27.冬へ

 村人たちの説得を終えたあとは、冬に向けた最後の準備のはじまりだ。


 まずは村から領主屋敷への引っ越し。

 最低限、爆発に巻き込まれては困る大事なものは持って来させていたけれど、それに加えて生活に必要なものも運び入れなければならない。


 領主屋敷は場違いなほど豪勢とはいえ、さすがに村人全員を住まわせるほどの用意はない。

 ベッドも足りないし椅子も足りない。食器の類もぜんぜん足りない。

 ということで、そのあたりは各自持ち出しにしてもらう。


 部屋数も足りないけれど、これは増やすことができないので相部屋で我慢してもらう。

 屋敷にある客室五部屋に応接室二部屋、加えて居間を村人たちに開放し、男女別に部屋の割り振り。一部屋当たり五人前後となれば、寝泊まりするだけならそう不便はないだろう。

 さらに、女性たちのために談話室の開放、男性たちのために遊戯室も開放。これらの部屋を、作業をしたり交流したりするために使ってもらう。


 食事は二十人ほど入れる大きめの食堂があるので、ここに椅子を増やして全員が使用できるようにする。

 食堂に隣接して厨房があり、さらにその厨房の地下に食糧庫。来年用の種芋やら小麦やらは、こちらで保管させてもらう。


 立ち入り禁止箇所は、私の私室と執務室と書庫。それからヘレナや御者、護衛たちの使っている部屋だ。

 理由は仕事の邪魔をされたくないのと、なにかと貴重品が置いてあるためである。

 王都から持ってきた宝飾品の類や、父である国王の印の入った領主就任の委任状。前領主の残した資料類。さらには彼が領地に引っ張って来た専門家たちの私物と思われる、希少本のたぐいも置いてある。

 これらを盗まれる可能性も怖いが、それ以上に、価値を理解せず雑に触れられる方が怖い。特に紙のたぐいなんて、文字の読めない村人にとってはよく燃える焚き付けとして扱われかねなかった。



 引っ越しと並行して、魔物の解体と調理もやらないといけない。

 野営地バイトで交換する魔物肉は、そのままでも美味しい幼体の肉。

 だけど今度からは、煮込んで煮込んで煮込まなければ食べられない成体の肉になる。


 解体にも危険が伴い、毒抜きにも危険が伴う。そのうえようやく食べられる状態になっても、味が抜けて美味しくない。


 炊事担当の女衆には、これらの肉の扱いに慣れてもらう必要がある。

 できれば冬になる前までに、日常的に食べられるような調理方法を探してもらいたい。


 魔物の皮は、剥いでなめして冬の防寒具に変える。

 このあたりは雑用係の男衆の担当だ。特に冬場の狩りを担当する人間優先で、急ぎ外套を作ってもらう必要がある。



 野営地バイトは雪が降るまでは継続。

 取引内容は少し変わって、魔物肉を外して粉最優先。次に塩。余裕があったら栄養のためにチーズとも交換してもらう。

 一方で、調理の際は粉を節約。冬場の食事とするために、本当に最低限のみとする。


 狩りの人員も変わりなし。

 ただし彼らがするのは、村の家々を使っての魔物狩りだ。

 雪が降り出す前に魔物と対峙することに慣れ、ついでに狩りのあとには家々の補修もしてもらう。


 墓穴掘りの人員は、そのまま全員採集班に合流だ。

 魔物肉を主食にすると決めた以上、必要になるのは毒抜きのための大量の首狩り草。とにかくマンパワーで草刈りをして、冬場いっぱい持つための草を集めなければならないのである。



 あとはもう、がむしゃらに冬に向けて動くのみ!

 領主屋敷へ引っ越し、空き家の家具を薪に変え、魔物を狩り、野営地に行き、皮をなめし、外套をつくり、魔物肉料理をし、毒抜きが甘くて全員腹痛で倒れ、瘴気怖さにひたすらに草集めをすること六日間。






「――――来たわね」


 七日目の朝。屋敷の自室で白い息を吐きながら、私は窓の外を見上げて呟いた。

 ほの暗い薄明の空に、太陽の姿は見えない。代わりに重たい雲が空を覆い、草原に影を落としていた。


 影の中を舞い落ちるのは、小さな白い欠片たちだ。

 村へと視線を落とせば、すでにうっすらと白いものが覆っている。


 領主としてノートリオ領へ来てかひと月弱。暦にして十月中旬。

 ついに草原に、冬を告げる初雪が舞った。

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