18.魔物解体チュートリアル(2)

 先住民たちは魔石についた血を軽く拭うと、さほど貴重でもなさそうに私たちへと投げて寄越した。


 ……投げて寄越した!?


「わっ! ちょ、えっ!?」


 それを投げるなんてとんでもない!

 私は大慌てで空飛ぶ魔石を捕まえると、何かの間違いではないかと手の中を覗き込んだ。


 だけど私の手の中にあるのは、やっぱりまぎれもなく魔石らしい。

 多面体の結晶構造。色ガラスのように透明な色彩。なによりも、その結晶の奥から放たれる小さな光。

 石の中で明滅する淡い光は、他の宝石とは一線を画す魔石だけの特徴だった。


 未だ信じられずにまじまじと眺める私へ、しかも男はこんなことを言ってくる。


「小さくて形が悪いし、光り方が弱い。売り物にならないからくれてやるってよ」

「は? はあ? 魔石を!?」


 それをくれるなんてとんでもない!

 いや冗談ではなく、本当にとんでもないことなのだ。


 たしかに、渡された魔石はかなり小さい。小指の先ほどの大きさで、加工したら麦粒くらいになってしまうだろう。

 それでも、魔石というだけで普通の宝石よりは価値がある。むしろこれくらい小粒だと、並の貴族や裕福な平民あたりにもギリギリ手が届くだけに、かえって国内では需要が多いくらいだ。

 普通の宝石の横に、そっと小粒の魔石を添えたりもする。大粒の宝石の中に魔石をはめ込み、まるで大粒の魔石のように見せかけることもある。あるいは庶民の間では、奮発して手に入れた小さな魔石を指輪にし、プロポーズに贈るなんて習慣もある。

 それが売り物にならないなんて、そんなこと――。


「……売り物?」


 そんなこと、と思ったところで興奮ストップ。今なにか、変な違和感があった。

 たしかに、私の国では魔石は貴重品だ。貴族たちが大枚をはたいてでも手に入れたがる高級品である。

 だけど、この地で『売り物』?

 魔石に興味のなさそうな、失礼だけど、こんな貨幣制度もなさそうな土地で?


「………………誰かが魔石を買い取っているってこと?」

「稀にな。以前に住んでいた場所は行商人の巡回路になっていた」


 無意識につぶやいていた私の疑問に、男がそう答えた。

 顔には、少しばかり懐かしむような色が浮かんでいる。


「一年か二年に一度くらいか。冬になると時々集落を訪ねてくるから、そのときに形のいい魔石と布やなんかを交換する。……まあ、こっちに移り住んでからは一度も取引はしていないが」


 なるほど行商人。こっちに移り住んでから取引していないというのは、つまりは情報の漏洩を恐れているのだろう。

 なにせ相手は行商人。取引先が一つの部族のみなどありえない。ほぼ間違いなく、彼ら以外の他の部族とも関わりがあるはずだ。


 関わりがあるなら会話もする。情報交換もする。商人であるのなら、情報すらも売りに出す可能性がある。

 隠れ住む部族の話なら、きっと高く売れることだろう。それを売るかどうかは、相手がどれくらいお得意様かによるのだろうけれども。


「……魔石を買い取る行商人、ねえ」


 ふむ、と私は腕を組む。

 果たしてその買い取った魔石をどこに売っていることやら。まさか、この地で物々交換の材料にしているわけでもあるまいに。商人ならば、おそらくは価格の高騰している国々に売りつけることだろう。


 その交換に、布?

 しかも男の話によると、もっと大きくて形が良く、強い光を放つ上質な魔石との交換だ。


 ……それって適正価格なんだろうか?


「――――す、す、すみませんっ!」


 などと考え込む私を、不意に誰かが押しのけた。

 ついでに響く声は甲高く、かすれて裏返っている。


 いったい誰が――とは、思うまでもない。押しのけられた私の目の前には、興奮したアーサーが鼻息も荒く立っていた。


「こ、こ、この魔石、どうして幼体にあったんですか!? どうして成体の方からは出なかったんですか!?」


 あ、はいはい! それは私も気になっていました!


 と、早口のアーサーの問いに私も手を上げて便乗する。

 行商人のことは、気になるけれど後回しだ。私の村に直接関係があるわけでもなし。今すぐ行商人が来るわけでもないからね。


 それよりも、今は魔石の話が気になる。

 わざわざ見せてくれたってことは、魔石があるとわかっていたってことだよね?

 私たちの知識では、魔物から魔石が取れるかどうかは運次第。その魔物の体調だったり魔石の状態に影響しているのではないかと言われているけれど、もしかして違う法則性があるってことだろうか?


 そんな、国の学者連中が頭をひねっていてもわからなかった謎に、男はこともなげにこう答えた。


「単純なことだ。幼体はに仕留めている」

「………………」


 …………?

 ………………。

 ………………………………。

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あああああああ!! なるほど!!!!!




 思わず私は膝を打つ。頭の中でピンときた。

 理解と納得、腑に落ちた瞬間の興奮に、思わず体も前のめり。その勢いで、私は逸るような気持ちで口を開き――。


「つまりこういうことね!! 魔法を発動する前は――」

「体内にある魔石の消化がされていないということですね!! 魔法は魔石を使って放つから!!!!」


 最後まで言い切る前に、私以上に興奮したアーサーに続く言葉を奪われた。

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