25.来る冬に備えよう(1)

 どれほど盛況な祭りでも、しかしいつまでもは続かない。

 大騒ぎの夜から一夜明ければ、再び待ち受けるのは現実だ。


 昨日よりも一段と冷え込んだ、開拓地の朝。

 間近に迫った冬を感じながら、私は執務室の机に向かって座っていた。


 机の上に広げているのは、前回書き留めておいた村のステータスだ。

 その中でも職業の欄を睨みつけ、私は気難しい顔で腕を組む。


 村に来て以降、私はとにかく情報集めに終始していた。

 この詰んだ領地に見いだせる打開策はないかと村の様子を観察し、先住民の集落を訪ね、野営地で魔物の活用法を学び、取引までこぎつけたのが、昨日までのこと。

 たぶん、現状で得られる情報は出そろった。初雪が降るまで、早ければあと十日ほど。これ以上の情報を探し求める時間はなく、見つけたところで活用するだけの時間もない。


 なので今日からは、これらの情報を活用するターン。

 ギリギリで現状維持ができていた村のステータスを、吉と出るか凶と出るか、今から大きく書き換えていってみよう。




 ……の前に、すでに変わっている部分を確認しておこう。


 まず第一に、首狩り草の採集を担当していた女衆の半分は、先住民の野営地に向かってもらった。

 いろいろ不安はあるけれど、今日の訪問は私抜き。道中の魔物対策に護衛二人、馬車を走らせるため御者一人、通訳兼いろいろと宥め役のアーサーに、女衆が五人。うちの四人は、マーサを含めた昨日も訪問した面子。残り一人は新顔だ。

 マーサたちは二度目の訪問なので、昨日ほど混乱するようなことはないだろうと踏んでいる。昨日のマーサの様子からしてさほど心配は要らないと思いつつ、もしも今日も泣き叫ぶようなら再検討。

 新顔を一人入れたのは、単純に働き手を増やしたかったのと、村人に先住民との接触に慣れてもらうためだ。他の四人が落ち着いていれば、新顔もそうそうパニックにはならないだろう。もしなったとしても、全員がパニックになるよりは宥めるのが難しくないはずだ。

 こんな感じで一人ずつ入れ替えて、いずれは全員一度は野営地に行ってもらいたいと思っている。まあ、まだこれは皮算用ではあるけれど。


 仕事は繕い物のみで、刺繍には手を付けないように。仕事を終えて交換する際は、芋と肉を半々で頼んでいる。

 刺繍は割がいい一方で、失敗したときのリスクも大きい。マーサたちだけで作業させるには少々の不安がある。本当はヘレナにも野営地に行って刺繍の作業をしてもらいたかったのだけど、私一人を村に残すとなにをしでかすかわからないと、断固拒否されてしまった。


 そんなわけで、遺憾ながらもヘレナは本日も私の侍女をしている。現在は寝室のシーツの交換に屋敷の掃除、その後は厨房に行ってお湯を沸かし、私のお茶を用意してくるとか言っていたので部屋には不在だ。たぶん、そのうちお茶を持ってきてくれることだろう。


 交換について、芋と肉を半々にしたのは、食糧の入手量を増やすためと、来年の作付け用の種子を温存するためだ。

 今年を乗り切っても、来年のための作物がなくなってはまたしても詰みゲー。一方、炭水化物抜きで日々を乗り切れというのもやっぱり無理ゲーだ。

 ただし、夏芋の粉のみだと量が心許ない。昨日の様子を見るに、一日当たりの成果は多くて四枚ほどの見込み。女衆五人が全員効率よく作業しても二十枚。ざっくり換算、全部夏芋の粉に交換すると二十人の一食分。倍に薄めて食べるとして四十人一食分。つまり一日の消費量で考えると、二十人分しか賄えないことになる。

 これはちょっとよろしくない。男衆の狩りと女衆の採集の成果を加えれば村の食事を賄える計算ではあるけれど、それでもトントンがいいところだ。

 トントンということは、つまりはその日暮らし。冬に向けて、今は少しでも余剰が欲しい時なのである。

 なので、余剰のために半分は肉。あとは今日、実際の成果を聞いてみてから微調整を入れることにして。


 とにかく女衆五人が野営地バイト。

 そのぶん採集班の人数が減って、現在はこちらも五人。

 昨日時点でマーサたち四人が抜けて六人で作業をしていたのだけれど、まあもちろん減った分だけ効率は落ちている。

 もっとも、当然のように野営地バイトの方が食糧収集効率は高い。圧倒的と言っていい。

 一方の採集班は、もとの収集量が少ないだけに村全体で見ると効率微減。はっきり言って、半減しても大したことは全然ない。

 ただまあ、冬に向けて首狩り草のストックは増やしておきたいのも事実。野営地で魔物肉を交換しても、結局毒抜きが必要になるわけだしね。

 となるとここは人数調整が必要か。どこからか人員を引っ張ってこれないか考えるべきだろう。


 それから、通訳としてアーサーが野営地に同行しているため、村に医者が不在であることも忘れてはいけない。

 まあ、医者と言っても代理と言うかなんなのか、知識だけでそれっぽくふるまっているだけなのだけど。とにもかくにも、病気を見れる人間が村にいないのだ。

 軽い怪我程度であれば、今は代わりに護衛たちに任せている。彼らは騎士として戦闘訓練を受けていて、その一環として応急手当を心得ているからだ。

 ただし、できるのは応急手当のみ。今のところは村に病人もなければ大怪我をする人間もいないからいいけれど、なにかあった時の不安が残る。

 ここも少々考えておきたいところ。前領主が入植時に医者を連れていたはずなので、もしかしたら屋敷に医術書の類が残っているかもしれない。余裕が出たら、また家探しを再開してみようかな。


 とまあ、ひとまずはこんなところだ。

 これ以外は変わりなし。護衛たちを狩りにやるという話は、野営地の往復の護衛と村自体の護衛で二人ずつ取られてしまい余裕がない。馬を守らせる予定だった御者も、なんだかんだと毎日村と野営地の往復だ。

 もっとも、野営地に行くなら馬が必要なわけで、護衛二人と馬車のぶん、四頭の馬は村に不在。残りの二頭も居残り組の護衛たちが定期的に様子を見ているので、そう心配はいらないだろう。今のところは村人も馬に手出しをする様子がないし、食糧供給さえ維持すればとりあえずは大丈夫だとみてよさそうだ。




 さて、それで問題はここからだ。

 村には未だ冬のための食糧が足りず、薪も足りず、魔物対策も足りていない。

 野営地バイトは村の食糧収集効率を大幅に上げてはくれたけど、初雪までの期間限定。さらには仕事の量にも交換できる量にも当然のように上限があり、女衆を全員送って作業させればいいというものでもない。

 となると、バイトで得られるのは冬のための備蓄食料ではなく、一つの猶予と考えるべきだろう。

 初雪が降るまでは、バイトのおかげで食糧収集に余裕が出る。つまりはこの間だけは、これまで動かせなかった男手を動かすことができるのだ。


 食糧、薪、魔物対策。

 冬に向けて獣は今も減り続け、薪のためには遠い森まで伐採に行かなければならず、魔物はいつ村を襲うかわからない。

 一つ一つにじっくり向き合う時間はない。となると――――。


 となると。

 積み重ねてきたゲームの知識と経験が言っている。


 ここはちょっぴり、やらかさなければいけないと。

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