第3章 魔術師の縁
第12話 経験を語る
「……というのが、わたしのこれまでのことです」
「……」
空になったコップを掴む手に力が入ってしまうのは、気持ちを落ち着かせようとしたイーリスの苦肉の策だ。震えて喋れなくなりそうになりながら、イーリスは出来る限り短く、自分の過去をセレに語り終えることが出来た。
(ようやく、言えた)
ほっと胸を撫で下ろす。今までは過去の出来事を口に出そうとしただけで、言葉が震えた。実の家族に実験体とされ、人には絶対に見せられない醜態を晒した。生きているのが不思議なほどの酷い扱いだった、と今ならば思える。更に何の因果かウサギになってしまい、家族だった者たちに売られて実験動物として生を終えるところだった。我がことながら、何という生かされ方をしてきたのかとイーリスは思う。
話し終えて、イーリスはセレの様子を窺った。自分がどんな反応を期待したのか、それとも期待していないのか。兎に角、何か反応が欲しいとイーリスは不安を宿した目でセレを見つめる。
「……」
「あの、セレ……さ……っ!?」
「――よく生きていてくれた、イーリス」
「あ……」
怒るのでも喚くのでもなく、セレはイーリスを抱き締めた。ウサギの時と同じように優しく頭を撫でられ、イーリスは驚き目を見開く。
「セ、セレさん」
「これからは、俺がイーリスを守るから。もう、死にたくなるような思いなんて、させない」
「……っ」
セレによって呟かれる言葉は、イーリスの耳にわずかにかすめていく。それが心地良くもくすぐったくて、イーリスは泣きたい気持ちになった。
イーリスの指が、セレの服を握る。それに気付いたセレが、ぽんぽんと背中を撫でるようにたたいた。
「必ず守る。約束する」
「セレ、さんっ……」
座り込んでしまうイーリスを抱き締め、セレは彼女に聞こえないくらいの声で呟く。
「……ただでは済まなさない」
それは低く、決意を秘めた声色だった。
❁❁❁
「……というのが、俺が彼女から聞いた話の全てです」
翌日、セレは魔法局においてガオーラにイーリスから聞いた話を報告していた。勿論、イーリスに許可は取っている。イーリスからセレが聞いた、実家での家族の魔術の実験に使われて身も心もすり減らす日々。そしてウサギから人間に戻れなくなってから、あの研究所に売られ死を待っていた日々。口に出すだけでもはらわた煮えくりかえりそうな気持ちで、セレは極力冷静を心掛けて口を動かした。
セレの隣には、ウサギが人間だと気付いていたリスタもいた。セレとガオーラ、そしてリスタの三人だけがガオーラの執務室に集まっているのだ。
そのリスタは、セレが話し終えると顔をしかめて「
「自分の娘に対して、そんな
「高名だからこそ、なのかもしれないな。光が強ければ、それに応じて闇も深まる」
淡々と言ったガオーラは、ふむと腕を組んだ。
「しかし幾ら魔法局とはいえ、ヘリステア侯爵に事情聴取することは出来ない。現場を押さえられれば言い逃れをされる心配はないが……」
「そう簡単に尻尾を出すとも思えません。まずは研究所の所長など、まだ捕まえられていない者たちを捕縛することが先決かと。不審火の件もありますし」
セレの言う通り、研究所の所長などはまだ捕らえられていない。彼らが捕まれば、彼らとヘリステア家の関係を聞き出すことも出来るだろう。更に、不審火はその所長らとの関係が噂されているために丁度良い。
「そうだな。トカゲのしっぽと同じかもしれないが、一つでも手掛かりは多い方が良い。二人共、怪しいことを聞いたら共有してくれ」
ガオーラの指示に、セレとリスタは「はい」と応じた。
ヘリステアは国内有数の魔術師を輩出する名家であり、同時に伯爵の位を有する貴族でもある。魔法局は国の機関の一つだが、それでも魔法局を率いる長のガオーラの爵位は男爵。伯爵家にたてつけば、爵位があっても潰されてしまう可能性が高い。
それから仕事のために部屋を辞そうとしたセレは、ガオーラに呼び止められる。セレはリスタに先に行ってもらい、その場に一人残った。
「何かありましたか?」
「いや。一つ、セレ……というかイーリス嬢に頼みたいことがあるんだ」
「頼み、ですか?」
目を瞬かせ、セレが首を傾げる。その彼に、ガオーラは頼みごとを口にした。
「ああ。近いうちに、イーリス嬢を魔法局に連れて来て欲しい。本人にしかわからない記憶や経験があるはずだから、事件を闇に葬らないためにも。彼女自身から詳しく話を聞きたい」
「……わかりました。イーリスに聞いてみます」
「頼むぞ」
少し、セレはガオーラの頼みを聞きたくなさそうだ。しかし上司で魔法局局長でもあるガオーラの依頼は断ることが出来ず、セレは不承不承でも頷くしかない。
セレはガオーラの前を辞して仕事に向き合いながら、イーリスにガオーラの頼みをどう伝えるべきか考えていた。
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