第10話「……だから、目を覚まして」
ここに迷い込んでからどれくらいが経ったのでしょうか?
真っ暗で、音もしなくて、怖いところ。
どれだけ叫んでもどれだけ走っても、出口もなければ光も見えません。
もう来たくはないと思っていたここは私の夢の中。6年ぶりに来てしまいました。
ここは一度入ってしまったらすぐには抜け出せません。起きているときはこの夢から解放されますが、それも一時的なもの。眠るとまた戻ってきてしまいます。
以前この夢に迷い込んでしまったのは6年前、先ほど突然現れた誰かと同じ気配を持つ者に攫われた時。レヴィ様が助けてくださいましたが、しばらくの間この夢に悩まされることとなりました。夢を見るのが怖くて眠れなくなるほどに。
その時は、いつの間にかぐっすりと眠れるようになっていましたね。どうして眠れるようになったのでしょう? なんだか大切なことを忘れている気がします。
……だんだんとぼんやりしてきました。もうすぐ目が覚めそうです。起きた時、光は見えるでしょうか?
…………左手が、あたたかい? この魔力は……レヴィ様のものですね。
レヴィ様がいてくれるのならきっと大丈夫です————。
***
「——ロティ、また守れなかったことを謝らせてください。……だから、目を覚まして」
レヴィ様の、苦しそうな声が聞こえます。
守れなかった……? そんなことはないと、伝えなければですね。レヴィ様はいつだって私を守ってくださいますから。
さあ私、
「……ロティ?」
「レヴィ、さま……」
「……目が、覚めたのですね。よかった、本当によかった……」
レヴィ様は整った顔をくしゃりと歪ませ、そう言いました。握られている左手にぽたりと雫が落ちたのを感じます。
こわばった体を無理やり動かしてレヴィ様の頭をしばらく撫でていたら、だいぶ落ち着いてきたようです。
状況を把握するために何が起こったのかを聞きました。
その話を要約するとこうです。
食堂から部屋に向かって歩いている時に、突然現れた魔王教の者が私に眠りの魔法をかけ、攫おうとしました。すかさずレヴィ様はその者を拘束しましたが、私は魔法にかかってしまったそうです。
魔王教というのはその名の通り魔王を崇める者たちのこと。国教であるジェム教とは相容れない存在です。また魔王教のことはこの国でも一部の者しか知りません。
そんな彼らになぜか私は狙われています。
「——ちなみにですが、今はそれから丸一日が経っています」
「そうですか……え? 今、何と仰いました?」
「丸一日が、経っています」
そ、そんなに経っていたなんて、どうりで体が硬くなっているわけです……。
「……体も心も疲れているでしょうし、ゆっくり休んでください。私は少しやることがあるので失礼しますね」
守ってくれてありがとうと伝えたかったのですが……。やることがあるのならばまた今度にしましょう。
「失礼するよ」
レヴィ様と入れ違いで来たのはお義父様とお義母様、そして白衣を着た男性でした。
「シャーロットちゃん……! 無事でよかったわ……!」
「お義母様……、ありがとうございます。ご心配をお掛けしました」
「全然いいのよ。こうして今シャーロットちゃんとお話しできているだけで心配なんてちゃらになりますから……!」
「レイラ、その気持ちは分かるが先生が困っているよ」
先生と呼ばれた男性はどうやらお医者様のようです。
お義母様が私から離れると、早速というように診察が始まりました。
「——はい、体に異常はありません。ですが心に傷が付いているかもしれませんので、1週間は安静にしていてくださいね」
「分かりました。ありがとうございます」
「何かございましたらまたお呼びください。では私は失礼致します」
心に傷、ですか……。心当たりがあるような、あり過ぎるような気がしますが……とりあえずそっとしておきましょう。
お義父様方は「ゆっくり休んでね」と言って去って行きました。
***
お医者様から安静を指示されたため、ホワイトレイ家で過ごして早数日。眠れない日々を過ごしながらも、ここに馴染んできているのを感じます。
レヴィ様とはあの時以来会っていません。毎日お話に来てくださるお義母様に聞いても、控えてくれている侍女さんに聞いても、はぐらかされるだけです。
「お邪魔するよ。……まあ、その、元気か?」
今日は珍しい方が来てくださいましたね。
「なんとか元気ですよ。リアム義兄様はどうですか?」
「俺は、そうだな……自分で言うのもあれだが、色々と大変って感じだな」
「そうなんですね?」
以前リアム義兄様が来てくださったのは私の目が覚めた翌日でした。
なんだかその時よりも疲れている雰囲気を漂わせていますね。それが色々と大変、ということなのでしょうか。
色々の部分を聞いても良いのですかね?
「……なあ、ちょっと聞くんだが」
「はい、何でしょうか?」
「シャーロットは、レヴィがここ数日何しているかって知ってるか?」
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