第4話 同僚と上司

 セレのもとに引き取られてから、イーリスは環境の変化に驚きっぱなしだった。まず、衣食住に困らない。兎なのだから衣はこれといって必要ないのだが、温かなベッドに部屋、そして栄養の考えられた食事も用意される。


(それ全部、セレ様が用意して下さるんだもの……ありがたすぎる)


 そう、セレはたった一人で住んでいるのだ。住んでいる場所は、王都の龍深部からは少し距離のある森の中。どうやら彼は人との接触をあまり好まないらしい。家も王都の貴族たちの屋敷とは比べるべくもないこじんまりとしたもの。


「ここが、俺の城なんだ。魔法局に呼ばれれば留守にするが、宜しく頼む」

(わかりました)


 イーリスとセレは意思疎通が出来ない。しかしセレ自身が寡黙な方であるため、イーリスは彼の少ない言葉から取るべき行動を選択していた。


 ❁❁❁


 ウサギを引き取ってから数日後、セレは仕事のために王宮にやって来た。だだっ広い廊下をすたすたと歩いていると、前から同僚がやって来て手を振る。


「セレ!」

「……リスタ」

「いや、王宮に来るとテンション低いな!」

「お前が高すぎる」


 セレの冷静な突っ込みに、リスタと呼ばれた同年代の青年は「そうか?」と首を傾げた。

 リスタ・ブライドマン。セレと共に魔法局に勤める魔術師であり、かつセレの唯一の友人でもある。寡黙で表情を動かさないセレは、同じ魔術師たちの中で浮いた存在であり、遠巻きにされがちだ。それでもやっていけているのは、リスタのお蔭が大きい。


「そういや、あのウサギさんは元気か? お前に動物の世話が出来るとは思えないけど?」

「出来てる。それに、あの子は聞き分けが良くて助かっている」

「ふうん」


 職場に向かいながら、リスタはセレの話を引き出す。何故あんなにもあのウサギを気に入ったのか少し不思議に思っていたのだ。


「セレ。お前執着ないもんな」

「何の話だ」

「こっちの話。……そうそう、ウサギさんで思い出したけど、あの事件については妙な噂もあるぞ」

「噂?」


 セレが続きを促すと、リスタは何かに気付いて足を止めた。彼の視線を辿れば、丁度、目の前の部屋から二人の上司であるガオーラ・ジスタートが出て来たところだった。恰幅の良い体を揺らし、部下に気付いて微笑む。


「やあ、二人共」

「ジスタート様、おはようございます」

「おはようございます」

「おはよう。早速で悪いが、こっちへ来てくれ」


 他の者たちも集まって来るはずだ。そう言い置くと、ガオーラはくるりと体の向きを変えた。体格に似合わず歩くのが速いガオーラを追い、セレとリスタは速足で歩く。

 三人がやって来たのは、王宮の端に位置する魔法局本部。魔法局に所属するためには厳しい試験を突破しなければならないため、この場所にやって来るのは指折りの魔術師ばかりだ。それもあってか、王宮の者たちであれあまりここには入り込まない。比較的静かな区域に、三人分の靴音が響く。


「――ああ、皆来ているな」


 本部の一角、ガオーラがその部屋の戸を開けると、十人未満の男女が集まっていた。一斉に自分を見た彼らに軽く手を挙げて応え、ガオーラはセレとリスタにも着席するよう促す。

 全員が座ったことを確かめ、ガオーラは開口一番こう言った。


「あの事件について、新たな報告がある。皆、心して聞いてくれ」


 部屋の中に緊張が走る。セレもまた、固唾を呑んでガオーラの次の言葉を待った。


「新たな報告とは、あの研究所の研究目的と出資者について。現段階では不明な点が多いが、二つ報告しておこう」

「二つ……」

「一つ、目的について。研究員たちによると、研究所では最強の生物兵器を作るために日々実験を繰り返していたという。科学と魔法を組み合わせ、動物に注射して経過を観察していたという」

「酷い」

「なんとむごい」


 様々な声が上がる中、セレは自分が見た光景を思い出していた。研究員たちが逃げまどい、魔法局の魔術師たちは彼らを捕縛する。所内は大騒ぎで、セレの見た実験室の動物たちも騒ぎ立てていた。

 その中にあって、あのウサギだけ異質に思えたのだ。何故かどの動物よりも落ち着いていて、何か大事なものを諦めたような瞳をしていた。


(だからかな。柄にもなく、引き取るなんて言ったのは)


 本来、多くいる中で一匹だけを別の処遇にすることはあまり良くない。その処遇が良いにつけ悪しきにつけ、その後に物言いがつくこともある。

 それでも、とセレは思った。あの瞳を見た瞬間、心を決めていた。このウサギに幸せになってほしい、と。


(とはいえ、ウサギに幸せとかの概念があるのかもわからないがな。俺にもよくわからないし)


 セレが半ば考え事をしている中、ガオーラが二つ目の話を始める。「二つ目」ガオーラがそう言った瞬間、室内は静かになった。


「二つ目は、不確かな話だ。出資者は、この王国でも指折りの貴族ではないかという憶測がある。詳細も真偽も不明。ただし、可能性は皆頭に入れておいてくれ」

「出資者が……!?」

「いや、確かにあの設備は……」

「そこから薬剤や動物を仕入れていた可能性も」

「あくまで可能性の話だ。そして、ここで話したことは他言無用。国王より、真実をつまびらかにするまでは、この話は秘匿すると聞いている。……ここにいる者たちを、私は信じているぞ」


 ガオーラの言葉に、室内の緊張は更に高まった。

 その後他の仕事の話が続き、集まりはお開きとなる。セレはリスタに引っ張られ、早々に部屋を出た。

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