会いに来た犯罪者

苦しい。


窓が開いている。カーテンがヒラヒラしている。

今は残念ながら、足が動かない。

降りれない。ベッドから動けない。

だから、この目の前の犯罪者から、何をされても、抵抗が出来ない。


椿。それがこの犯罪者の名前。

上の名前は忘れた。


苦しい


俺が、高校生になってできた友達の何人目かの友人。

一番目は蒼空だった。

それだけはよく、おぼえている。


いたい。苦しい。

でももうすぐ


「…お前…なんで……」




初めて、こんな顔を見た。

どんな表情の顔なんだろう。

覚えてない。わからない。知らない。


「やめろよ!白銀医師が部屋いなくなってすぐそんなことするか?ンだよ!血迷うな!」


強い力で首にあった手をひっぺがされた。

いたい。


「なにしてんだよ…てめェは」


呆れ返った表情だ。

なんだか、無性に腹が立つ。


「五月蝿い…」

「…ぁ、わ、わりィ、怪我してンだもんな、ここ病院だし…」

「…取り敢えずどっか座れば」


なんにも感じない。

友達が…えっと、病室にお見舞いに来ても嬉しくない。

ありがたいとも思わない。

これは、可笑しいこと?

…わからない。


「…で、なんで、…あいつと心中なんかしたンだ?訳わかんねェよ」


わけがわからないのは、こっちの台詞だ。

心中?なに、それ、俺は、あいつを、蒼空を見殺しに、したんだ。

あれ、そうだっけ?

一緒に落ちた気もする。蒼空は、死んだ。

え、嘘だ、違う生きてる。でも、俺は?うん、わからない、わからない。覚えてない。解らない。知らない。忘れた?

知らない。でももう、蒼空は…いない?


「…なにも、言わねェのかよ」


頭のなかの疑問で精一杯で、なにも答えていなかった。

ただ、1つ言えるのは。


「……覚えてない」


椿は目を見開いた。

赤茶色で、綺麗な目だと思った。


「っ…は、?覚えてねェわけ…無いだろ」

「…覚えてない、思い出せない。解らない。心中?あれ、俺は、蒼空を…見殺しに」

「てめえも一緒になって落ちたんだろうが!なに言ってンだよ!」


そうらしい。

そうだったみたいだ。


「…そう」

「そうって…それだけかよ…」


それだけ。

他になにも、情はない。そんな、死んだ方法とか、どうでもいいんだ。


もう、俺のことを本当に受け入れてくれる人間はいない。

いない。いないんだぞ?

いやだ、そんな世界で、生きる意味は?

俺にはわからない。

元々、人間に生きる意味なんて、無い?


「…何でだ?動機は?」

「…動機?」


…動機?


「一緒に落ちた理由。…覚えてないとは言わせねェぞ」


覚えてない。…とは、言えなさそう。

…なんでだろう。

がんばって思い出そう。











暗い空、屋上で踊る蒼空。

楽しそうにステップを踏んで、それを俺は眺めていたっけ。

様子がおかしかった。靴を投げ捨てて、俺の手を取った。

そして、屋上の淵に立つ一歩踏み外せば終わりだ。

蒼空は振り返って苦笑する。


『ねぇ、僕はさ、今から死のうとしてるんだよお?…なのに君、一緒に逝くの?手を振りほどいても構わないのに』


そんなことを言った。

言っていた。


俺はなんと答えたっけ。

覚えていない。


『…あはは、そう、じゃあ、止めてみなよ、誠人』


そう言って蒼空は、手を振りほどいた。

その勢いで、落ちそうになる。

冷や汗がひどい。

心臓のおとが五月蝿い。

俺は蒼空になにか言った。

言った。叫んだんだ。

蒼空は俺の腕にぶら下がって、一言。



『あー、っ…今更だよ、誠人、死にたくなくなっちゃうよ?そんなこと言ってるとさあ』


泣き声みたいな、弱々しい声が、俺の耳に届いた。


『…君が生きてたらさあ、僕以外の誰かと幸せになるんだねえ。…そんなの許さない。だから。……一緒に逝こうかあ!』


ぐっと力が込められた手に、俺はうまく反応出来なかった。

浮遊感、繋いである手の温もりを、数秒?数分?わからない。でも、感じていた。

でも、目の前で、崩れて残ったのは俺と繋いでた左の手だけ。あとは、ぐちゃぐちゃになった。

死んだ。即死。じゃあ俺は?


俺の下敷きになった蒼空は、死んだ。

死んだ。


…生ぬるい、それが、心地よい。

俺を受け入れてくれた、最愛の、…

蒼空は、死んだ。もう、いない。


俺が殺したんだ。

見殺しに…したんだ。



心中した動機。

それは、蒼空が死ぬくらいだったら俺も一緒に死にたかったから?

蒼空が俺を引っ張ったから一緒に落ちただけ?


わからない。


「…いつも…そうじゃねェか。覚えてない、わからない、忘れる。本当に…ふざけてンのか、馬鹿にしてンのかわかんねェけど…なんで、質問に答えねえの?」


現在にもどってきた。


「…」

「お前は!いつも!忘れるなよ!覚えてろよ!」


怒号が、頭を貫く。

耳鳴りがする。いたい。


「五月蝿い」

「本当それしか言わねえなあ!ちゃんと答えろよ!」

「…」

「っ!また黙って!んだよてめぇは!相手してるこっちの気持ちも考えたらどうだよ!この……っ……」


椿は俺を睨み付ける。

口がうまく動かない。伝えたいことが伝えられない。


「…心中の…動機は、俺が蒼空を…殺そうとしたから…」


俺の口は、何を言ってるんだろうか。


「は、」

「…表現の問題だ…ごめん、蒼空は俺の目の前で自殺を、しようとしたんだ」

「んだよそれ、じゃあ、お前はただの…」

「被害者なんかじゃなくて、えっと、思ったんだ、蒼空が、一人で死ぬくらいなら、俺が、殺してしまいたいって」


思ったのかはわからない。

なんでこんなことを言っているのかもわからない。


「蒼空が落ちかけて、俺はなんか、反射的に引き上げようと」

「…殺そうとしたのにか?」

「そう。殺そうとした。でも、このまま見殺しにしても意味がない」


意味がないのか。

わからない。


「殺したくて、それで、一緒に落ちた」

「……なんで、…そんなこと」

「俺を受け入れてくれるのは蒼空しかいなかったから」


本当の事を言った。

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