第15話 留守番
ガオーラとリスタが部屋から居なくなり、静かになった。イーリスはそっと隣を盗み見て、慌てて視線の向きを戻す。それを何度か繰り返していた。
(どうしよう!? セレさんに「もう大丈夫です」って言った方が良いのかな)
未だ、セレの手がイーリスの手を捉えている。それを指摘すべきか否か、イーリスの頭の中はそればかりだ。
「……あの、セレさ」
「話してくれてありがとう、イーリス。お蔭で、この事件の核により近付ける」
「え? あ……はい、お役に立てるのなら嬉しいです。それで、その」
「だけど……俺はきみにそんな風に強張った顔をさせたいわけじゃない」
「あっ」
繋いでいた手を引かれ、イーリスはセレの胸に飛び込む形になった。ごめんなさいと言って離れようとしたが、 何故かより抱き寄せられる。セレの心臓の音が直接耳に響く気がして、イーリスは頭が沸騰しそうになった。
「――っ!」
「頼んだのは俺だし、イーリスがどんな答えを出しても尊重するとは言った。でも……勝手なんだ。俺は、何でイーリスが一番苦しくて辛い時に助けられなかったんだろう……って」
「し、知らなかったんですから。だから、セレさんが気に病むことじゃ……」
セレとイーリスに、この前まで接点はなかった。閉じ込められて世間に隠された令嬢と、王国最強と名高い魔術師。その二つの何処に、接点など作る要素があるというのだろうか。
イーリスが淡く微笑んで言うと、セレの顔色を窺おうと顔を上げようとした。しかしその目的が達せられることはなく、何故かイーリスの視界はセレの手のひらで塞がれてしまう。
「せっ、セレさん?」
「ごめん。ちょっと……不意打ちは心臓に悪いから」
「……?」
イーリスはセレの発現の意味を測りかねながら、視線を戻す。戻してもそこはセレの胸元であるから、きゅっと瞼を閉じた。
イーリスは知らない。彼女の上目遣いに、セレがやられそうになっていたことを。腕の中にすっぽりと納まってしまうイーリスを抱き締めたまま、セレは改めて一つ決意した。
(彼女を守る、その身を、笑顔を。そのためには……)
その時、ガチャリと戸が開いた。食堂に菓子を貰いに行っていたガオーラとリスタが戻って来たのだ。二人は腕に四人分の数種類の菓子を持っていた。籠に入ったそれは、マフィンやクッキーの類である。
喋りながら部屋に入って来たガオーラとリスタは、セレがイーリスを抱き締めているのを見て一瞬固まった。先に我に返ったのはガオーラだ。
「おっと」
「昼間から大胆だな、セ……」
「ジスタート様、リスタ」
「どうした?」
セレの声は、落ち着いていた。しかし、その中に感じ取れるのは怒り。年の功かいち早くそれに気付いたガオーラが問い返す。リスタもまた、セレをからかうのを止めて真剣な顔をした。
「セレ?」
「早急に調べたいことがあります。協力してもらえませんか?」
あの研究所の件に片を付けるため、必要なことです。セレがそう言うと、ガオーラとリスタは顔を見合わせた後に頷いた。
イーリスは三人の会話を聞きながらも、自分の状況に混乱し続けていた。片手を掴まれ、体はセレに密着したまま。こんな状況で冷静でいろと言う方が無理な話であり、そのまま会議を始めようとする三人に向かって、イーリスは勇気を振り絞って声を上げた。
「あっ、あの!」
「……あ」
「あー」
「ぐ……くくっ。セレ、今更気付いたの? お前、ずーっとイーリス嬢のこと抱き締めたまんまだったんだぜ?」
リスタに言われ、セレは耳まで真っ赤にしてイーリスを解放した。ようやく自由になったイーリスだが、普段よりも早い胸の鼓動が収まらずに胸元を指で押さえた。
それを見たセレが、眉を寄せて視線を落とす。
「……。ごめん、イーリス。痛かったか?」
「そうじゃ、ないんですけど……む、胸の奥が苦しくて」
「――っ」
イーリスに意図はない。しかし無意識に放ってしまった言葉は破壊力抜群で、セレは彼女から顔を背けて何度か咳払いをした。
「だ、大丈夫ですか。セレさん?」
「……ごめん。大丈夫」
何かを魔法を唱えて気持ちを落ち着かせたセレは、ニヤニヤ笑うリスタが持って来た籠からマフィンを一つ掴んでイーリスに手渡した。チョコチップの入ったそれは、柔らかくおいしそうだ。
受け取ったイーリスに、セレは「それ食べててくれ」と呟く。そしてイーリスが頷くのを見てから、ニヤニヤ笑っているリスタとガオーラを睨み付けた。
「さっさと決めましょう、必要事項を」
「もっとやっててくれても良いんだぞ? 女の子を溺愛してるセレなんて、一生見られないと思っ……」
「一週間喋れなくしてやろうか?」
「悪かったって」
半ば本気で魔法を行使しようとしたセレと慌てて謝るリスタ、そして二人のやり取りを鷹揚に眺めているガオーラ。三人三洋の様子に、イーリスはくすくすと笑った。
「仲良いんですね、お二人共」
「……」
「そこは肯定してよ。唯一の親友だろ?」
「ふふっ。お前たちは見ていて飽きないな」
そんなやり取りをして、ようやく話が戻る。それぞれの手にクッキーやマフィンを持ちながら、若干緊張感に欠ける作戦会議が始まった。
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