第13話 ウサギの勇者

「わたしから、話をですか?」

「そう。とはいえ、当然強制じゃない。イーリスが良いと言ったらの話だ」


 夕食を食べ終わって片付けをしていた時、イーリスはセレから話を聞いて目を丸くした。


「そうなんですね。どうしよう……」

「俺は、イーリスがどちらを選んでもそれを尊重する。……正直、嫌な思いをする可能性もあるから勧めたくはないんだが」


 顔をしかめるセレに、イーリスはふっと微笑む。そんな風に、相手のことを考えられるところが彼の長所だと思う。


「優しいですね、セレさん」

「……優しくなんてない。城じゃ、無愛想だ何だと言われる」

「そうなんですか? でも……少なくともわたしには、凄く優しい表情を見せて下さいますよ」

「それは……っ」


 何故か、セレが顔を赤くする。手の甲で顔を隠す仕草をしながら、兎に角と話を戻した。


「ジスタートさんからの頼み、断ってくれても良いから。研究所の件は、何もしても片を付ける」

「……ちょっとだけ、考えさせて下さい」

「わかった」


 少しだけほっとした顔をして、セレはシンクの中の食器を手に取る。イーリスも布巾を手にして、セレが洗った食器を拭いて棚に戻した。

 その後イーリスは自室に戻り、セレの書庫から借りてきた本を広げる。人間に戻ったイーリスのために、セレが空き部屋を彼女の部屋として用意してくれたのだ。簡素なベッドと本棚、クローゼットがある他はあまりものがない。これから増えるだろう、とイーリスは少しわくわくした。

 持ってきた本は数冊あるが、そのうちウサギが主人公の児童書を選ぶ。


(ウサギが勇者になって、悪いクマを退治しに行くんだっけ)


 可愛らしいウサギが、勇ましく旅をする姿が描かれている。そのウサギは旅の途中で仲間を得て、クマのもとへと進んで行くのだ。

 ページをめくっていくと、クマに罵られたウサギが反論する場面が現れた。ウサギは懸命に訴える。


「……『ぼくは、もうひとりぼっちじゃない。ぼくを信じてくれる、共に歩く仲間がいるんだ』か。……わたしも、自分が前に進むために出来ることをやらないとね」


 ウサギはこの後、クマたちと戦い和解する。最後まで読み終わる頃には、イーリスの眠気は限界に達していた。


「明日……セレさんに言おう……」


 決意を胸に、イーリスは眠りの世界へ引きずり込まれた。


 ❁❁❁


 翌日、イーリスはセレと共に朝食を食べながら昨夜の話をした。ちなみに朝食は、野菜のサンドイッチとスープである。


「本を読みながら、思ったんです。わたしも、前に進むために自分が出来ることから始めようって」

「つまり、ジスタートさんの依頼を受けるということか?」

「はい。でも、一人で話し終えられる気がしないので……セレさん、一緒にいてくれませんか?」


 イーリスは、自分の経験談をセレの上司であるガオーラ・ジスタートに語ることで研究所の件を解決する手助けになればと思った。そして、自分を研究所に売った元の家族のして来たことも、静かに葬り去られてはいけない。

 イーリスの決意を聞き、セレはわずかに眉をひそめた。しかし軽く息をついてからは、彼女に「わかった」と頷く。


「一緒にいる、約束する。それに、イーリスの意思を尊重すると言ったのは俺自身だ。早速、明日魔法局に行ったらジスタートさんに伝えておくよ。場所は、たぶんだけど魔法局での対談になると思う」

「魔法局。……セレさんの職場の?」

「ああ」


 ガオーラは昼間、基本的に魔法局内にいる。局長でもある彼は、滅多に建物を出られない。そのため、魔法局内で会うことになるだろうとセレは言った。


「イーリスはあまり落ち着かないだろうけれど、出来る限りフォローするから」

「はい。頼りにしていますね」


 二人で食事の後片づけを終え、イーリスは魔法局に行くセレを見送った。それからいつ呼び出されても大丈夫なよう、話し伝える内容をまとめておこうとイーリスは机に向かう。

 自分が売られた経緯と研究所で見聞きした事柄を簡単にメモにまとめた。


「……うん、これでいいかな。そういえば、ジスタートさんってどんな方なんだろう。セレさんの上司だって聞いてるし、楽しみだな」


 セレが普段、どんな風に仕事をしているのか知らないイーリスは、彼の仕事での表情を見られるはずだと楽しみにしていた。それにどんなに過去を語ることが怖くとも、セレが一緒にいてくれるのならば大丈夫、と自分に言い聞かせる。


「……さあ、何か作ろうかな?」

「お手伝いしますよ、イーリス様」

「ありがとう、メイドさん」


 自室を出て、キッチンに入ったイーリス。丁度布巾を畳み終わったメイドのぬいぐるみと共に、自分の昼食兼夕食の仕込みを始めることにした。基本的にセレが全ての食事を作ってくれるが、時折イーリスもレシピ本を見ながらおかずを作る。今日は新鮮な魚が冷蔵庫に入っていたため、それを使って何か一品作ろうと考えてた。


「ただいま。……何か美味しそうなにおいがする?」

「お帰りなさい。ちょっと頑張ってみました」 


 その日の夜帰宅したセレから、面談は明後日に魔法局でと決まったことを報告されたイーリス。予定などを詰め、イーリスはセレと共に話し合うことにした。

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