僕は君を見つめる

或る高校の教室の窓側と、その隣、私と君の席。私が死んだらきっと、この机上に花が飾られるんだろう。とか、妄想しながら私は君を見つめる。


君は、私のことを覚えていない。

忘れっぽい。


初めてあったのは中学生。

一度だけ、委員会がかぶった。

でも、クラスは一番離れてて、話すこともなかった。

はじめまして、の一言しか私は話さなかったけれど、君は、満面の笑みで私に自己紹介をしてきたのを覚えてる。


君は、覚えていない。

同姓同名の人のことさえ、忘れている。


見た目も、声も作り物。

ただ、心の中の気持ちだけは、ずっと変わらない。はじめましての時からずうっと。君のことが好きだ、と。

私はいつも、心のなかで唱えていた。


あ、君と眼があった。


「なにみてんの?」


君は、微笑みながらそう言う。


「んー?なんとなく」


私はそう答えた。

なんとなくじゃないけどね。


うっすら、開いた窓から風が吹く。

君のサラサラとした髪が、揺れる。

綺麗だなあ。


「柊~、外見てないで真面目に授業受けろ~」


先生のほんわかした声。


「はあい」


いつも通りの私が、返事を返す。

そのまま、すぐに授業は終わって形だけのホームルームが終わって、放課後になる。


立ち上がろうとすると、走った痛みに顔を歪めてしまった。いててて。アザがあるところ、机にぶつけちゃったや。いったいなぁ。

本当に、痛いなあ。



「おい、柊」


ああ、いつものあいつの声。

私を殺そうとする奴の声。

今日は一人だ。


「なに?」

「ハッ、また誠人のこと見てたのかよ、きめェな」


奴の赤茶色の眼が、私を蔑む。


「そっか」


いつものように単調に、無駄な抑揚を着けず、無関心に。そう言う。

正直、あんまり気にしてない。


「…むかつくンだよ!それが!」


パシッと、拳を受け止める。

いつもは抵抗していなかった。


いつもは。













「痛…」


あいつが殴ってくる。あの光景が目に映る。

周りの取り巻きは、ただ、ゲラゲラと笑っていた。僕が抵抗したから、…あのお遊戯を拒絶したから。

痛い。

痛い痛い。

顔を殴られないように、大事なところに拳が当たらないように、激痛がしないところに当たるように。必死にいなす。それでも痛いのは変わらない。

血だってでるし、アザだってできる。

でも、衣服で隠れるところ。

だから全力で隠す。

誠人に、できるだけ心配されないように。

僕の考えは異常だけど、でも、見た目だけでも正常でありたい。


ずっと思ってたいる。

…誠人はなにもしない。

助けてくれない。痛い。

ただ、見てるだけ。

一つ、なにかが終わるたび、誠人は僕を泣きそうになりながら心配する。

でも、明日には忘れてる。

この傷は誰がつけたの?とか、かさぶたから血が出てるよ、転んだ?とか。

忘れてるんだ。覚えていない。

でも、君が好きなのは変わらないから。

だから、我慢できる。






そう思って数ヶ月。

誠人に心配されて、僕はあの顔を見るのが好きだ。

でも、もうそろそろ、私の身体が傷つきすぎては困る。

誠人が好きな私が、傷つけられるのは困る。

だから、抵抗するんだ。


「あ?」


困惑した顔が、よく似合っていた。

隙だらけだった。だから。思い切り。顔を殴る。


多分私は、満ちた顔をしていたと思う。

やった。なんだか、嬉しい。そして、気持ち悪い。

大嫌いなこいつに触れる感触が気持ち悪い。


「やり返される気分はどう?」


その場の感情からでる言葉だった。


「やってきてことが全て正当化されるお前が、抵抗されて痛い目見て、羞恥心に襲われる気分はどうだ?」


いつもは無関心な自分の眼を、極限まで開いたような感覚。心の中の闇を全部、眼の前の奴にぶつけたような感覚。

奴は動けない。恐怖に、屈辱に、不可解に襲われた顔をしている。

僕であるなんて、言わない、見せられない。こんな頭のおかしい異常者だったら、誠人に嫌われちゃうでしょう?

胸ぐらをつかんで、睨み付ける。

下克上にはもってこいの演出だ。


「ゴミ?カス?ホモ野郎?あー、くそカマ野郎とか言ってたっけかあ」


嘲笑って愉しそうな声。そんな抑揚がある、自分の声。


「んー?いつも言ってたこと言ってみなよお。お前は自分を否定されることを味わったことある?意思を殺されることも、なにもしていないのに気分悪がられて邪魔者扱いされる気持ちを味わったことは?唯一の親友と一緒にいるだけで、自分の境遇を殺されたことは?沢山の人に囲まれて、殴られ蹴られ、…君たちの大好きなお遊戯をさせられそうになったことは?あるの?ないよね?だってこれは全部」


お前がやってきた事だから。


そう言うつもりだったけれど、口を閉じた。

動けなくなった奴を離し、つかんでいた手を離す。そして、蹴り飛ばした。

当たったら痛いところ。みぞおち。


可哀想だからそれで終わり。

僕はもう、帰った。



もう帰る時間だ。生まれる前の場所に。


クラスの端にある時計は、4時半を指していた。

待ち合わせの時間は5時。

急がないと、間に合わない。


鞄をもって、走って帰ろうとする。

背後でなにか、罵詈雑言が飛んだような気がしたけれど、そんなのもう、どうでもいい。



もう、私に戻って。

誠人が大好きな、私に。

僕である必要なんか無い。



教室をでて、階段を降りて、右手の少し痛い感触をたしかめる。


もうこれで最後だから、この優越感を味わっていたい。と思った。


今日で最期。

今日で永く、お休み。

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