囚われている。
「は?」
椿は、そう、言った。
あれ、…違う?、本当は、俺は、…あれは成り行きで、ただ、引っ張られて、引きずられて落ちただけ。
本当に?でも、ただ、俺が意味を持たせたかっただけなのかもしれないけど。
蒼空が死んだことにかわりはない。
「俺は?…俺がいたじゃねェか!俺は、お前のそばによくいたろ?助けろって言ってくれりゃ、…俺なりに、努力…した…」
…?
「…ぇ……?」
弱く声がこぼれる。
さっきの話を聞いて、分からなかったのだろうか?
…さっきの話って?何?
分からないけど。覚えてないけど。
俺のことを受け入れてくれるのは蒼空しかいないんだって、分かってない。
分かってくれなくて、悲しいなあ。
…なんて、それは建前?わからない。
「…意味が、わからない」
「急に、ッ…またそれかよ…」
半分あきれて、半分悲しそうに、満杯なのにその隙間に少し、絶望を添えたような顔だ。
そこに1つ、俺も添えたいことがある。
思ったこと、言うチャンス。
何を思ったのかも、もうわからない。
だけど、だけど、、、もう、…今が最後な気がするから。
「お、俺は、言った。蒼空しか受け入れてくれなかった」
信じられない、というような顔。不信感を抱いた顔をされる。
「俺が忘れちゃうのも、覚えてないのも、分からないのも。笑って、優しく受け止めてくれた。おもしろい返答もしてくれた」
詰まらせては吐き出しての繰り返しの途切れた音は、言葉になって結び付いた。
椿の口は、なにかを発しようとしては閉じる
「なのに、つ、…つばき、椿は違う。俺がいつもみたいに忘れて、覚えてなくて、分からなかったら、適当にあしらって、めんどくさそうにして、つまんないかおして、ごめんって謝ったら、呆れて笑って。だから、やだ。違う。蒼空とは。助けてなんてどうせ、くれなかった。わかる。俺は自分勝手だし我が儘だよ。でも、歩み寄ろうって、思ってた…だけで、行動は…してくれ…いや、ごめん、我が儘だけど、…?いや、でも…わからな…、そうだ。そうだと思う」
言い訳のように申し訳なさそうに、支離滅裂に、つらつらつら、長く永く、そう発した。
さっきの椿に添えてあった、あの絶望が、氷のように、半分くらい沈んだ音がした。
「は…ぁ………?」
緊張した息を吐くおと。
俺じゃない。椿の息。
「…俺の唯一の理解者を、うけいれてくれた、蒼空を虐めてた奴を、そんな奴に、相談、…できるわけない」
これはきっと、本心。
俺の正気が放った一言。
「…それは、ちげェよ。違う。俺の気も知らずに…、俺は、その」
赤茶色の目が泳ぐ。
「…そうじゃねえ、違う」
「…ねぇ、椿、…つばき、はどうして、蒼空をいじめたの?」
「っ…」
奥になにか詰まって、息苦しくなるような、そんな、音。
「それは、……あいつが」
「気に入らなかったから?」
重そうな口が開く。
歪んだ顔が、似合わない。
「違、…れは、俺は、ただ、…お前があいつに奪われたから」
そんなこと、思ってたんだ
「俺は…手段を…知らねェ、共存を知らねえんだよ。だから、…だから」
「しょうがなかったの?」
「…」
「なんで、…だまるの?」
複雑そうな顔と、固く閉じた口
「図星…、?俺もだまったから、なにも言えないけど」
なにも含まない乾いた自分の声が、静まった病室で、反響する。
「でも、手段も、共存も知らなくても、俺たちは、蒼空を殺したんだ」
ビックリした顔だ。
「は、…殺してねェよ…」
「殺したよ、いじめたよ、見殺しにしたよ、自殺するまで、おいつめたよ」
また、椿はだまる。
だから、俺は続ける。
「俺は蒼空を殺した、お前の暴政を止められず、傷ついてるとは思わずに、忘れて、覚えてなくて、わからなくて、蒼空をもっと傷つけた」
さっきの乾いた、弱々しい声じゃない、俺じゃないような、本当の俺のような俺が、声を発する。
「お前は蒼空を殺した、暴力をふって抵抗しないからもっとして、蔑んだ、笑った、わかってるよ、それくらい。俺にだって、それが罪なことくらい、覚えてる」
歪んで不服そうな顔だ。
決意の表情で見る。
赤茶色の、綺麗な目を、見る。
強く、いつもみたいに弱くなく、鋭く、どうか、届いて欲しいと思いながら。
「俺は、俺のしたことを償う。だから、俺が壊れるのを見たくないならもう、ここに来ないで、幸せに、俺を忘れて。でも、ただ、お前が犯した罪は、蒼空が許しても俺が許さない。だから、俺に呪われろ。椿」
怒って、説教みたいで、でも、椿をどこか思って、そういった。
「は…そうかよ……お前、やっぱ、意味わかんねェ」
呆れた顔だ。それで、悲しそうな顔
「…椿」
「んだよ」
「嫌い」
さっきの表情に、つらみといたみをたしたような顔。
「そうかよ…俺も…っ、き、…嫌い…だ」
苦しそうに、そう言った。
赤くて茶色の瞳が、少し潤んで、かがやいた。
「だから、忘れて、俺のこと」
俺のこと、もう思い出さないで。
俺のことはもう、受け入れるふりをしないで。思い出してしまう。
「でてって」
「…言われなくても…でてく」
ぶっきらぼうな言葉だったのに。もう弱々しくて、俺みたいだった。
「いなくなったよ」
俺はそう言った。
だれもいないのに。
『そっかあ』
「…大じょ、うぶ。すぐ、死ぬから」
『そお?でもすぐ、白銀医師が来ちゃうじゃあん?』
蒼空。
蒼空の声。幻覚と幻聴。
片目を眼帯でかくして、傷だらけで、手足に緩く包帯が巻かれている。無駄に綺麗に形を保った左手。薬指に夏の青の宝石がはまった指輪。病院服を着て、だれも座っていなかった椅子に座っている。
ずっと、椿の話を聞いて、あーだこーだ文句を言って、はやく終わらせてとか、なんだとか、俺に吹き掛けてきた。
…本当に、幻覚の、この蒼空にとらわれてしまいそうになる。
というか、とらわれてしまいたい。
でも、これが幻覚だとわかっている今だけは、この優越感に幸福感に…浸からせて。
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