23.取引の内容を確認しよう(2)

 は? と呆けるマーサとついでに手近な女衆を三人ほど捕まえて、私はまたしても馬車に飛び乗った。

 同行するのは彼女らに加え、通訳のアーサーに護衛二人、ヘレナに馬車を操る御者といういつもの面子。昨日も通った道を、昨日に増して肌寒い風を感じながら走ること二時間ちょい。


 やってきた野営地で私たちを出迎えたのは、昨日はいなかったはずの大男だった。




 時刻は正午を回るころ。野営地は、昨日に比べて随分と人の気配が少ない。

 テントの数は変わらないものの、テント周りの荷物が減って、繋がれている馬の数も少なくなっているようだ。


 おそらくは、私たちと取引をするための人員を残して、他の者たちは彼らの集落へと引き上げてしまったのだろう。

 なんとも閑散とした空気の中、しかし待ち構える大男の存在感はすさまじい。


 年のころは四十ほど。平均身長が比較的低めの彼ら一族の中で、彼はスレンに並んで飛び抜けて大きい。

 しかもスレンと違って、縦にも大きければ横幅もある。ついでに厚みまである立方体だ。威圧感のある体躯に加え、その顔立ちは族長に輪をかけて厳めしく、出迎えられた瞬間に馬車の中の女衆が泣きだした。


 …………泣き出してしまった。

 挨拶を交わすよりも先に怯えた泣き声が響き、さらには女たちを守ろうとマーサが大男へと叫んでしまった。


「なななななんだってんだい! ああああああたしは怖くなんてないよっ!!」


 腕まくりをして馬車から飛び出そうとするマーサに、声を聞きつけすわ何事かと駆け付ける先住民たち。騒がしくなる野営地に大男は厳めしい顔をさらに厳めしく歪め、その迫力にますます泣き出す女たち。


「お、落ち着いてください! 落ち着いてくださいみなさん! 彼らは決して敵意を持っているわけではなく、騒ぎに驚いているだけで……!!」


 などと慌ててアーサーが宥めても、こうなってしまってはどうにもならない。通訳するのも追いつかず、二つの言語が意味も分からずぶつかり合う本日二度目の阿鼻叫喚。

 大男に掴みかかろうとするマーサを必死に止める護衛を横目に、私はうむ、と腕を組んだ。


 やってしまいましたなあ。




 まあね、かつての神童なんて所詮はこんなもんですよ。

 前回の男衆のときにさほど問題が起きなかったからと、甘く見ていたらこの事態。

 とにかく女衆を落ち着かせ、先住民たちを遠ざけて、馬車の中に閉じこもらせての事態の収拾。いや収拾ついていないから、単なる棚上げと言うべきか。


 馬車の周りを御者と護衛に守らせて、どうにかこうにか悲鳴響く状況を脱した現在。

 私は招き入れられたテントの中で、不機嫌そうな顔の大男と向かい合って座っていた。


 テント内に満ちるのは、なんとも居心地の悪い空気だ。

 しかしその原因は私である。これから取引の話をするというのに、まったくもっての大失態である。


 いやあ、わかっていたつもりだったのにわかっていなかった。

 村で取引の話題を出したとき、阿鼻叫喚になった時点で気付いて然るべきだった。

 道中よくよく言い聞かせていたつもりだけど、彼女たちの先住民への恐怖を甘く見て、恐怖によって起きる反応を甘く見た。実際に相対したときの彼女たちの気持ちを考えられなかった私の負け!

 はい全部私が悪いです!!


 おかげさまで、先住民の女衆への印象は最悪。

 好感度は地の底まで落ち、先住民たちは女衆を腫れ物に触るように遠巻きに眺めるばかり。

 一方の女衆の方も、未だに先住民を恐れてしくしくと泣き続けているところ。テントの中にいても聞こえるすすり泣きの声に、私の愛想笑いも凍り付く。


 しかもこの、目の前の大男。女衆のパニックの原因となった、見た目からして厳ついこの人物は――。


「――ドルジェだ。長の甥で、集落をまとめる補佐をしている」


 今日も今日とてなんでか野営地にいるスレンが、私たちに説明する。

 顔を見た瞬間、互いに「あ」と思ったものの、先ほどの状況ではテンプレなやり取りをする余裕もない。

 こちらはこちらでなんとなく据わりの悪い思いをしつつ、とにもかくにもスレンの言うことには。


「今は、長に代わって野営地を取り仕切っている。いつまでも長が集落を離れているわけにはいかないからな。今後のお前たちとのやり取りや取引についても、このドルジェに一任されている」


 だ、そうだ。

 …………やってしまいましたなあ。

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