12.先住民の集落(3)
アーサーが私の言葉を伝えた途端、テントの空気が張り詰めた。
ただでさえ険しかった男たちの顔が、今は岩のように強張っている。
族長は口元を引き結び、眉間のしわを深めたまま動かない。
ひりつくような空気に、アーサーが怯えたように身を竦ませた。
「で、殿下……いったい今のはどういう意味で……?」
震えながら問いかけるアーサーを、私はちらりと一瞥する。
どういう意味もなにも、聞いての通り。
この集落に援助を断られたら、私たちは他の誰かを頼らなければならないというだけの話だ。
その場合、行く先は他の集落になるだろう。
不法入国は重罪でも、この状況では四の五の言ってはいられない。山を越えて他国にいる先住民を見つけるか、山側に住む別の先住民に当たるか。いずれにしても、この集落の人間以外と接触をすることになるのは間違いない。
ただし、そのことをこの集落の人間がどう思うかには、うすうす想像がついていた。
「……もともと、おかしいとは思っていたのよね。常に移動するはずの先住民が、どうして三年以上も変わらず同じ場所にいるのだろう、って」
先住民の中には、必ずしも移動しない部族もいるとはいう。
山奥にひっそりと居を構える彼らは、遊牧する部族よりもなお謎に包まれている。彼らが一時的に草原に出てきたとも考えたけれど、それにしたって三年という歳月は、どうにも奇妙だった。
三年も暮らすとなると、それはほとんど定住だ。
だけど彼らの住居は移動可能なテントのまま。地に足を付け、家を作る気配さえも見られない。
これはいったい、どういうことだろうか?
「それに、こんな見晴らしの悪い場所にいるのも気になるわ。わざわざ丘陵の下に拠点を構える理由はなにかしら。まるでひっそりと隠れるみたいに」
人々の空気はやけにピリピリとしていて、ひどく攻撃的だった。
一方で、侵入者に迷わず襲い掛かってくる割に、私たちには弁明の機会が与えられている。
この、暴力性と奇妙な理性はどういうことか。私たちを見逃そうとしたのはなぜだろう。
逆に言えば、前領主の無礼さえも見逃すほど寛容でありながら、これほど攻撃的なのはなぜだろう?
真相は知りようもないけれど、想像することはできる。
これはつまり、彼らが警戒し、攻撃的になるべき相手が、
「決定的なのは、女子供の姿がないことよ。こんな小さな集落なのに、気配さえ感じないわ」
「……それは、テントに隠れているだけでは……?」
「あり得ないわね。それならどうして、
集落の男たちの服装は、決して粗末なものではなかった。
毛皮の外套。厚手の立派な靴。服は風変りながら、見事な刺繍が施されている。
だけどその刺繍は綻び、ほつれていた。
これだけ見事な刺繍をすることができるのに、だ。
テントも同じ。布自体は良いのに、手入れをされた形跡がない。
それも、一般のテントだけならまだしも――。
「…………あ」
集落で、もっとも立派であるべきテントに風が吹き込む。
隙間風に揺れる炎に、アーサーが息を呑んだ。
「たぶん、ここには針仕事をできる女がいないのよ。正確には、元はいたけど今はいない、でしょうね。――彼らはきっと、本当はこの地で暮らしている部族じゃない。本来の場所を離れ、女子供を置いて、なにかの理由で隠れ住んでいるんだわ」
炎の向かい側には、一言も発することなくこちらを見据える族長がいる。
表情を変えず、態度を変えず、身じろぎもしないまま次の言葉を待つ彼へと、私は膝をついたまま視線を返した。
「だから――訳しなさい、アーサー。私たちは他の集落へ行く。そこで助けを求めるつもりだ、と。……川のほとりに小さな集落があって、最初はそこに助けを求めたのだけど、断られてしまった――と言ってね」
「殿下……それは……」
私の言葉に、アーサーは口ごもった。
ためらうような表情は、私が本当に言いたいことを理解しているからだろう。
彼らに断られたら、私は他の集落へ行く。
そこで、この集落のことを話すだろう。隠れるように暮らす彼らの存在を明かすだろう。
その結果がどうなるかは、私にはわからない。
だけど、たとえ彼らにとって望まない結果になるとしても、援助を得られなかった私たちには関係のないことだ。
「………………それは」
族長は言葉を待っている。
武器を持つ男たちの手は震えている。
ざわめきすらもない静かなテントに、炎の爆ぜる音と、風の音だけが響く。
覚悟を決められないアーサーに、私はもう一度、短く命令する。
「訳しなさい」
「………………………………」
無数の視線に突き刺さされながら、アーサーは重たげに、祈るように、結んだ口をおそるおそる開いた――――。
そのときだ。
「――――その必要はない!」
割って入ったのは、怒りに満ちた低い声。
同時に、冷たい風がテントに勢いよく吹き込んでくる。
「無礼な口を閉ざせ、女! お前たちの言葉、わからないとでも思ったか!!」
声が聞こえたのはすぐ背後だ。
その内容は、アーサーの通訳なしでも理解できる。
流暢なセントルム王国の公用語に、いったい何事か――と思う余裕は、だけどない。
「俺たちを脅そうと言うのなら、それなりの覚悟があるんだろう――――」
驚くよりも、振り返るよりも早く、膝をついた私の体が押し倒される。
地面に転がり、慌てて視線を向けた先。
目に映るのは、苛烈な瞳をした集落の男だ。
まだ年若いその男は、倒れた私の目の前にためらうことなくナイフの先端を突きつけた。
「その覚悟に応えてやる! その口、二度と利けると思うな!!」
「――――――」
ナイフを突き出されたまま、私は小さく息を呑んだ。
一瞬、言葉が出てこない。喉の奥が強張り、呼吸さえもろくにできない。
だけどそれは、たぶん恐怖のため、だけではない。
――――ば。
私の隣で、ヘレナが甲高い悲鳴を上げる。反対側の隣で、アーサーも負けず劣らず甲高い悲鳴を上げる。護衛が慌てて私を助けようとして、集落の他の男たちに取り押さえられているのも、見えているのにほとんど頭に入らない。
眼前で光る刃さえも頭の片隅に追いやって、私はただ、信じられない気持ちで怒鳴る男を見上げていた。
――――――――抜群に、顔がいい!!
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