第16話 従姉召喚
イーリスが魔法局に初めて行ってから、数週間が経過した。その間、セレは何度か夜家に帰って来ないことがあった。
初めての時心の底から心配してあわあわとしていたイーリスは、メイドのぬいぐるみに「大丈夫ですから落ち着いて下さい」と叱られている。それが翌日昼に帰って来たセレにぬいぐるみの口から報告され、セレは悶えたというのはイーリスの知らぬところである。その後セレは当日朝に、夜は帰らない旨をイーリスに伝えるようになった。
「イーリス、あと一か月くらいは一人にすることが増えると思う」
ある日の昼食時、セレはイーリスにそう告げた。研究所の件が徐々に進み、もうすぐ片を付けられそうだとセレが言ったのは五日ほど前のこと。
「セレさんたちに危険は、ないんですか?」
「……ないとは言い切れない。けど、必ず戻って来るから」
「――わかりました。どうか、お気をつけて」
しゅんと目を伏せるイーリスだが、彼女もよくわかっている。自分が生死を彷徨わされた研究所の一件は、一刻も早くどうにかしなければ国家の安寧にかかわると。
イーリスが何とか気持ちと折り合いをつけてセレを見送ろうとした矢先、セレは「だから」と話を続けた。
「メイドがいるとはいえ、あれは俺の魔力の一部でしかない。だから、頼んだ」
「頼んだ? 一体何を……」
きょとんとしたイーリスの目の前で、セレが指を鳴らす。すると彼の横の床に魔法陣が描き出された。その魔方陣が輝き、何かを呼び出す。イーリスはそのまばゆい光に思わず目を閉じる。
「きゃっ」
「――ふう、転移成功ね」
それは、大人の女性の少し低い声。イーリスがそっと瞼を上げると、目の前に片に付かない程度に黒髪を切り揃えた美女が立っていた。何となくセレに面差しが似ている気がして、イーリスは目を瞬かせる。
「イーリスさん、あの方は……?」
「俺の従姉、リーリねえさんだ」
「いとこさん」
そういえば、とイーリスは思う。自分が借りている服もあのメイドのぬいぐるみも、セレの従姉が関係していた気がする。
おっかなびっくりしながらも、イーリスはまじまじとリーリを見つめた。意志の強そうな目が、イーリスの視線に気付いて細められる。
「突然こっちに来てくれなんて言われて驚いたけど、貴女が噂のイーリスさん?」
「あ、はい。初めまして、イーリス・ヘリステアです」
「ご丁寧にありがとう。
「お、お願いします。リーリ様」
リーリに手を差し出され、イーリスは戸惑いながらもその手を握る。握手を交わし、リーリは満足して従弟のセレに顔を向けた。
「で、今月いっぱい私がここに住めば良いわけね?」
「ああ、頼む。……イーリス、言ってなかったんだが、今日からねえさんにもここに住んでもらうことにしたんだ。俺たちが普通に帰れるようになるまで、ねえさんにイーリスのことを頼もうと思って」
「そうなんですか!?」
突然の提案に、イーリスは目を丸くする。セレの家でセレ以外の誰かと生活を共にするというのは、何とも不思議な心地だ。
驚くイーリスに、リーリも助け舟を出した。背の高い彼女は前かがみになり、イーリスを正面から見つめる。淡い赤の瞳にイーリスが映った。
「もしイーリスさんが嫌だって思うなら、無理強いはしないわ。別の手を考えて、貴女を守るから」
「いえっ! 嫌だとかそういうのではなく。……なんというか、とても緊張するなと思いまして」
「緊張……そっか」
「あ、ねえさ……」
セレが止める暇もない。リーリは頬を染めて俯くイーリスに目を細め、柔らかく抱き締めた。突然のことに目を丸くするイーリスの頭を撫でて、リーリは「怖くないわよー」と笑う。
「私は、貴女と友だちになりたいから、セレの求めに応じて来てみたの。だって、あの無愛想なセレが顔色変える子なのよ? 興味持つに決まってるわよね」
「えっ。えっと……」
「ねえさん!」
「そんな怖い顔しないでよ、セレ。あんたの大事な子、私も大事にしたいんだから」
イーリスからは見えなかったが、リーリは「ふふっ」と笑い声を上げる。おそらく、ニコニコしているのだろう。
「だから、嫌がることはしたくない。……ねえ、どうかしら?」
決して無理強いはしない。その言葉は本当らしい。リーリはイーリスから離れると、にこにこその場に立った。
イーリスは少し考えて、小さく頷く。セレの信頼するリーリならば、きっと良い関係を築けると信じた。
「……はい。お願いしたいです」
「良いのか?」
「はい。だって、セレさんの信頼する人なんですよね? だから、大丈夫です」
「……」
「顔のニヤケが隠せてないわよ、セレ? ほんと、あんた変わったわね」
「ぐっ……止めてくれ」
つんつんと頬をリーリにつつかれ、セレは顔をしかめてリーリの指を手でガードする。そんなやり取りをする二人が微笑ましく、イーリスはにこにことそれを見守っていた。
それから、リーリが事件が落ち着くまでセレの家に滞在することがきちんと決まった。残っていた空き部屋を掃除し、彼女の部屋にする。
「じゃあ、今日から宜しくね」
そう言い残し、リーリは一度荷物を取りに帰ると言って再び魔法陣の中に消えた。彼女が再びイーリスの前に現れたのは、それから数時間後のこと。
身近に親しくしてくれる異性も同性もいなかったイーリスは最初こそ緊張していたものの、数日後にはリーリと友だちのように話すことが出来るようになっていた。
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