第7章 雲たなびき、かげもれいづ

   永遠の命。

   永遠の若さ。

   錦の衣に身包んだ人々は、舞い、歌い、宴に興じ、永遠の時をくり返す。

   私を苦しめるものは何もない。

   苦しむ者は誰もいない。

   涙も争いも、恐れも憎しみも愛も、人をもだえさせるものは何一つ存在しない、「極楽」。

   一点の暗闇さえ、存在しない、わが故郷。


   私はそれに、自ら背を向けた。

   冷たい闇を切り裂いて、争いと妄執と死と悲しみ、憎しみ、恐れ……あらゆる醜いものたちがひしめくかの地に飛び込んだ。

   あの真っ白い世界を永遠に捨てて。


            ***


   あいつは、あの日、一瞬私に駆け寄ると、彼女が蓬と呼んだ侍女の元に戻り、しおらしく霞のような衣を纏い、空上の人となった。

   おきなは泣き崩れ、おうなの髪が月明かりの中でみるみる白くなっていくのが見えた。

   帝は眩しすぎる夜空を見上げたまま、人形のように立ち尽くしていた。

   わたしは手のひらに握り締めた小袋から、七色に輝く砂を、静かに喉の奥に落とした。

   「必ず、帰ってくるから」

   あいつが、私の耳元にささやいた言葉を、わたしは信じている。

   しおらしい姫の仮面をかぶる前の一瞬、あいつが見せた、あのきらきら輝く黒曜石の瞳の奥の、揺るがぬ意志を。


   あれからもうすぐ五十年。

   翁も媼も、帝も、もうこの世の人ではない。

   けれど、わたしは変わらない。

   七色に輝く不老不死の月の秘薬は、あの日と同じように、わたしを今日も鮮やかに燃え立たせる。


   あの日と同じように、この夜空の下で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る