25.来る冬に備えよう(3)

 もちろんのこと、私は本気の本気である。

 冷え込みが増していく今日このごろ。草原の風が、もう冬が間近に迫っていることを教えてくれる。


 なのに村の家々には、未だに昨年の冬に亡くなった人々の遺体が残ったままだ。

 あまり冷え込まないこの土地だからか、村に悪臭が満ちるというような惨状にはなっていないものの、だからと言って放置できるものでもない。

 雪が降れば、墓穴を掘ることもできなくなる。このままではまた冬を越し、埋葬は来年の春以降になる。

 そんなの、あんまりにも気の毒ではないか。

 せめて冬を迎える前に、彼らには土の下でゆっくりと眠ってもらいたい。空き家で朽ち果てていく前に、きちんと墓標を作ってやりたいのだ。


 あ、でも雑用係のみなさんは、明日は狩り支援は止めてちょっと別の作業してくださいね。

 あと仕事を終えて戻って来た野営地バイトのみなさん方も、もしもよければ明日、先住民にこれこれこういうものが交換できないか打診してみてくれません?





 というような話を夕食時にして、村人たちが半信半疑のまま配置換えを強行した翌日。

 ついに霜が降り始めた草原の道を、朝も早くから村の男たちが踏みしめる。


 彼らの背中にあるのは、長らく放置され続けた同胞たちの遺体だった。

 冬の間に飢え、凍え、やせ細って死んでいった村人たち。あるいは秋の流行り病に倒れた子供たち。

 室内に置き去りにされた彼らの遺体は、獣に食われることもなく、ただ少しずつ虫に食い破られるだけ。無人の家を空けた村人たちが見たのは、もうじき冬だというのに死体にたかり、飛び交い這いずる無数の虫たちの姿だった。

 冬に失われた命はまだ幸いだ。虫は食べるものを食べ尽くし、残るは剥き出しになった白い骨だけ。

 だけど秋に失われた幼い命は、まだ原型をとどめているものも少なくない。数多の虫の住処となった小さな遺体を、村人たちは震える手で抱きかかえながら、村の外れにある墓所へと運んでいく。

 足取りは重く、誰も口を利くこともなく。死者を弔う葬列に響くのは、草原に吹く冷たい風の音と、霜を踏み壊す足音だけだった――――。





 らしい。

 らしいというのは、こんなもんいくらなんでも子供に見せられねえよというわけで、私は強制お留守番だったからだ。

 女にも見せられねえよと同じく留守番となったヘレナとともに、致し方なく採集作業の手伝いをしつつ、定期的に聞かされる男衆の報告は、それはもう気が滅入るものばかりだった。

 どこの家にいくつ死体があっただの、あの家の死体が一つ足りないだの、今は何人埋めただの。男衆の語る言葉も少なくて、表情は沈痛の一言だ。加えて少々の、命じた私に対する恨みがましさも見える。


 でも、これはいずれやらないといけなかったわけで。

 というかやらないで済む状態って、村を完全に捨てるか私たちも遺体になるかの二択しかないわけで。

 今のところ村を捨てて行く当てもなし。いつまでも死体と一緒に暮らしてはいられない。心情面はもちろんのこと、衛生的にもいろいろアレだしね。


 しかし、彼らの心痛のほどは私としては理解していた。

 任命責任もあることだし、手伝いをするか、せめて遺体を前に祈りの言葉くらいは言ってやるつもりはあったのだ。

 それを「お前も一応は女子供だから」と押しとどめたのは男衆。それで私を恨まれましてもね。


 とにもかくにも、報告を聞くに悲惨な状況。でも、順調に埋葬は進んでいるらしい。

 墓は村はずれ。村の真北にある、わずかに盛り上がった丘の上にある。村の柵の外側にあるその墓地は、獣除けのための細い柵が設けられているだけの、実に簡素でわびしい場所だ。


 墓標は刻む者もなく、埋めた後に石と遺品を載せるだけ。

 そもそも村で字を書ける人間はアーサーのみ。彼には石に名前を刻む技術はなく、最初のうちは字の形を教えてもらいつつ村人が掘っていたらしいが、それも次第にやらなくなった。

 そして、昨年の冬以降は、遺体を埋めることさえなくなった。村には五十人近くの遺体が残り続け、今ようやく、土の下の安寧を得ることができたのだ。


 もっともこの安寧、あまり安易に埋めるとすぐにダメになる。

 獣除けの柵があるとはいえ、こんなのせいぜい気休め程度。墓穴は深く掘らないと、あっという間に獣に掘り返されてしまう。

 本当は棺でも作ってあげられれば良かったんだけどね。木材に乏しい村には、そんなものを作る余裕はない。衛生面で考えるなら火葬もしておきたいところだけど、私の国では土葬が一般的。しかもできるだけ死んだときのまま、防腐処理を施して埋葬するのがいいとされている。

 この辺の衛生観念もいずれは変えていきたいものの、今は言及している時間がない。なので伝統にのっとりつつ、できるだけ獣の被害を防ぐためにも、とにかく深く穴を掘っては埋め、土を固く盛るの繰り返しだ。

 そんな作業を狩りにも行かず、続けること数時間。

 日も暮れ、その日の作業を終えた村人が、私に報告がてらこう呟いた。


「あんたの言う通り、きっちり埋葬したぜ、王女さんよ。この調子だと、たぶんあと三日もあれば全員の墓を作ってやれるはずだ。…………しっかし、いったいなんでまた、今になってこんなことを」


 なんでだろうねえ。

 不思議だねえ。

 領主様の優しさかもねえ。

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