3.冬の村を見て回ろう(2)
これ、遠足じゃなくて視察なんですけど。
遊びじゃなくてお仕事なんですけど!!
……と力強く主張してみるものの。
「――だ、そうだよ! みんな、領主さんのお仕事の邪魔をしないようにしな!!」
「はーい!!」
うーん、ついてくる気満々。
元気な子供たちの返事が、門の前に響き渡る。
一方の私の方は、なんとも言えず苦い顔だ。
こちらとしては子供の遠足に付き合っている暇はない。という以前に、子供たちだって遠足をしている暇はないはずである。
なにせここは、児童労働も容赦なく行うブラック限界集落なのだ。村にいる子供は四人。二歳、七歳、八歳、十一歳。このうち二歳の子供を除く三人が、大人に混ざって日々労働を強要されている。
だというのに、今日のこれはいったいなに?
「あなたたち、仕事はどうしたのよ、仕事は。採集作業があるはずでしょう?」
いや私としても、本音を言えば児童労働に思うところがあるけれども。
王都の裕福な家庭であれば、庶民であっても学習の機会がある。王都には初等教育を行う学校がいくつかあるし、そこから優秀な学生を集めて育てる王立アカデミーもある。
貴族であれば家庭教師を雇うものだし、素養があれば勉学を続け、研究者への道も開かれているのである。
だけど王都から離れれば離れるほど、勉学に触れる機会は失われていく。
田舎の農村部では学校もなく、大人でさえ自分の名前を書けない者が大半だ。子供はそんな土地で幼い頃から大人の手伝いをして過ごし、この国の成人年齢である十六歳よりはるか手前から大人と同じだけの労働をするようになるのだ。
ううむ、負の連鎖。こんなことだから農村部には貧困が蔓延しているのである。
そして、そういう人間たちが一獲千金を夢見てやってきたのが開拓地。ここでも結局食うや食わずなのだから、なんとも救いのない話である。
しかしまあ、今はそんな話は置いておいて。
「仕事の方は心配いらないよ!」
救いがたい貧困問題はさておき、マーサは首を大きく横に振った。
「こっちはもう、子供たちの手を借りるほどじゃない。草原も枯れてきて、作業の量もだいぶ減ったしね。毎日遠足に出ても問題ないくらいだよ!」
はいこっちも大問題。
マーサは軽く言ってのけるけれど、それはつまり今後の食糧生産の上限値が見えてきているということだ。
魔物肉の毒抜きに使う以上、首狩り草は食糧生産に欠かせない。これが今どのくらいあって、枯れるまでにあとどのくらい収穫できるのか。その総量が、この冬に得られる食糧とイコールになってくる。
あとで採集班の様子は見る予定でいたけれど、その際に首狩り草の在庫がどれだけあるかを確認して、今後の使用計画を立てておく必要があるだろう。
それからもう一つの問題が、作業量が減って人手が余り出していることだ。
村人としても、本音は子供を働かせたくはない。手が余ったとなって、ひとまず優先的に仕事から外されたのが、このお子様三人ということなのだろう。
だけど今後は、おそらくもっと人手が余り出す。彼らの新たな仕事の振り先もまた、考えておかないといけないはずだ。
ふーむ。
「…………殿下、どうされます?」
ふーむと考え込んでいると、ヘレナがそっと呼び掛けてきた。
彼女の視線は、ちらりと子供たちへ向いている。
子供三人。十一歳の最年長の女の子。私の一つ上である、八歳の女の子。そして昨日も顔を合わせた七歳のトビー。二歳児がいないのは、おそらく遠足に行けるほどの年齢でないため、お留守番なのだろう。
彼らの表情は明るい。態度はそわそわとして、久々の外出への期待感で満ち満ちている。
これからするのは単なる視察で、面白いことが起きる予定はない。とはいえ、普段は屋敷か屋敷の周辺で大人の手伝いばかりをしている彼らのこと。ただ後ろをついてきて、いろいろな場所を見るだけでも十分な楽しみなのだろうということが、浮かぶ表情から察せられる。
問題は山積みであれど、目の前の問題は子供たち三人をこれからどうするかということだ。
期待に満ちた彼らを横目に、ヘレナはあまりにも気の進まない様子で、私に暗い顔を向けてくる。
「もしお断りしにくいようでしたら、私が……」
「いや、私よりあなたの方が苦手でしょ、そういうの」
そんな断る前から悲壮感に満ちた顔をされましても。
だいたい私、嫌ならぜんぜん断れるし。むしろ、このお人好しにわざわざ嫌われ役をやらせる方がやりにくいわ。
それに、別に断るとは言っていないしね。
これだけ期待をかけられていては、私としても無下にするのは忍びない。邪魔をしないならついて回るくらいはかまわないし、今の手すきの状態で子供たちを屋敷に戻しても意味がないのだ。
というわけで、うむ。
「――――わかったわ」
子供たちとマーサを順に見て、私は大きく頷いてみせた。
「ついていらっしゃい。これも勉強。社会科見学と行きましょう」
ま、たまにはね。
私は寛容な領主なのだ。
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