第17話 一転

 リーリがセレとイーリスと共に暮らすようになって二週間ほど経過した頃のこと。三日ぶりに夕刻帰宅したセレが、イーリスとリーリと共に食後に「話がある」と切り出した。


「ようやく、行方を捜していた研究者たちを捕まえられるようになってきたんだ。ほとんど捕まえたけれど、あと二人。彼らを見付け出さないといけない」

「もう、そんなところまで……」

「あんたたち、やるじゃない。でも、それとこの場とどう関係があるっていうの?」


 リーリの言う通りだ。イーリスも、セレが何を言おうとしているのかわからない。きょとんとしていると、セレが声色を変えた。変えたというよりも、真剣みが増したのだ。


「ここからが、本題だ。……捜しているのは、研究所の所長とその部下。彼らは魔術師としても優秀で、一時期魔法局に所属していたこともあるらしい。まあ、そこで問題を起こしてクビになり、闇に落ちたという話なんだけど」


 なんと、研究所の所長とガオーラは同期だという。何処で何をしているかわからなかった同期がそんなことをしていると発覚し、ガオーラは大層落ち込んでいたとセレは言った。


「そして彼らの得意とする魔法の一つに、水魔法と転移魔法があるんだそうだ。強力な水魔法と正確な転移魔法。それらにはよくよく気をつけろ、とジスタート様は言っていた」

「転移魔法、か。捕まえたとしても、逃げられないように魔法遮断の壁で囲わないと難しいわね」

「そうだな。まあそこは、俺たちがどうとでもする。問題なのは、奴らがイーリスのことを嗅ぎ付けた可能性があるってことだ」

「……わたしのことを、ですか?」


 驚き目を丸くするイーリスに対し、リーリはすぐさまその意味を正確に理解したらしい。「まずいわね」と呟くと、セレの方に目を向けた。


「どうして奴らがこの子のことを知っているという話になったの?」

「元所長たちの隠れ家は、幾つか候補があって絞れていない。でもその一つの近くで、奴ららしき人物が複数回目撃されている。目撃証言は王都でも出ていて、ある目撃者がこう言ったんだそうだ。『聞かれたんです。この辺りでは見かけない男に。ウサギが女になったっていう話を聞いたんだが、詳しく知りたいんだって』と」

「この子のことを捜している? 何で……」

「わたしもわかりません。魔力は強くないから足手まといだし、何も出来ないし」


 眉をひそめるイーリスに、セレは「ちょっと違うんだ」と続ける。


「あの時買ったウサギが、本当は人間だったということに好奇心が湧いたんじゃないかっていう推測がある。あくまで推測だけど、方向性はどうあれ熱心な研究者であることは間違いないからな」


 その情熱を、もっと別の方向に傾けられていたら。イーリスはふと思ったが、こればかりは本人の選択だ。それよりも今は、自分の身が危険だということに意識を向ける。


「……自分で気をつけはします。それに、わたしはほとんど家から出ないから」

「俺がずっとついていられれば良いんだけど、そうもいかない。だから、リーリねえさん頼んだよ」

「精一杯、イーリスちゃんは守るわ。貴方も早く帰って来るようにしなさいね」

「ああ」

「ありがとうございます、お二人共」


 ぺこりと頭を下げたイーリスを、リーリが背後から手を伸ばしてぎゅっと抱き締める。共に過ごすようになり、イーリスはリーリの人懐こさを身をもって体感することが増えた。人にくっつかれることに最初は緊張していたイーリスだが、徐々にそれが嬉しいことだと感覚で理解した。今では、喜んでリーリを受け入れている。


「んーっ可愛い!」

「えっと……あ、ありがとうございます」


 ただ、まだ「可愛い」と言われることには慣れていない。イーリスは、頬を染めながらも照れ笑いを浮かべる。そして、何となく顔が険しく見えるセレに気付き、首を傾げた。


「セレさん? どうかしましたか?」

「……え?」

「何か、顔が険しいような……」

「……気付かなかった」


 自分の頬に触れ、セレが初めて知ったような顔をする。それを見て、何故かリーリが肩を震わせ笑い出す。


「ふっ……ふふ」

「ねえさん」

「ごめんごめん、そんな怖い顔しないで。素直になってきて、私は嬉しいんだから」

「俺のことは良いから。イーリス、何かあったらねえさんを頼ってくれ。俺も、出来る限り早く危険をなくせるようにする」

「ありがとう」


 次の日の朝、セレは夜が明ける前には出掛けていた。イーリスはリーリと共に過ごし、何事もないまま七日が過ぎようとしていた。

 しかし、気を抜かず出来る限り誰かと共にいることを心がけて生活する。イーリスが心がけずとも、リーリは彼女にべったりで、リーリがいない時はあのメイドのぬいぐるみが傍にいてくれた。


「いつ来るかと緊張感は持っているけど、来ないに越したことはないわね」

「リーリさんとメイドさん、それにセレさんが居ますから」


 そんな会話をして過ごしていたとある昼間のこと。セレが出掛けていないある日、イーリスとリーリはキッチンで夕食の下ごしらえをしていた。魚を調味液につけておき、その他のものも支度しておくのだ。


「あとは、何がいるかしら? あ、ミルクか」

「冷蔵庫から、出しておきますね」

「お願いね」


 イーリスは冷蔵庫を開け、ミルクの入った縦長の容器を手に取る。扉を閉めてリーリに渡そうとしたものの、彼女は何かを見つめていてイーリスに背を向けていた。不思議に思い、イーリスはリーリの肩越しにそれを見る。


「リーリさん?」

「イーリスちゃん、駄目!」

「え? ――あぐっ!?」


 リーリが見たものを確かめるよりも先に、イーリスは自分の首を何かが絞めていることを知った。抗おうとしても、相手の実態が掴めずに指は空を切る。

 気付いたリーリがイーリスを抱き締めて魔法でその何かを引き剥がそうとするが、うまくいかない。そうしているうちに、イーリスは何かに引っ張られるような感覚に襲われる。


「イーリスちゃん!?」

「リー……」


 リーリの腕の中にいたにもかかわらず、イーリスはズボンッと水の中に沈むように何処かに引きずり込まれた。





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