罪滅ぼし

誠人が死んだ。

二週間前のことだ。

委員長と、クソガキが死んだ。


俺が、殺した。


誠人が死んでから、二週間、と少したった。

今は病院にいる。

恩しかない医師がいる精神科。

待合室で、地面をみながら待っていると、足音が聞こえる。ふと、顔をあげた。

よく目立つ白銀の髪に、赤い目。

俳優みたいに整った顔。それを隠せない、黒い縁の眼鏡。


『椿くん?』


優しくて落ち着いた声。自分の名前が呼ばれた。


『椿くんだね、どうしたんだい、こんなところに来て』

「…誠人が…死んだって」


本当にそのために来たのか?んなのはわからない。なんのためにここに来たのか。

わからない。


『おかしいねぇ、君には連絡が行っていない筈だけれど?』


彼は心から疑問に思うようにそう言った。

そんな、完璧に造った表情で、そう言った。

これは、もう、…全部知ってるんだろうな、この医師。


『まあいい、最期に会いに行くかい?…まあ、やめておくことをおすすめするけれども』

「いいんですか?」


俺の声は、なんだか震えていた。


『さあ、知らない。僕は、呪われても問題ないからねえ、…君は、もう今更だろう?』


感情が乗っていない微笑に、ゾッとする。

見た目も合間って、怖い。


すると、『ついておいで』と言うように彼は去ろうとする。

俺はふらふらしながら立ち上がる。

そうして、白銀医師についていった。

…昔は、彼が大きく感じたけど、今は少し大きいくらいで、俺が成長したのかってわかる。


『大きくなったねえ、椿くん』


さっきと一ミリも声色を変えず、そう言う。この人は変わらない。変えるのが下手なのか?


「そうですか」

『あのときはあんなに小さかったのにねえ。ふふ、人の成長見ていて面白い』


自分が人じゃないとでも言うように。

でも、この人は、人だ。


昔の、一人病室で泣いていた時、会いに来てくれた医師。暖かくて、脈の音がして安心した。


だから、人だ。


『…今の誠人くんはね、死蝋になっていて腐らない。そのままの誠人くんだ。死んだままの、ね?』

「しろう?」


『死んだ人間が蝋状になったものさ。雪山とかの、腐敗を進める菌とかが生きれない寒いところで起こりやすいね。その状態を僕が作り出しただけだよ』


それを作り出せる医師は何者なのだろうか…本当。


無機質な廊下をまっすぐ。

右に曲がって、またまっすぐ。

ただ、白銀医師について行く。


そうして、ピタリと、白銀医師は機械的に立ち止まった。


『…あー、困った。君がその格好のまま入ったら死んじゃうんだった』


なんでだよ…?


『温度が低すぎてね、君凍っちゃうかも~』

「なに普通に入ろうとしてるんですか…?」

『なんてね、寒すぎるだけさ。僕は別に問題ないのだよ?まぁ、君は寒すぎて耐えられないだろうけれど』


よく簡単にそんなこと言えるな…

呆れた顔をしていると、白銀医師は、それを察してわけを話し始める。


『僕は慣れているしね。でも、君は生身の人間だし…すまないけれど、少し待っててくれたまえ』


白銀医師はそう言って扉を開けて中にはいった。扉を開けた一瞬、一瞬で信じられない位に温度が低くなる。


…そんなに寒いのか、この扉の向こう。

心なしか、ドアの隙間が凍ってる。

んなところに誠人をいれて欲しくないんだけど?



…少し、本当に少したった。

白銀医師は普通に扉を開けて、俺を部屋に入れた。

…病室だ。


寒い。

でも、これでも上げてもらってるんだろうな、温度。


点滴のチューブ、凍って壊れた心電図。

……血だらけの、誠人。

体に元々ついていたチューブみたいなのが千切れてる。

小さい机の上においてあった花瓶が割れて、花が落ちてる。その花も凍ってる。

そして、その花瓶の破片が首に刺さってる。

誰かに、殺されたみたいな…それこそ、凶器を持ち込めない、病院に入院してる人とかが、殺した…可能性も…

……でもきっと、誠人は…自分で。


『…君はどう思っているかわからないけれど、これは彼が選んだ結末なのだよ、受け入れてあげてくれたまえ』


医師は視線を会わせてくれない。少し下をうつむいている。丁度、花が落ちている場所だ。

自分の感情の無さに今更気づいたのか、それとも俺への気遣いか。


「はい…」

『好きに見ていて良い。気が済んだら、僕に言ってくれたまえ』


そう言って白銀医師は凍った椅子に座って白衣のポケットにはいってる小さな本を取り出して、読み始めた。


…でも。なんで、こんな無惨な姿のままなんだ?

綺麗にするのが、…普通…だろ?


「…なんで、こんな、酷いまま、…なんですか」

『君が来ると思ったからさ。誠人くんが死んでから、二週間と4日後くらいたったら君が来る…と予想していたからね。君には、そのままの姿を見てほしかったのだよ」

「何故?」

『…君が一番わかっているだろう?』


…わかんねえよ。、わかりたくない。よ

白銀医師は、もう、全部わかってる。


…俺は、…柊を殺した。

そして、誠人を殺した。


今の今まで、雪柳いじめて、殺した。

そのせいで、花野が死んだ。



俺はもう四人殺した。

そんな俺が…悪くないと、今更言えるわけ…ない。


するべきことも、きっと、医師はわかってる。

でも、なにも言わない。


…だってそれは、逃げることだから、君は、向き合わず逃げるのかい?


白銀医師は、命を大切にしない。

永遠に眠ることを、救いだと、逃げることだと、思ってる。でも、人を死まで追い詰める人は、罪人だと思うだろう。



…だから、これから俺は、逃げることになると思う。

人を殺しておいたくせして。


でも、それが、一番簡単に、罪を償って逃げる方法だ。


「…白銀医師」

『おや?…決断が終わったかい。早いね』


白銀医師は機械的に笑った。

…なんだか、氷みたいな人だ、とか、急に思った。暖かく見えるけれど、奥底は冷たくて、触れば凍ってしまう。

そんな微笑みだった。


「ありがとうございます。俺は…」

『早く済ますといい。君は…捕まっちゃう前に、遠くの遠くで。終わらせておいで』


…彼の微笑みは変わっていない。

でも少し、温かかった。

進めてることは、医師とは思えないことだけれど。


生きることを。延命することを、第一に考える医者とは、思えない発言だ。

それが、白銀医師で、だから救われたんだ。俺は。



俺は一人、病室からでる。


暖かくて生ぬるい病室の外。

これから、感じるだろう、自分の、血で。



病院からでて、スマホを開く。

安物の有線イヤホンを耳に突っ込んで、曲を流す。

あまり、こういう曲は聞いたことがない。

機械が歌ってて、柊と誠人に似た人物が出てくる曲。




「永眠」という名前の、頭からもう二度と離れない言葉が書かれた、



そんな曲を、聞いている。

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永い眠りに落ちるまで 中田絵夢 @Lunaticm

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