魔王とsiri
――魔王とsiriは渋谷のスクランブル交差点のど真ん中に突っ立っていた。
何をする訳でもなく、ただただ行き交う人々を眺めるだけ。喧騒の真っ只中での二人のこの行為は異質以外のなにものでもなかったが、当の本人達はそんな事を気にする様子はまるでない。
「うむ。流石は人間界だな。右も左も人、人、人……の人だらけ。3歩あるけば人にぶつかる。この人の多さこそが人間界だなsiriよ」
と呟き洩らしたのは漆黒の魔王エ口サイ卜。
そしてその無料エ口サイ卜の隣に立つメイドはどこを見ているのか、目の焦点が合っているのかもわからないが真っ直ぐ前を見詰めたまま。
「そうですねマオー。魔界では人間よりゴリラの飼育員の方が多いですからね」
「ゴリラの飼育員は人間じゃないのっ!」
実にAIらしい棒読みを披露するsiriに、魔王は首を向けながら言っているが。
「いや、まあそんな事はどうでも良い。それよりもsiriよ。こうして日本に棲む事になったのだ……仮にこれが私が主役の物語だった場合。今はまだ第一話だろうが、私は第一話から水着回を所望する。なのでまずは海に泳ぎに行きたいのだが案内を頼めるか?」
するとここでようやくsiriは首だけを捻り魔王へと顔を向け。
「マオー。案内するのは宜しいですが、我々は水着を持っていないので泳ぐ事が出来ません。それでも海に向かいますか?」
これに魔王は大口を開けて天を仰ぎ。
「はっはっはっ。その程度の事、いざとなれば全裸で泳げばなんの問題もなかろう?」
「いや、それだと水着回ではなく全裸回になってしまいます」
「なにィ!? 迂闊ッ!!」
渋谷のスクランブル交差点のど真ん中で、目を丸くして驚く魔王。……に追撃をかけるかのようにsiri。
「そもそもマオー。水着回とはハーレム要員である沢山の美女達が水着でキャッキャウフフする回の事です。しかし我々にはまだハーレム要員がいません」
「クッ! 確かに……それどころか私とsiriの2人しかいないのに、その内の1人である私が生物学上はオス……」
「ですね。因みに私は生物学上ダニです」
「ダニぃ!? ロボットじゃないのっ!?」
驚愕する魔王だが――。クドイようだがここは渋谷のスクランブル交差点のど真ん中である。そして生物学上ならロボットも間違いである。
しかしどういう訳か魔王はアゴに手を当てると殊更納得したかのようにウンウン頷き――
「しかしそうか……アニメの水着回というのは美女達が水着でヒャッハウヒョヒョする回の事であったか。となると――野球回は美女達が水着で野球をする回という解釈で良いのだな?」
「概ね合っています。因みに神回と呼ばれている回は美女達が水着で神になる回を言います」
「ほぅ? では温泉回は?」
「温泉回はマオーが全裸で海を泳ぐ回です」
「それ全裸回じゃなかったのっ! てゆーかじゃあ私は今から温泉回をしにいくところッ!」
どうやら魔王が海に行って全裸で泳ぐのは決定事項のようである。
――のようではあるが。
「うむ。しかしまあ
と魔王が促せば、siriは再び正面の虚空を眺め
「りょ」
と短く返事をした。
こうして魔王とsiriは水着を目指して渋谷のスクランブル交差点を後にするのであった。
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