第4章 過去との決別

第18話 何処かの牢

 ――ドプンッ。


 何かに引きずり込まれたイーリスは息が出来ず、頭が回らない。そのまま気を失い、何処かへと連れ去られた。


「……んっ。ここは?」


 目を覚ましたイーリスが見たのは、鉄格子。自分が倒れていた場所が砂地の上だと気付いた時、イーリスは自分が何処にいるのか理解した。


(牢屋の中、だね。もしかしなくても、ここは……)


 イーリスが自分で答えに辿り着く直前、鉄格子の外で人の気配がした。顔を上げると、丁度二人の人物がイーリスの前に立つ。


「おや、起きているようだな」

「そのようですね。ようこそ、イーリス嬢。新居は如何ですか?」

「……」

「感動で言葉も出ないそうですよ、所長」


 所長と呼ばれた男は、うんうん頷いて興味深そうにイーリスを見下ろした。その舐め回すような視線に、イーリスは恐怖を覚えてわずかに後ろへ下がる。しかし座っているため、思うような移動は出来ない。


(怖い……。でも、泣いても逆効果だ。泣いたら駄目だ)


 湧き上がる涙を意思の力で押し留め、イーリスは鋭い眼差しで二人の男を射抜く。彼らは期待した反応を得られなかったのか、顔を見合わせ肩を竦めた。


「思いの外、気の強いお嬢さんのようだね」

「ええ。……如何しましょうか? の言葉が正しければ、心身に負荷を与えるとウサギになるとか」

「牢屋に入れるだけでは生ぬるいか。確か、明日あの方が来られるのだったな?」

「ええ。目標を捕えたとお知らせしたら、明日にでも見に来ると」

「ならば、それからでも良かろう」


 研究所の元所長とその部下らしき男は、イーリスの前でそんな話をした。そして、自分たちを見つめるイーリスに、元所長はニヤリと嗤って「喜ぶと良い」と言い放つ。


「明日、お前のお父上がいらっしゃるぞ。お前を捕えれば、これまで以上に我らの研究に投資して下さるとおっしゃっている。我らのために、これから存分に働いてくれよ」

「おとう……さまが」


 ここに来て、初めてイーリスは二人の前で声を発した。蚊の鳴くような震え声で問いかけられ、元所長は満足げに微笑むと鉄格子ぎりぎりまで顔を寄せる。至近距離でイーリスを見つめ、彼女を怯えさせた。


「そうだ、お嬢さん。お前を実験の道具とし、挙句それでも飽き足らず我らに売り、今もう一度お前を欲しているらしい。ふふ、哀れな子ウサギだ」

「所長、そろそろ」

「え、ああ。行こうか」


 何か用事が控えていたらしい。元所長は手を伸ばし、イーリスの頭を撫でようとして身を引かれて諦めた。部下の男はイーリスを眺め、不意に行ってしまう。

 一人残されたイーリスは、足音が聞こえなくなってようやく肩の力を抜いた。はぁという自分の息が、静かな牢に嫌に響く。


(……リーリさん、心配してるだろうな)


 思い出すのは、拐われる直善に見たリーリの焦った表情。彼女も魔法を使って助けようとしてくれたが、力が及ばなかったのだろうか。もしくは阻害されたか。

 イーリスは寒々とした牢の中で背中を壁に預け、膝を抱えた。腕に顔を埋め、ぽつりと呟く。


「セレさん……ごめんなさい」


 あんなに案じてくれたのに、まんまと捕まってしまった。このまま会えなかったら、謝ることが出来ない。当然のことを考えて、イーリスは悲しさがせり上がってくるのを感じた。同時に、深い後悔の念が湧いて来る。伝えておけばよかったと自然に浮かんできたのは、初めてでその正体もわからないでいた感情。


「え……。そっか、そうなんだ」


 すとん、と腑に落ちた。イーリスは涙が溢れて来たことに気付いたが、それは拭っても拭い切れるものではない。


(わたし……帰らなきゃ、セレさんたちのところへ)


 イーリスはようやく落ち着いてきた涙を拭い、牢屋の中を見回した。ここに来てどれくらい経ったのかはわからない。しかし天井近くの小さな窓から陽の光は入って来ないため、おそらく夜だろうとあたりをつけた。

 何処かに綻びはないか。壁も床もそこら中探すが、出入り出来そうな場所は皆無。残るは天井近くの小窓だが。格子が嵌っているのが見て取れた。


(こんな時、魔法の一つでも使えたら……)


 ないものねだりをしても、何も解決しない。わかってはいるが八方塞がりとなった今、イーリスは自らの魔法の才の欠如を残念に思うのだった。


 ❁❁❁


 イーリスが攫われた直後、違法研究所の所員の行方を捜していたセレのもとへ通信が入る。念話が入り、セレは足を止めた。


「……ねえさん?」

『よかった、セレ! ごめんっ』

「何が? ……嫌な予感がするんだけど」


 かつてないほど慌てた様子のリーリの声を聞いた瞬間、セレの勘が働いた。何かとても恐ろしいことが起こったのではないか、と眉をひそめる。

 するとリーリは一瞬言葉を詰まらせたが、覚悟したのか言葉を続けた。


『セレ、。私の魔法では対抗出来なかった』

「……っ。すぐ捜す。ねえさん、魔力の残滓があれば確保しておいてくれ。一旦帰るから」

『わかった』


 念話を切り、セレはその場から駆け出す。自宅まで距離のある王都郊外にいるが、そんなことを憂いている暇はない。リスタに仕事を抜ける旨を一方的に飛ばし、魔法を使った。


(脚力強化)


 身体強化の魔法を明日を動かす力の補強に使い、更に跳躍力も強める。地面を走っていると、通行人との接触が面倒だ。セレは一息で屋根の上まで跳ぶと、後は屋根を伝って自宅まで駆け戻った。


「ねえさん!」

「セレ、これだよ」

「わかった」


 短い会話で互いに意思疎通出来るのは、付き合いが長いからこそだ。セレはリーリが防御魔法を応用した小箱の中に閉じ込めた残滓を取り出し、魔法を使ったものの波動を感じ取る。それをもとに、追尾魔法を使う。


「行こう」

「待っててね、イーリスちゃん」

「――イーリス」


 追尾魔法はツバメの形に変化し、飛び去った。セレとリーリはツバメを追い、王都の郊外へと駆け出すのだった。

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