第2話

「なんて妄想だ……」

 騎士アルドは己の思考の暴走に羞恥してぼやいた。

 昨夜の出来事に、一部架空の部分をつけ足した想像、いや妄想は己の水面下にある欲望なのではないか。

 一部の騎士と従者の間に、そういう絆が芽生えるのはよく存じて居る。老僕などは、旦那様も従者でもよいから愛でる相手をお持ちになれば奥方の成り手も見つかりましょうに、などと冗談に聞こえない助言を真顔で口にする。

 その老僕も、今はそばにいない。なに、大したことではない。ただのぎっくり腰で参陣がひと月ほど遅れるだけだ、というのにそんな折にこのような重大事が起ころうとは…下らない助言をこねる禿げ頭ならちょうどよい知恵もあるのではないか。

 昨夜、天幕の暗がりにいた従者の声を封じ静かに外に連れ出そうとして、アルドは失敗した。もちろん、あれやこれやは妄想の部分であり、事実は『少し』触ってしまっただけなのだ。少年が肘鉄を出すなど暴れてしまったので致し方ないのだ、とアルドは自己を弁護する余地を模索する。手柄を立てて騎士になるくらいの武芸に覚えがあるアルドにとって、少年の手首をつかむのは容易かった。そのあとだ。肩に荷を担ぐ要領で、少年の尻から前のほうへ手を差し入れて…もっと違う手段を取ればよかったのか? さっさと天幕の外に連れ出さねばという焦りがあったのだ。アルドは誰も聞くことの無い自己弁護の論調をまとめた。あのくらいの体格なら、担いでしまえと短絡的に考えてしまったのだ。アルドの馬鹿者、と自分をののしる。いかに同性の少年とて、同じ男に股座から体を担ぎ上げられるのは嫌に違いない。自分とて嫌だ。さらに、それが少女だったのだとしたら。

 『少し』、いや認めよう、盛大に触れてしまったそこに、生物のオスとしてあるべきものはなく、そして甲高い悲鳴とともに従者は座り込んでしまったのだった。

「誰だっ!」 鋭い誰何の声が、暗がりのさらに奥から聞こえた。こちらが見つかるのは当然だ。実は、アルドと従者とは別に、もう一組の人影がその暗がりにはあったのである。アルドはそれを知っており、妙なことになる前にこの従者をそれとなく外に連れ出そうと考えていたのだったが、仕損じたというわけである。

 アルドはへたり込んだ従者を抱き上げて一目散に外へ逃げ去った。どこの家門にも属さない従者たちが使う天幕のならびに、少年なのか少女なのか、とにかくその従者を送り届けて昨夜は区切りをつけたのが昨晩のこと。明朝、騎士アルドの天幕に来るようにと、かろうじて伝えるのを怠らなかった点を、アルドは自分で自分を褒めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る