第3話「素敵なレディーになりましたね」
エントランスに行くと懐かしい後ろ姿が見えました。
オスカー様もレイラ様も、お元気そうでよかったです。
レヴィ様は、一段と何を考えているのか分からなくなっていませんか……?
「シャーロット、おいで」
あ、お父様に呼ばれましたね。
私は階段を下りてみなさんの前に行き、貴族女性の挨拶であるカーテシーをしました。
「ホワイトレイ辺境伯閣下、辺境伯夫人、レヴィ卿、ようこそおいでくださいました。お久しぶりです」
「……! シャーロットさん、お久しぶりね。指先まで完璧なカーテシーだわ。たくさん練習したのね。立ち姿も洗練されて、身長も伸びて、本当に成長したわ」
「ありがとうございます。そう言っていただけてとても嬉しいです」
辺境伯夫人……レイラ様がここまで感動しているのには訳があります。
私は礼儀作法がどうにも苦手で、ホワイトレイ辺境伯家にいたときはぎこちないカーテシーしかできませんでした。
……まあ、苦手だった理由は、一番最初の礼儀作法の先生が私の一挙一動にダメ出しをして物差しで叩いてきていたからなんですけど。そういえばあの先生、いつの間にかやめてましたね。
フェイバリット公爵家にきてからはその苦手も無事克服でき、楽しんで学んでいたら完璧といわれるほどのカーテシーができるまでになった、という訳です。
「シャーロット嬢、お久しぶりです。本当に素敵なレディーになりましたね」
「レヴィ様、ありがとうございます」
レヴィ様は自然な流れで私の左手を取りました。そして、…………え?
……あの、レヴィ義兄様、どうして左手の薬指にキスをしたのですか?
その行為はこの国で求婚という意味があると学んだのですが。……そういえば、今日はそのためのお話でした。
しかし、頬に熱が集まっていくのを感じます……。
こ、こういうときはどうすれば良いのでしょう。
「……レヴィくん?」
隣でお父様の怒りのこもった声がしました。ホワイトレイ辺境伯閣下……オスカー様が宥めている気配もしますね。
私ですか? 俯いております。男性耐性(親族は除く)というものが全くと言っていいほどない私には、刺激が強かったです。
レヴィ義兄様は……、にこにこと笑っていますね。何を考えているのでしょうね。昔以上に分かりません。
「……コホン、立ち話もなんだから用意した部屋に移動しよう。レヴィくんは、後で少し話そうか。いいね?」
応接室に着くと、私の隣にお父様、その向かいにレイラ様、オスカー様、レヴィ様の順で座りました。
「改めて、遠路はるばるよく来てくれたね」
「こちらが縁談を申し込んでいるんだから、それくらいはするさ」
「ああ、そうだな。早速だが……、どうしてシャーロットに縁談を申し込んだんだ?」
お父様のその一言で、部屋に緊張感が充満します。
先ほどまでにこにことしていたレヴィ様も真剣な表情になりました。肩口で軽く結んだ銀髪、ルビーのような瞳、とても綺麗だなと思います。
……はっ! レヴィ様につい見入ってしまっていました。気づかれてないと良いのですが。おそらく大丈夫でしょう。……おそらく。
そんなことを考えていたら、私にもあったはずの緊張感がどこかに行ってしまいましたね。
「……レヴィたっての願いだよ」
レヴィ様、そんな願いがあったのですか?
「……どういうことだ?」
「私レヴィ・ホワイトレイが、シャーロット・フェイバリット嬢に惚れた、ということです」
「……そうか」
お父様はそう言ったきり黙ってしまいました。何かを猛烈な速さで考えている様子です。
時々聞こえてくる呟きに、「公爵家」や「幸せ」、「損得」などの言葉があります。きっとフェイバリット公爵家当主としてのルーベン・フェイバリットと、父親としてのルーベン・フェイバリットの間で色々と葛藤しているのでしょう。
公爵家の娘的にも私個人的にも、レヴィ様は悪くない……むしろ良い相手だとは思うのですが、……それにしても惚れたとは一体どういうことなのですか。
1、2分程経った後、お父様は思考の海から抜け出して、言いました。
「……ひとまずシャーロット、レヴィくん。庭にでも行って二人で話してきなさい。伝えたいことは伝えるんだよ」
「感謝します。シャーロット嬢、エスコートしてもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
レヴィ様が差し出してくれた手に手を重ね、歩き出します。
どこか他人事のようですが、私もこの縁談の当事者。こういうときは当事者同士で話すのが早いのでしょう。
そして、お父様方は何かお話があるのかもしれませんね。なんて思ったりもしました。
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