4.冬の村を見て回ろう【狩猟編】(1)

 さて、それじゃ改めて、視察兼社会科見学スタート。

 まずは朝が一番早い狩猟班とともに、現在は魔物の狩場となっている村の跡地へ出発である。


 狩猟班は護衛三人と村の狩人五人の、合わせて八人。いつもであればもう一人護衛が追加されるのだけど、今日は私の方についているから狩りには欠席だ。

 加えて、魔物を誘導するための足として、護衛たちの愛馬が三頭。荷物を積んだ馬一頭。

 荷物の中身は、魔物狩りのための武器である弓や槍。魔物を捌くためのナイフや鉈。捌いた魔物を運ぶ袋や桶。いろいろと役に立つロープのたぐいである。

 これに視察組と子供組を加えて、丘の下にある村まで歩いていく。


 と、いうことで。まずはお約束。門を出て広がる光景に、私は大きく息を吸い――。


「だ――――」


 真っ先に外へと駆けだすと、腹の底からこう叫んだ。


「――――っっっい、雪原!!!!!」


 いやあ、白い白い!

 昨日もずいぶんと白いと思ったけれど、一晩経ったらまた別格だ。


 草原に積もる雪は、昨日よりもさらに厚い。まだまだちらほら緑が見えてはいるものの、これはもう草原ではなく雪原。薄曇りの空に、はらはらと落ちる雪。濃淡のある雪の色。ほとんどが白と灰色だけで構成された光景は、王都ではとても見ることが叶わない。


 周囲は、奇妙なくらいに静けさに満ちていた。

 風の音もなく、雪の音もなく、獣の気配も感じられない。

 魔物が増えているとは言うものの、雪が物音を殺しているのか、なにもかもが消えてしまったかのように静まり返っている。


 薄曇りの空では、聖山の姿も見ることはできない。

 どこまでも白い景色が広がっているのに、まるで閉じ込められているかのような窮屈さがあった。


 この得体のしれない不安感もまた、冬の醍醐味というものだろうか。

 生物という生物が、息を潜めているような感じ。春を待つという言葉が、肌で理解できる気がしてくる。


 いやはや、自然の大きさよ。圧倒されちゃうなー!


「こらこら、殿下が一番はしゃいでどうするんですか!」


 そのまま雪の中へ突撃しようとする私の襟を、背後からむんずとヘレナが捕まえる。

 それから遅れて駆けてきた護衛に引き渡し、護衛の方も慣れたように私を抱えて馬の上へと乗せてしまう。


 なんだかこのやり取り、以前にもやらなかったっけ?

 やれやれと顔を見合わせる護衛とヘレナに、思わず顔をしかめるのも既視感がある。


「雪道を殿下に歩かせるわけにはいきません。馬の上は寒いでしょうが、辛抱なさってください」


 ううむ、無念。雪道を走り回りたかったんだけども。けども!

 というか、私だけ馬に乗るのはおかしくない? 子供たちが不満を抱くと思うんだけどなー!!


 と思ったものの、さすがにそのあたりは抜かりない。

 背後では護衛たちが自分の愛馬に言い聞かせ、子供たちを背中に乗せてやっている。


 はじめての乗馬に、お子様三人は大はしゃぎだ。

 歓声を上げたり怖がったり。馬にしがみつく表情は、三者三様ながらも楽しげである。


 ……ま、こうなっては私だけ歩くとは言えないか。

 丘の上の屋敷から丘の下の村までは、少しばかりの距離がある。あまり良好とは言えない二者間には往復がほとんどなかったため、道らしい道も作られてはいない。

 あるのは狩人たちが踏み固めて作った獣道程度。ここを子供が歩くとなると、かなりの苦労を強いられる。


 今日の目的は、視察兼社会科見学。

 乗馬体験もまた学習ということで、ここは私が大人になると致しましょう。






 そして、これもまた学習である。


「――――――な」


 大人に先導されながら、馬に揺られて進むこと約三十分。

 辿りついたのは、つい先日まで子供たちが暮らしていた村の入り口。


 見慣れたはずの村を前に、子供たちは馬上で小さく息を呑んだ。


 彼らの視線の先にあるのは、慣れ親しんだいつもの村――ではない。

 壊れた柵に沿って巡らされる、謎の怪しいロープ。

 ロープからぶら下がる、不気味な無数の木片や金属片。


 柵の内側には、妖しく燻る黒い煙。あたりは妙に鼻につく、肉の焼けこげるような悪臭が満ちている。


 その様子は、まるで悪魔崇拝。邪悪な異教徒の儀式。

 あまりに不気味でおぞましい村の惨状を目に映し、子供たちは怯えたように悲鳴を上げた。


「なにこれ――――――!?」




 はい、もっともな疑問です。

 それでは次は、このあたりの解説をしていきましょう。

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