第15話 眠れぬ夜
愛那は急いで髪を整える。
「残念、お預けだ。」
柚羽はがっかりする。
愛那は赤く紅潮する頬を両手で押さえた。
――残念・・・でも良かった。柚羽、あのままどうするつもりだったんだろ。
「下に降りようか。」
柚羽は何もなかったように部屋を出る。
愛那もついて行く。
「姉ちゃん、おかえり。」
「こんにちは。」
リビングには茶色のショートボブの奇麗な女性が、ソファに座っていた。
「あ、こんにちは。彼女が来てたんだ。ごめんね。」
――彼女。
「うん。バレー部の春川。愛那、こっちは俺の姉ちゃん。」
「初めまして〜。」
「初めまして。」
愛那は頭を下げた。
「もうすぐお母さんが帰ってくるんじゃないかな。彼女も一緒にご飯食べて行く?」
「え?」
突然の事に動揺する。
「どうする?愛那。」
「あ、あたしは帰る。」
柚羽の姉は、麦茶を飲む。
「そっか。はじめましてで御飯は緊張するよね。」
「じゃあ、送ろうか。」
「うん。ありがとう。」
2人は玄関を出る。
「春川さん、また来てね〜」
手を振る姉に、愛那は頭を下げ、家を出た。
柚羽は、愛那の手を握る。
キュッ・・・
心臓がしめつけられそうな、なんともいえない感覚だった。
――この手の感触が、あの時は、いつもと違って感じた。柚羽は、なんとも思ってない?
あたしは、今もまたドキドキして、恥ずかしくて仕方ないよ。あんな事初めてだから・・・柚羽は初めてじゃない?もういろんな人と、ああいう事してるの?何人くらいと?どんな人と?
愛那は柚羽の横顔を見上げる。
柚羽は、いつもと変わらず、堂々としていた。
「どうした?さっきから何も喋んないけど。」
――どうしたって・・・
「柚羽は、ドキドキしないの?」
「ドキドキ・・・してるよ。」
「そうなの?全然見えないけど・・・」
柚羽の顔が少し赤くなる。
「好きな子と一緒にいて、ドキドキしないわけないだろ。今だって・・・」
――さっきの事思い出したら・・・
「だけど、カッコ悪いから、隠してるだけだよ。」
左手で口元を隠す柚羽の横顔が、今までにないくらい、可愛いかった。
愛那も顔を赤らめながら、柚羽の手をしっかり握った。
愛那の家に着く。
「もっかいキスする?」
愛那は少し考える。
「やめとく。(キス)しちゃったら・・・寝れなくなっちゃいそうだから・・・」
柚羽も、愛那と少し目をそらして言う。
「俺も、同じ。」
2人は笑顔で別れた。
「ただいまー。」
柚羽が家に帰ると、母親も仕事から帰宅していた。
「おかえり。今ご飯やってるからね。」
柚羽はソファに座る。
「ねね、あの子、すごい可愛いじゃない。おない年?いつから付き合ってるの?」
「え?何?柚羽、新しい彼女できたの?」
姉はクッションを抱きながら、興味深々に聞いてくる。母親もキッチンから会話に入ってきた。
「1年。まだ最近だよ。付き合いだしたの。」
「へえ〜後輩かぁ。春川、なんていうの?のんて呼んでるの?」
「うるさいなぁ。なんだっていいだろ。」
柚羽は鬱陶しそうに答える。
「春川?もしかして、愛那ちゃん?」
母親が、包丁を止める。
「は?そうだけど、知ってるの?」
「うん。知ってる。あたしとお父さん、愛那ちゃんのお父さんと同級生で仲良かったもん。」
柚羽と姉は同時に驚く。
「愛那ちゃんのお父さんとは、卒業しても連絡取って会ってたわよ。
彼は頭良かったし、病院長の息子だから医大に行ったけど、卒業してから美容の道に進んだのよ。」
「ちょっと待って、病院長の息子?愛那のお父さん。」
「知らなかった?春川総合病院。あそこの子なの。愛那ちゃんのお父さん。」
柚羽は驚く事だらけだ。
――だから、あいつの家、あんなにデカイんだ。
「結婚してからは、フランスにいるのと、忙しいみたいで、あんまり会えなくなっちゃったけど、そういえば、日本に帰ってきた時は、愛那ちゃん連れて食事に行った事あったわ。写真があったと思う。ちょっと待ってて。」
母親は納戸からアルバムを持って来た。
「あった。これこれ。」
柚羽と姉はアルバムを覗き込む。
若かりし頃の父と母、愛那の両親と、幼い頃の、姉と柚羽と、愛那が写っていた。
「えー!!これが彼女の両親!?お父さんもイケメンだけど、お母さん超美人!彼女、お母さんにソックリじゃない!!」
「そう。
ああ、まさか、あんたと愛那ちゃんが付き合ってるなんて。世間は狭すぎるわ。」
――ホントに狭すぎる。
まだ2才くらいの柚羽と、母親に抱かれる1才くらいの愛那。
こんな事ってあるんだと、柚羽は眠れない夜を過ごした。
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