月は白く輝いて

暁香夏

第1章 もれいづる月のかげに

    曇天だと思っていた空は、いつの間にか晴れ渡って月の光が降っていた。

    あいつは、ゆらりとその月明りの中に、煙のように立ち現れた。

    五十年前のあの日と同じあの姿で。


    ――なんで今さら?遅すぎるんだよ!


    そういって頬をひっぱたいて罵ってやりたかったが、できなかった。

    なぜなら、ずっと待っていたのだから。この日を。

    わたしはあいつに駆け寄って、強く抱きしめた。

    のどの奥から熱いものがこみ上げてくる。


    「おかえり、○○○」


    その言葉は、自分でも聞き取れないほどにかすれていた。

    こみあげてきたものは、堰を切って頬を伝い始めている。

    わたしはあいつに顔を見られなくてすむように、もう一度ぎゅっと強く抱きしめた。

    わたしの人生で最も“らしくない”一幕だったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る