第6話「私の魔法に誓って」

 あれよあれよと馬車に乗り、レヴィ様と私が婚約署名をするジェム教の神殿に着きました。セオドア兄様は家で留守番です。


 この国では、婚約や結婚、魔力測定など様々な儀式をジェム教の神殿で行うという慣習があります。イミルド王国を含む五大王国の国教でもある大きな宗教です。


 神殿に入るとレヴィ様、オスカー様が居ました。




「ロティ、3日ぶりですね。体調など変わりはありませんか?」


「はい、特には変わりありませんよ。レヴィ様はいかがですか?」


「私も特には変わりない、と言いたいのですが、今日が待ち遠しくていつもより早く仕事が終わったという変わったことがありました。ちなみに体調の方は変わりないです」


「そうなのですね。それはよかったです」




 レヴィ様、こころなしか声が弾んでいるような気がしますね。損得で考えてしまった婚約なのに、そこまで楽しみにされていたなんて。なんだか申し訳ないです。




「ご歓談中、失礼致します。皆様、準備が整いましたのでこちらへお越しください」






 神官様に案内されたのは、黄色を基調とした大きなステンドグラスが印象的な建物でした。


 一歩入ると、空気が変わります。とても心地の良い場所で、不思議と懐かしさも感じました。来たことはないはずなのですが。




「お待ちしておりました。わたくし、ジェム教大神官のノア・ポップルウェルと申します。本日はレヴィ・ホワイトレイ卿とシャーロット・フェイバリット嬢の婚約署名の見届け人を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」




 ……ジェム教の中でも随一の力を持っているというあの大神官様ですか。それに滅多に姿を見せないと聞いていますが。そんな方が私たちの婚約署名の見届け人だなんて、驚きです。




「では、レヴィ卿、ホワイトレイ辺境伯閣下はこちらへ。シャーロット嬢、フェイバリット公爵閣下はこちらにお願いします」




 大神官様の指示通りに移動すると、婚約署名の儀は始まりました。




「それでは始めさせていただきます。……我らが太陽神、ジェムよ。ここにいる二人、レヴィ・ホワイトレイ、シャーロット・フェイバリットの婚約を見届けておくれ。〈婚約署名シグネチャー〉」




 何もなかったはずの台座に五色の宝石が嵌め込まれた万年筆と、一枚の紙が現れます。


 それには婚約署名書とだけ書いてありました。それも、何故か意味は分かるけど見たことのない言葉で。




「ホワイトレイ辺境伯閣下、レヴィ卿、フェイバリット公爵閣下、シャーロット嬢の順にご署名ください」




 オスカー様、レヴィ様が書き終わり、次はお父様の番ですが、何かを考えているのか手が止まっています。




「……お父様?」


「一つだけ聞くんだが……。本当にレヴィくんと婚約するんだね?それでシャーロットは幸せになれるんだね?」




 お父様の心配も納得できます。一度婚約署名をすると、大神官様に認められない限り婚約を解消することはできませんから。


 それにしても、まるで私のもやもやが見抜かれているかのような問いですね。この問いには嘘も偽りも通用しない、感覚でそう分かりました。ならば真っ直ぐに答えるしかないですね。


 ……真っ直ぐに答えるしかない、のですが、果たして私は幸せになれるのでしょうか? 正直、婚約してみないと分からないというのが大きいですが。




「……横からすみません。私から一つだけよろしいでしょうか?」


「何かな、レヴィくん?」


「ロティは、……シャーロットは私が必ず幸せにします。……私の魔法に誓って」




 魔術師が「魔法に誓う」時は、その誓いに自分の魔術師としての生をかけるということです。仮にその誓いを破ったら、一生魔法が使えなくなります。言霊が宿るのか、使おうとしても使えなくなるそうです。それに似ているもので、騎士が「剣に誓う」というのもあります。


 そんな誓いを立てるなんて、信じるしかなくなったではありませんか。……いえ、信じてみたい、ですね。私はレヴィ様と婚約して幸せになれると。




「そうか、そこまで覚悟の上、か……」


「お父様、私が幸せになれるかどうか、正直なところそれは婚約してみないと分かりません。ですが、レヴィ様が魔法に誓ってくださったのです。きっと幸せになれます」


「……ああ、そうだね」




 お父様はすっきりとした表情で署名をします。

 最後に私が署名をすると、婚約署名書はきらきらと空へ溶けていきました。




「……以上で、婚約署名の儀は終了となります。お二人のご多幸をお祈り申し上げます」






 無事に婚約署名の儀が終わり、私たちは神殿の外に出ました。




「……レヴィくん」


「なんでしょうか?」


「娘を、よろしくお願いします」




 お父様は神妙な面持ちで頭を下げました。これはきっとではなくルーベン・フェイバリットおとうさまからの言葉なのでしょう。




「……! はい。もちろんです。これからよろしくお願いしますね、お義父様?」


「……お義父様はまだ早いよ!?」




 最後の一言で、真面目な空気感はどこかへ行ってしまいましたね。ですが、このいつもの雰囲気が私は好きです。

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