第11話 プリンと蓋の鍵

 夕刻となり、メイドのぬいぐるみがイーリスを呼びに来る。いつもならばそれを見越して本を片付けておくのだが、今日は思いの外集中してしまって足をつつかれた。


「イーリス様、そろそろお時間ですよ」

「ふふ、ありがとうございます。片付けますね」


 今日読んだ本は、調理器具の作り方の本と魔導書一冊、更にお菓子作りの本だ。そして今イーリスの手元にあるのは、動物を使役する魔術の本。使役すると言っても、無理矢理言うことを聞かせた場合は弱い力しか発揮出来ないらしい。最高の力を発揮するには、動物との信頼関係が大切なのだとか。


(もしもわたしがウサギのままだったら、セレさんに使役されることもあったのかもしれないな……。ウサギを使役して、特別な魔法が使えるなんてことは聞いたことないけど)


 小さく笑ったイーリスは、テーブルに重ねていた本を全て本棚の元の位置に戻す。そして、メイドのぬいぐるみの後について地上階のキッチンへと向かった。毎食セレに用意してもらっているため、今日こそ何か振舞いたい。


「これでも少しずつ昼間に練習はしているから……」


 メインはいつも、セレが前日に仕込んで仕上げるだけの準備をして置いて行く。そのため、イーリスがこれから作るのはデザートのプリンだ。

 実は色々調べて他にも作りたいものはあったが、何故かメイドのぬいぐるみに止められてしまった。「火を使ったり刃物を使ったりする料理は、ご主人と一緒にやって下さい」と言う。しかたなくイーリスは、卵やミルクを使って料理のレシピ本を読みながらプリンの生地を作る。


「――ただいま」

「あ、お帰りなさい。セレさん」


 丁度プリンを冷蔵庫に入れた後、セレの声が玄関から聞こえた。ぱっと笑みを浮かべたイーリスがエプロンをしたまま出迎えに行くと、セレは何やら暗い表情をしている。


「……セレさん? どうかなさったんですか?」

「イーリス?」

「は、はい。……きゃっ!?」


 突然セレに抱き寄せられ、イーリスは思わず声を上げた。その後どうしたのかと訪ねても、セレは何も言わない。

 しばらく黙って抱き締められていたイーリスだが、彼女の心臓はバクバクと大きな音をたてていた。体が熱を持ち、頭が真っ白になる。全身でセレの体温を感じ、胸が苦しい。


「あ、あの……っ、セレさん?」

「――っ、すまない。驚かせたな」

「い、いえ……」


 ようやく解放されたが、イーリスはセレの表情に不安を覚えていた。何かを深く考えている険しい顔のまま、荷物を置くと言って自室へ行ってしまうセレ。その背中を見送り、イーリスはキッチンへと戻った。

 それから数分後、仕事着から幾分緩い服に着替えたセレがやって来る。表情は少し落ち着き、自分を見つめるイーリスに気付き首を傾げた。


「……どうかしたのか?」

「あ、あんな顔して帰って来たら、心配にもなります。それに、帰って来るなりだっ……抱き締められたら……」


 どんどん声が小さくなる。自分で言った言葉に照れてしまったイーリスに、セレもつられて顔を赤くした。そして咳払いを一つすると、イーリスの名を呼ぶ。


「――イーリス」

「はい、何でしょう?」

「……食事の後、話しする時間をくれないか? あんまりというか、絶対イーリスが嫌がると思う話だけど」

「……わかりました。その話の後で、デザート食べましょう?」

「デザート?」


 きょとんとするセレの背中を押し、イーリスは彼と共にキッチンに立つ。指示を受けながら手伝いをして、二人で夕食を完成させた。

 味付けして置いた鶏肉を揚げ焼きしゴマをかけたものと、サラダ、そしてスープにハード系のパン。何となく静かな食卓を囲み、食器類を片付けた後でセレが話を切り出した。


「実は、この前の……イーリスがウサギになっていたことを、同僚と上司に話したんだ。ごめん、許可も得ずに」

「え! あ、いえ……。あの研究所のことを調べているのなら、いずれ何処かで情報は出て来るものでしょうから」

「……俺の顔というか、態度でバレたみたいなんだけどな」

「……? 態度?」

「何でもない」


 イーリスは不意に顔を赤くしたセレを不思議に思いながらも、真剣に彼の話に耳を傾ける。どうやらセレの同期であるリスタは動物使役のエキスパートであり、ウサギだったイーリスをただのウサギではないと見破っていたという。更に上司のガオーラが、研究所の件を解明するためにイーリスと話をしたがっているのだとか。


「勿論、イーリスが嫌なら聞かないとガオーラさんは言っていた。俺も、イーリスに無理強いはしたくない。それと、もしもガオーラさんたちに話すなら、内容は咲季に俺に教えて欲しい、くらいかな」

「……わたしが、ウサギになってあそこにいた理由をですよね」

「前に話そうとした時、苦しそうだった。思い出したくない箱の中身なら、無理矢理こじ開けない方が良いかもしれないって思ったんだけど」


 どうだ。セレに問われ、イーリスは胸に手をあてて考えた。今でも実家でのことを考えると呼吸が荒くなる感覚がある。


(それでも、いつか向き合わないといけない)


 隠してふたをして忘れたふりをして生きていくことが間違っているとは思えない。同時にイーリスは、セレに話すべきことを話さずに黙っていることの方が苦しいと考えていた。毎日セレと二人で過ごしてきて、本から知識を得る度に、彼に嘘をつきたくないという気持ちが大きくなる。


「……話しながら、泣くかもしれません。取り乱すかもしれません。それでも、聞いてもらえますか?」

「……ああ」

「気持ち、落ち着かせましょ。今日、プリン作ったんですよ」


 震えそうになる声を抑え、イーリスは二人分のプリンを持って来てスプーンと共にセレに手渡す。そして居間のソファに座ると、セレが隣に腰を下ろした。


「作ってくれてありがとな。食べさせてもらうよ」

「はい」


 二人で並んでプリンを食べながら、イーリスはポツポツと経験談を話し始めた。

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