第11章 めぐり逢ひて

 目をあけると、若い女の顔が見えた。

  うれしそうに、優しい顔で、俺を見下ろしている。

   ああ、この人が今度の母親か。

    無感動にそう思う。


     生まれるのも慣れた。

      死ぬのも慣れた。

       新しい家族に出会うのも。


        俺の関心事はただひとつ。

         今度は会えるだろうか、あの人に。

          この新しい一生が終わるまでに……



 それは、この身を持って初めて見た世界。最も古い記憶。

 そう、ほんの二十数年前の記憶に過ぎない。

 千年以上の間、何度も何度も、数えきれないほど繰り返してきた慣例の、最も新しい一回の記憶に過ぎない。


 「先生、話があるんだけど」

 職員室からちょうど出たところで、女子生徒が声をかけてきた。観月夜絵だ。

 「ん?どうしたんだ、観月。竹中も」

 努めて冷静な声で答えた。だが、内からこみあげてくるものに、つい目元が緩んでしまう。観月夜絵は、一緒に来た竹中輝夜の腕をつかんだまま、いぶかしげな瞳でこちらをにらんでいる。野生動物のようなこの目を俺は知っている。いよいよバレたか。あいかわらず勘がいい。

 「ここじゃなんだし。ちょっと外いこうよ」

 夜絵が大真面目で言う。

 「やれやれ、呼び出しかい」

 俺は大げさに肩をすくめるふりをして、二人と一緒に外に出た。外はもうずいぶん暗くなっていて、空には細い月が浮かんでいた。ふと、口をついて言葉が出た。

 「月でも見に行くか」

 「先生!」

 夜絵がきつい声で言う。

 「まあ、いいじゃん、たまにはさ」

 ずっと黙っていた輝夜が、爆発しそうな夜絵に穏やかに声をかけた。意外にも輝夜は賛成らしい。それどころかちょっと嬉しそうだ。

 「……なるほどね」

 ほんの少しの沈黙のあと、輝夜をちょっとにらんでつぶやいた。そして、輝夜につづいて車に乗り込む。

 「ずいぶん環境に悪いもの乗ってるよね、自然科学部のくせに」

 夜絵は、ぼそり、と一言付け加えた。

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