●3.村人と会話をすることでイベントが進行するぞ(3)
「な、な、な、なんでですか!!」
「な、な、な、なぜですか!!?」
ヘレナとアーサーの声が同時に響く。
いやなんでって、当たり前でしょう。子供相手になんてことを頼んでの。
「要するに、私を盾にして責任逃れしたいって言ってるんじゃない。あなたの考えを私が言うことで、失敗しても自分は知らんぷりができるってことでしょう?」
「そ、そういうつもりでは……」
私の言葉に、アーサーがびくりとしたように身を竦める。
そういうつもりであろうがなかろうが、実際はそういうことになる。それがわからなかったとは言わせない。彼は私を隠れ蓑に、自分の保身を図っているのだ。
「だいたい、そのやり方で上手くいくとも思えないわ。あなたが考えて今の状況が改善するなら、そもそもどうしてこんな悲惨な状況になっているのよ」
「それは…………」
「あなた、前領主側の人間だったはずでしょう? 進言の一つくらいできたじゃない? あるいは村のために、さっさと前領主を追い出す判断ができたんじゃないの?」
「…………」
「それなのに、なんでここまでなにもしてこなかったのよ。領主から依頼を受ける立場で、村の人たちの信頼もあって、どうして今まで黙っていたの。それで今度は、どうして急に私を利用しようとするのかしら?」
私が騙しやすそうだから? 子供だから思い通りにできると?
前領主を追い出して、なにかやりたいことでもあったのか。この村にそんなことをする旨味があるとは思えないけど、それでも裏があるとしか思えない。
そんな人間を、どうやって信用しろというのだろう。
こんな辺境まで来て誰かの思惑に振り回されるなんて、まっぴらである。
「…………………………」
という目で睨めば、アーサーは押し黙ってしまった。
そのうえ口をキュッと結んで、なんだか瞳が潤んでもしまった。
部屋には重たい沈黙が垂れこめる。横からヘレナが「殿下、言い方がきついですよ」とたしなめるけれど、これって私が悪いんです?
「だ、だって…………」
私が悪いかは置いておいて、とりあえず沈黙は続かなかった。
居心地の悪い間のあとで、潤んだ瞳のアーサーが、大きく声を張り上げたからだ。
「だって、苦手なんですぅううううううううううううううううう!!!!!」
は?
「僕、研究員ですよ!? 瘴気を調べに来ただけなんですよ!? 現地調査ができると思ったら、こんなことに巻き込まれるなんて思わないじゃないですか! 思う存分研究がしたかったのに!! 毎日瘴気瘴気瘴気で幸せだったのに!!!」
あーあ、泣いちゃった。
いや待って、言ってることおかしくない? なにが幸せだって?
「向いてないんですよ、僕! 見てくださいよこの細い腕! 村の人たちにどつかれたら吹き飛びますし、閣下は気に食わないとすぐに脅してくるし!」
言いながら、アーサーはぐっと腕をまくってみせる。
たしかに細い。村の人たちも痩せているけれど、そういうのとはまた別次元の軟弱さだ。正直、私でも勝てそう。
「村の人たちはみんな良い人たちですよ! 僕みたいな日陰者も虐めないでくれますし! 慕ってくれますし! でも無理無理無理無理無理! 力になりたいとは思うけど、意見を言うなんて無理です!!」
その腕に、彼は力を込める。もちろん力こぶなんてものはできない。ただひたすらに力ませるだけだ。
そして力ませながら、縋るような目で私を見てくる。
「それなら、誰かに任せた方が良いじゃないですか! できればこういうの、負担にならなそうな人に! 丸投げはしないから許してくださいぃいいいいいいいい!!!!!」
そこまで言い切ると、アーサーはもう恥も外聞もなく私に頭を下げた。
後に残されたのは、なにも言えない私たちと、成人男性のすすり泣く声だけだ。
……いや、うん。なんというか、予想外というか。
この人、悪人ではないのだろうなあという感じ。むしろ気が弱いだけのお人好しで、きっと村人を見捨てられなかったのだろう。おかげで沈む船から逃げ遅れ、それでも彼なりになんとかしようと、陰の者らしからぬ勇気を振り絞って私に話しかけたのだ。
それは決して馬鹿にはできない。尊ぶべき彼の善良さである。
「…………」
はあ、と私はため息を吐いた。
こうなると、難しいことはしなくていい、というのもきっと単なる親切心。私から自由を取り上げようという意図があったのではなくて、子供にそこまでやらせるわけにはいかないと考えたのだろう。
だからといって子供を前に立たせようとするのはやっぱりどうかと思うけど、そこは私も領主の立場。私には村人を守る義務があり、矢面に立つのは当然のことではある。
まあ、致し方なし。
そろそろ周囲の『あーあ泣かせた』という視線も強くなってきているし、若干の非難の目も感じるし、ここは子供の私が大人になるべきところだろう。
「別に怒ってないわよ。顔を上げなさい」
私はできるだけ声を和らげ、頭を下げたままのアーサーへ呼びかける。
ついでに表情もにこやかに。まるで聖母のように穏やかに笑む。
「向いていないのはよくわかったわ。たしかに、私もあなたが表に出る性格ではないと思う。それでも村の力になろうと、無理して私にも声をかけたのね」
「…………はい……」
ぐすっと鼻をすする音とともに、か細い返事が聞こえてきた。
それから少し間があって、アーサーがおそるおそる顔を上げる。
彼の泣き濡れた瞳には、私が映っている。
この押しに弱そうな相手に、私はさらに笑みを深めた。
「でも、できないことまでやらなくてもいいのよ。人には向き不向きがあるんだから」
「はい……」
瞳の中に浮かぶのは、我ながら慈愛に満ちた会心の笑みだ。
押したあとは引いてやる。怖がらせた後は、ちょっとの親切。弱ったところに優しい言葉。
詐欺の常套手段である。
「人に任せるのも大事な判断。こういうのは、開拓の経験豊富な私に任せておきなさい?」
「はい………………はい?」
「えっ」
「今なんて?」「よく聞こえなかった」「おいもうちょっと詰めてくれ」「任せておけ?」「開拓の経験豊富?」
よーし、言質とった!
ついでにいろいろと聞こえてきた。
最初の声はもちろんアーサーだ。任せろ、と言って「はい」と答えたからには、その後の疑惑の表情はノーカンである。
次の声は、私の隣でいかにも「嫌な予感がするんですが?」という顔のヘレナだ。
背後の護衛たちはいぶかりながらも声は出さなかったので、最後の声は彼らではない。
ではどこから聞こえたかというと、どことは一言では表しにくい。一人の声ではないし、一方から聞こえたわけでもないからだ。
強いて言うなら、声の出所はあばら家の外。
それも、周囲をぐるりと取り囲むように、まんべんなく聞こえている。
その正体に、私は予想が付いていた。
まあ、そりゃあ気になるよね。彼らにとっての大事な『先生』になにかあるのではないかと心配になるよね。非難の目も向けてくるよね。
あるいは、単なる好奇心もあるのかもしれない。村での騒ぎのすぐあとだ。いったいどんな話をしているか、気になって気になって仕方ないだろう。きっとこっそり後をついてくるだろうし、聞き耳だって立てるだろう。
そしてこんな隙間だらけの家だ。中の会話もよく聞こえたことだろう。
アーサーが上に立つ性質の人間ではないことも、それを重荷に思っていることも。
それじゃあ、ここからが勝負どころということで。
領主として、村人たちと最初の対話をしてこよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます