第19話 ツバメ
(とんでもなく夜が長い……)
ずっと眠っていたためか、全く眠くない。イーリスはいつ終わるのかわからない夜の静けさの中、絶望しそうになる気持ちを何とか奮い立たせていた。
(リーリさんが絶対にセレさんに伝えてくれている、はず。セレさんはこの国最強の魔術師だって、聞いた。だから、絶対大丈夫……!)
自分では何も出来ない。式の一つでも創り出してセレたちに居場所を伝えられれば良いが、魔力のないイーリスには不可能だ。やってみようとしたが、どれほど念じても何も感じられなかった。
不安に圧し潰されそうになりながら、イーリスは心の中で「大丈夫、大丈夫」と唱え続ける。セレとリーリ、そしてリスタとガオーラのことを思い出し、希望を保つ。
その時だった。
「――ったく、こんな寂しい牢屋を見回りなんてな」
「仕方がないだろ。ようやく捕らえた獲物を万が一にでも逃がしたら、旦那様からどんな仕打ちを受けるかわからないぞ」
「うへぇ、怖い怖い」
カーンカーン、と階段を下りて来る二人の男の会話が聞こえて来た。イーリスは慌てて目を閉じ、眠っているふりをする。するとしばらくして、男たちがイーリスの入れられている牢の前にやって来た。かざされたランプの明かりが眩しく、反射的に眉をしかめてしまう。
「しっかし、こんな初心そうな娘を閉じ込めて。旦那たちは何をしようってんだ? 愛人にでもしようってのか?」
「口を慎め。縁は切ったらしいが、旦那様の実の娘だそうだ。下手なことするなよ? 出来ねぇとは思うが」
「マジか……。あの高飛車お嬢様だけだと思ってたぜ」
そんな会話を交わし、見張りはもと来た道を戻って行った。無意識に息を止めていたイーリスは不自然に拍動する胸を押さえ、血の気が引くのを感じて歯を食いしばった。二度とかかわりたくないと思っていた元家族にかかわる情報に、イーリスは「やっぱり」という気持ちで
(やっぱり、父上が裏で糸を引いている。それに、本当にわたしを捕えたのも父上……?)
思えば、ウサギから人間に戻れなくなったから捨てられただけなのだ。また人間に戻ったとなれば、実験体として再び欲しいと思われる可能性も捨てきれない。
イーリスはカタカタと震える自分の体を抱き締めて、ぎゅっと瞼を閉じ夜が明けるのをひたすら待っていた。
❁❁❁
一方セレとリーリは、ツバメの後を追って王都の中を走り回っていた。何度かツバメが建物に立ち寄ったが、全てもぬけの殻。そのうち数か所は魔法局の職員がいて、セレはガオーラへの伝言を頼んだ。
「今まで言った場所、全部複数人がいた形跡があったわね」
「ああ、一時的にでも拠点にしたんだろう。だが、イーリスがいないのなら長居する意味がない。……壊す手間は後で良いだろ」
「まだ調査が終わっていないんだから、破壊したら駄目よ」
五か所目も空振りに終わり、セレは奥歯を噛み締める。一体幾つの拠点を転々としたのかと毒つきたくなる衝動を抑え、道案内のツバメを改めて飛び立たせようとした。その腕を、リーリに掴まれる。
「待った」
「――っ。ねえさん、一体何を」
「あれ、見て」
リーリの指さす方に目を向ければ、王都の大通りを供を連れて歩くジオーグ・ヘリステアの姿が見える。ジオーグはヘリステア家の現当主であり、イーリスの実の父親だ。
何度か王城内ですれ違い会釈をしたことがあるくらいの認知度だが、セレは殺気立ったままそれをジオーグへ向けようとした。
「――あいつは!」
「待って、襲っては駄目」
「……わかってる」
手のひらに燃え盛る炎の玉を出現させたセレに、リーリが慌てて首を横に振る。険しい顔をしたセレは、何度か深呼吸を繰り返してようやく手のひらの炎を消した。
いつの間に王城の近くに戻っていたかと周囲を見渡すと、ジオーグはセレたちの前でとある建物の中に入った。どうやら、ここがヘリステア家の屋敷らしい。
「……この建物、全て燃やしたら流石に駄目か」
「当たり前でしょう? 貴方も投獄されるわよ」
本気とも冗談ともつかないことを言うセレに冷静な返答をすると、リーリはちらりと空を見た。既に日が落ちて、夜空が広がっている。
「セレ、一旦今日は帰ろう? ほら、ツバメもくるくる回っているし」
「……夜の追跡は不得手ということだろうな」
式のツバメは、夜目がきかないらしい。リーリの言う通り、今日の所は帰る方が効率良く明日動けそうだ。それでも一秒でも早くイーリスを見付け出したいセレは、逡巡してから一旦ツバメを自分の手元に呼び寄せた。
「あいつが今回の首謀者なら、近いうちに所長たちと合流するはず。それがおそらく、最初で最後のチャンスだ」
「……最後まで私もいるから。一緒に必ずイーリスちゃんを助け出しましょう」
「ありがとう、ねえさん」
ツバメを一旦仕舞い、セレは暴れ出しそうになる自分の魔力を抑え付け、ヘリステア家の邸宅を眺めた。
(……イーリスが傷付けられた場所。のうのうと生きていられるのも今のうちだぞ、ヘリステア卿)
セレ物騒なことを心の中で呟き、誰も周辺にいないことを確かめる。野宿するため、この辺りに隠れられる場所はないかと周囲を見渡す。すると丁度人目につかない、大きな木が立っていた。
「あそこで一晩明かそう。それでも良いか、リーリねえさん」
「勿論。私を誰だと思ってるの?」
「……『辺境の魔女』だろ。もしくは『爆撃女王』」
セレだけでなくリーリもまた、王国屈指の魔術師の一人だ。ただ大雑把な火力のある魔法が得意なため、イーリスを拐われた時に力を発揮出来なかった。
「明日、必ずあいつを捕らえる。イーリス、必ず助け出すから」
あと一歩だ。セレはイーリスを思い、深く決意を固めていた。
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