第2章 午後の授業

「地球、直径一万二千七百五十六キロメートル、月、直径三千四百七十六キロメートル、」

 チビの川西がキンキンと声を張り上げている。

 九月の昼下がり。教室はまだ夏のように蒸し暑い。川西のキンキン声は、そんな教室の温度をさらに何度か上げているように感じられる。

 「これは地球の約四分の一にあたります」

 (もう四倍にもなってしまった……)

 輝夜てるよは、黒板の前で赤い顔をして月の説明を続ける川西から退屈そうに目をそらすと、窓の外を見つめた。視界に広がるのは、気の抜けたような薄水色の空。こんなに暑いのに、もう夏のかけらも感じられない色。

 (一体いつまでもつかな……)

 輝夜は、つまらない薄水色を視界から押し出すように、そっと目を閉じた。薄水色が消え、輝夜の世界を、川西のキンキン声だけが支配した。

 「……月の起源にはいくつかの説があって、地球の近くを通った星が地球の引力に捕まって月になったという説、地球の一部がちぎれて月になったという説、地球に隕石が衝突して、その時飛び散った地球の破片が固まって月になったという説などがありますが……」

 輝夜は、その声を聞きながら、遠い世界のことを心に思い描いていた。

 もう二度と見ることはない、古い記憶の中にある風景を。

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