【その神、人任せにつき】1

 


 「おお……! おおおお! 異世界……異世界だ……!」


 俺と神様は、俺が召喚された草原から一番近くの街、ラ・フタール王国の最南端に位置する、ヴィオネスタという街に来ていた。

 石造りの建物に煉瓦道、貨物を運ぶ竜車や立ち並ぶ賑やかな屋台。これぞまさにファンタジーといった街並みに感動している俺を、満足そうな顔で見ていた神様が、ふふんと鼻を鳴らす。


 「この街がキミにとっての、始まりの街になるわけだ」


 始まりの街。勇者っぽくていいじゃないか!


 「神様、魔王を倒したらこの街のど真ん中に、俺と神様の像を建ててもらいましょう。そしてプレートにこう書くんです。〈英雄 始まりの地〉と」


 キメ顔で言う俺を若干冷めた目で見ながら、神様がやれやれ……と肩をすくめる。


 「ずいぶん気が早いねキミは。あとルミア様かルミアさんでいいよ。なんか街の人たちが変人を見る目で見てきてるからね……あはは」


 少し気まずそうな顔をしながら、神様……もといルミアが、頭に手を当て街の人に軽く会釈をする。


 「それにしても、人が多いですね」


 往来の端に寄り、辺りを見渡してみる。

 人の多さで言えば、都会の繁華街くらいはいるだろうか。


 「ここは王都に次いで人口が多い街だからね。魔王の領地から十分離れてるし、街周辺のモンスターたちのレベルも低い。それにヴィオネスタは最近まで別の国で、この街はヴィオネスタ唯一の領土だったからね。ラ・フタールと合併してさらに人口が増えたみたいだ」


 勇者の始まりの街といえば、村とか集落が定番な気もするが、まあ大きい街でもいいだろう。

 なにせこの街は、いずれ勇者が訪れた始まりの地になるのだ。

 これだけ人がいれば、伝説として永く語り継がれるだろうし、凱旋パレードなんかやった日には最高の景色が見れるはずだ。


 「それはそうと、ギルドに行こっか。キミの冒険者登録をしなきゃいけないからね。」


 そう言いながら、ルミアは辺りをキョロキョロし始める。


 それにしても冒険者かあ……。ステータスとか調べたりされるのだろうか。

 並外れたステータスが明らかになって、いきなり王国軍とかからお声がかかっちゃったりして……!


 これからの展開を想像してニヤける俺の顔を、ルミアが訝しげな目で覗き込む。


 「どうしちゃったの? ずいぶん気持ちの悪い顔してるけど」

 「気持ち悪いは言い過ぎですよ。せめて気持ち悪い表情って言ってください。というかギルドに早くいきましょう! 伝説の始まりが待ってます!」


 ソワソワしながら言う俺に、ルミアは優しく微笑みながら──


 「ギルドって、どこかな」

 「いや、知らないですよ」


 この世界に来たばかりの俺に聞かれても知っているわけがない。


 「というか、ルミア様は知らないんですか? この世界の神様なんですよね」


 その言葉にルミアは、ウッ……と言いながら気まずそうに視線を外す。


 「あの……その話なんだけどね……実は、見て……ないんだよね……」


 ……見てない?


 「ああ、この街のことですか? 確かにさっき、魔王の領地から離れてるって言ってましたもんね」


 魔王の領地から離れているなら、見守る必要もあまりないだろうし、そういう意味だろうか。


 「い、いや……その、この街っていうか……この世界を……500年ほど…………」


 ……。


 「えっと……この世界を担当してるんですよね……?」


 神様の仕事がどういうものか知らないが、担当ということは任されているわけだ。

 それを500年放置プレイしてたってことか?神様にとっては世界ってそういうものなのか……?


 「違うの! いや違くないんだけど……あたしがちゃんと見てた時は平和そのものだったんだよ! たまに魔族と人間が争うくらいで……加護や祝福がなくても順調に発展してたし、ちょっとくらい放置してもいいかなー? って……」


 違った。この神様がだらしないだけだった。

 あと500年はちょっとじゃないと思うが。いや、神からしたらちょっとなのか?


 「それで……少し目を離してる隙に、なんか魔王湧いちゃってて、しかも人間なんて、魔王なんかのために召喚魔法なんか編み出して異世界から勇者とか言って人連れてきちゃってるし……でも、召喚されちゃってるものはもう仕方ないじゃん? まあそのうち魔王倒して、適当に帰ってくれるかなーって思ってたんだけど……」


 段々とルミアの声が細くなってく。


「なんか勇者みんな魔王に辿り着かないし、気づいたらいつの間にか勇者増えてるし……魔王は魔王で調子乗って魔王軍とか作っちゃってるし……。それにひどいんだよ!勇者が元いた世界の神たちからめっちゃ怒られたの! あたしちょっと目を離してただけななのに! 果ては神なのに魔王倒すまで下界送り! これも全部、あの魔王のせい……」


 いやあんたが目を離したせいだろ、と喉まででかかる。

 まあ魔王が生まれた原因は他にあるのかもしれないし、放置しなくてもいずれ生まれていたのかもしれない。

 その辺は俺にはわからないので黙っておく。


 「だいたい何、魔王って! 魔族の王如きでイキっちゃって! 神なんですけど! こっちは神なんですけど‼︎」


 魔王にマウント取り始めたぞこの神様。

 あれだ。この神様、多分ダメなやつだ。


 「と、とりあえずギルド探しましょうか……人の目も気になってきましたし」


 往来で話をしていたせいで、かなりの人が好奇の目を向けてきている。

 できるだけ早くこの場を去りたい。


 「人に見られてるのは、キミの服装のせいだと思うけど。まあ、うん。そうだね、そうしよう。そしてキミにはさっさとあの忌々しい魔王を倒してもらわないと」


 ルミアが覚悟を決めたようにキッと空を睨む。


 いや、注目浴びてるのは8割あんたが騒いだからだよ、と思ったが確かに今の俺の格好は、シャツにスウェットパンツと場違い感が否めない。


 とはいえ、急に召喚されて金も無いんだ、仕方ないだろう。

 この街に向かっていた間、俺はずっと、勇者の鎧とか渡されたり──!なんて考えてソワソワしていたのだが、そういったイベントは特になかった。


 と、ルミアが俺の肩にポンと手を乗せ────


 「よし! じゃあキミ、そこら辺の人にギルドの場所を聞いてきてくれるかな!」

 「…………」


 どこまでも人任せな雰囲気を漂わせるこの世界の神様に、微かな不安を覚えながらも俺たちは、ギルドを探して歩き始めた。




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