第13章 宵の帰り道(終章)

「最っ低。車、どうするの?本当に歩いて帰るの?」

 前を歩く輝夜が、隣の高宮に悪態をついている。

 「自然に優しい生活の実践だよ。それがお望みじゃなかったっけ?地球の美しい未来のために」

 高宮がにやにや面白がっている顔が見えるような気がする。

 「それは、山猿さんの夜絵ちゃんだから。私はわざわざ汚いところに来たんだから、汚染物体使ってもいいの」

 「そうだっけ?まあ、いいだろ。お前ら、体力だけは死ぬほどあるから」

 「死にません」

 「そうだったな」

 高宮がくすくす笑っている。つられて輝夜も笑い声をもらした。

 わたしもふっと頬がほころびる。

 またこんな光景を見ることができるとは。

 かぐやに再会するまでには、五十年かかった。それでも、あいつは帰ってくると思っていた。

 けれど、帝は。

 不死の薬を飲みながら、普通の人のように死んでいった人と、また再会する日が来るとは。千数百年の時を越えて。

 

   ――「……山で焼いたのは、半分だけだ……。私は、かの薬をためらいながら口に運んだが……恐ろしくなって途中で止めたのだ……」


 はるか昔、かぐやが地上を去ってから十余年後のある十六夜。月の光を避けるように過ごしたあの夜。閨で聞いた帝の告白を忘れたことはない。あの日のことを輝夜に打ち明けるべきかどうか、迷っている。言わなければ、また昔のように楽しく過ごせるだろう。あと五十年くらいは、きっと。


 でもね、わたしも待っていたんだよ。あんたと同じように。……彼のことをね。

 輝夜よ、わたしはあんたが思っているほど、単純でも、迷いのない人間でもないよ。


 でも、今は黙っていよう。

 この奇跡のような再会が、嬉しくないはずはないから。


 わたしの永遠の友とその恋人は、かつての高貴な姫君と帝の姿(少なくとも、見かけだけは)からは想像できないような粗野な会話を楽しんでいる。

 これでいい。当分の間は。

 わたしらしく、単純に喜びだけを拾い上げて笑っていよう。山猿のような好奇心と行動力で、前だけを見ている夜絵らしく。


 宵空に浮かぶ、生まれて間もない月は、ますます鋭く光っているように見えた。

 あらゆる醜いものを許さない、真っ白な月は、いつかわたしの秘めた心も照らし出すのだろうか。それでもきっと、わたしは二人が好きだろう。それだけは、変わらない。

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