第10章 夕まぐれ
輝夜は夕日を浴びて橙色に染まったアスファルト道路を歩いていた。部活終わりの帰り道。時折、自動車が臭いガスを撒き散らして、脇を通り過ぎていく。
輝夜は、先日からの高宮の態度のことを考えていた。どうもすっきりしない。あいつ、やっぱり何か知ってるんじゃないだろうか?ありえないことだけど……。
「輝夜」
ふいに、声をかけられ、肩を叩かれた。輝夜が振り返ると、夜絵の姿があった。通り道で輝夜を待っていたのだ。
「どうしたの?何かあった?」
夜絵が輝夜の顔をのぞきこんだ。輝夜が考え込んでいる時はすぐわかる。長い付き合いだから。
「高宮のやつ、やっぱり変だ」
輝夜が言った。意識の半分は夜絵に、もう半分はもっと別のところに向いているようだ。
「もとからたいして普通ではなかったと思うけどね。で、何言われたの?」
夜絵は続けて聞いた。
「今日、自然科学部の活動日だったでしょ?文化祭の意見、まとまったから、報告にいってきたの。顧問だし、一応。そしたら『月の研究はしないのか』ってまた言ってたよ」
――「月の研究はしないのか?」
高宮の言葉が、輝夜の頭の中に響いた。
――「月のことを誰よりも知りたがっているのはお前じゃないのか?何年経っても忘れられないことというのはあるものだからな……人間なら」
「この前も言ってたよね。でもそれだけだったら偶然かもしれない。しつこいけどさ」
夜絵はふんと鼻をならした。夜絵にしては、少し返事が遅かった。
「今年の十五夜、いつだか知ってるか、とも言ってたよ」
――「今年の十五夜はいつだか知ってるか?文化祭の二日目だぞ。いい機会じゃないか。観月もいることだし。たまには思い出を振り返ってもいいんじゃないのか?まあ昔の月とはだいぶ違うけどな」
「ふん……いつなのさ?」
夜絵はゆっくりと聞いた。たぶん、冷静に響くように。
「二日目だってよ、文化祭の」
「……関係ない、偶然だよ。自然科学部だから聞いてみただけじゃない?」
「それから環境問題の研究もしてみればってさ。自然科学部の名の下に」
――「変わったのは月だけじゃないよな。この地球だって、これだけ汚れてしまった。当然といえば当然の話だが。地球の環境問題の研究もしてみたらどうだ?せっかく自然科学部なんだしな……」
輝夜は、にやりと笑った高宮の顔を思い出していた。なんだろう?あの顔。心の中がざわめく。私は何か大事なことを忘れていないだろうか?何を思い出そうとしているんだろうか?私は。
「だから偶然だろ!」
深刻な顔の輝夜を前に、夜絵はそう叫んだ。
「夜絵?」
はっとして、輝夜が夜絵を見ると、ほんの一瞬、夜絵の苦い顔が見えた。しかし、その一瞬後には、夜絵は、何か覚悟を決めたような潔い、鋭い瞳をしていた。そして、輝夜の手をつかんで、学校に向かって走り出した。
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