第3話

 ふた月と二週間前。

 アルセド王国第四騎士団が、王都ヴァンテルムの城壁から見下ろす平野に集結していた。ラウデン王国との国境山岳地帯の、防衛任務に進発するための集合である。任地では、交代はまだかと第五騎士団が待ちかねていることだろう。

 第四騎士団の数は荷駄などの輜重隊も含めて四千。王国の総力からすればさほど多くはないが、長期間に渡って砦もない場所に駐屯させるには効率の悪い数だ。

 そこに騎士アルドは加わっていた。

 毛艶はまだいいが、年季がいってややくたびれた感じの騎乗馬にまたがり、自身はまだ戦場が遠いので甲冑ではなく軽武装の出で立ち。馬を疲れさせない配慮で、重い重装の甲冑は荷馬車に放り込んである。

 その彼の郎党は、

 その一、荷馬車の手綱を握る雇われ下男(この戦のためだけに雇った)。

 その二、長年つきそう老僕がひとり(ただし腰を痛めて遅参の予定)。

 おおむね平凡な騎士といえばこのような徒党を組む。王国に騎士団の一員と使えると俸給を得られる。それに見合う働きをするために郎党を養い、戦となれば参陣する。諸侯ともなれば封土に見合う兵を率いる。騎士団は属する騎士とその郎党によって構成され、最小単位は騎士とそれを支える従者、兵卒、従騎士などといったそれぞれの騎士のいわば家臣が担う。

 老僕がいないのは、いささか以上に心もとない。冬になるたび、この歳になると寒さが堪えるといい続けて十年は過ぎた。頑丈な老僕だったがさしもの腰にきた様だ。

冬といえば、アルセド国にはおおむね均等に四季がある。王都ヴァンテルム周辺の地方であれば、さほど過酷ではない季節の移り変わりが楽しめる。

 山岳地帯の任地に近づけば防寒を意識せねばなるまいが、アルドの装いは平野の穏やかな気候に合わせたものだった。

「ようアルド、見たか? 今年の新入りども」

 馬上のアルドに馬を寄せて声をかけたのは顔なじみのグレイブだ。

 以下は、アルドの性格を踏まえたグレイブに対する人物評だ。

 陽気で愛嬌がある。おしゃべり好き。情報通でアルドにはない交友関係からもたらされる世情を聞きもしないのに教えてくれる。

 つまり、まあ、付き合いはそんなところだ。あまり仲良くしているつもりはないのに、向こうから親しげに寄ってくる。向こうはなぜか馬が合うと思っているらしいのだ。

「見たか、とは」

「相変わらず堅物だねえ。これから半年、長きにわたる過酷な生活に潤いを持たせる意味でも、ひととおり新たな陣容は確認すべきじゃないか?」

 言われなくても、とアルドは思った。同じ騎士団に属する騎士たちと、その郎党。騎士団が揃えた物資など含め一切の合力がこの軍の陣容の厚さとなる。そういう部分では、我が家の貢献は少ないといえる…が、グレイブの言うのはそういうことではなかろう。

 被りを振って仕方なしにアルドは話題の質をグレイブに合わせた。

「よさそうな子はいたのか?」

 どの騎士にも従属しない無所属の従者たちが集まる一帯を目配せした。異性を見る感覚と同様にそちらを見る価値観は理解が及ばないが。念のためだが、アルドのほうが多数派である…はずだ。そして自分は、見どころのある若者はいたのか? と問うたのだ。裏の意味を考えるのなら、それは受け取り側の問題だ。

 騎士に付き従う従者たちは、その騎士の家門に仕えるものたちだ。一方、アルドたちが眺めた彼らは仕える騎士もおらず、食うに困った平民の家の子であったり商家の次男三男であったり、年若い少年たちが騎士団の中で雑用係のような立場で奉公に来る。戦ともなれば兵としても戦う。その中で彼らは手柄を上げ、やがて騎士の叙勲を受けるのが目標であるはずだ。かつて自分がそうであったように。

 アルドは、グレイブのような意図はないにせよ、少年たちの顔ぶれを見渡した。

 歳は十から十五、六。戦いの場でも活躍しそうな体つきの少年もいれば、華奢で心配な子供もいる。これから行くのは、敵が来るとはわからないにしても、戦場には違いないのだ。

 自分の俸給に余裕があれば、老僕のほかに若い従者を加えるのもやぶさかではないのだが。ひととおりの顔ぶれを流し見て、華奢な少年の一人に目線を戻すと、今度はその顔立ちに目が行く。整った目鼻立ちと、短く切りそろえられているとはいえ美しい金の髪は、美少女もかくやという見目だった。行く末の心配な年少者の面倒を見るべきか、という一瞬の思案をアルドは封殺した。よからぬ噂が立つのは目に見えている。

 アルドのような騎士とは。それは一代限りの爵位である。だが、領地がない以上はそこにあくまで勲章のようなものだ。領地をもつ爵位を持った貴族とは違い税収もない。だから、騎士となってもいずれかの騎士団に属して俸給を得なければ食い扶持を稼げない。その俸給で老僕や下男を雇うわけだ。家門が強ければ、手柄も大きくなり、より大きな家門に育つ。騎士の位は個人の武勇で得られるが、そこから領地をもつ貴族に成り上がりたいのであれば、賢くもならねばならない。アルドは騎士の叙勲を受けてから、自分の夢がひとつ叶ったことによる停滞の時期を迎えていた。そんなわけで、彼は無精ひげの毛の一本をつまんで抜くと、思考を放棄した

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

騎士と従者の諸事情 夏目孝太嘉 @nkoutaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る