すべきかわからない。頬に指を添えて考えこみ、一つ思い当たってぽんと手を打った。


「寂しい、ですので」


「そういうのを……いや、俺が律すればいい話か……」


 グレンは白手袋をした手で口元を覆い、何か苦悩しているようだった。金髪の隙間から覗く耳が赤い。ホールの隅に下がったネイがニヤニヤしている。


 きょとんと見上げれば、わざとらしく咳払いをしてグレンはリゼルの手を取った。


「では行くぞ。忘れられない一日にしてやる」

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