第2話

 この日「も」青天の王都の目抜き通りを行く馬車内で、ジェスターは不機嫌丸出しに腕を組んで向かいに座るミリアをじろりと睨んだ。


「君は実にしつこく、図々しい。そして空気を読まない。もしも意に添わない相手から自分がそうされたらどう思う? もっと人の気持ちを考えろ」

「ジェスター様からなら大歓迎です!」


 話が通じない、とジェスターが礼儀正しく静かにこめかみに青筋を立てる。

 彼はこう言ったふざけた手合いは基本的に相手にしない。一緒にいない。馬車に同乗などもってのほかだ。

 だがしかし現在この馬車にはミリアがどういうわけか同乗している。

 紳士の集いを終えて帰路に就く彼が馬車に乗り込みいざ出発しようとした矢先、どこに潜んでいたのか強引に乗り込んできたのだ。

 御者は仰天したがジェスターはよくある事と落ち着いていた。

 そう、本当によくある事なのだ。


「もういい。とっとと今すぐ馬車を降りろ。そもそもどうして俺の馬車に同乗している。君の家は反対方向だろうに」

「このままジェスター様のお部屋にお泊まりしようかと。そのために侍女だって撒いてきました!」


 堂々と胸を張ってから何故か次にはちょっと俯いたミリアは、上目遣いでちろりとジェスターを意味深に見た。


「是非とも作りましょう、既成事実!」

「お断りだ」


 すげない返事に予想通りミリアは残念がったがしばし放置して、彼女がすっかり席上で寛いで油断したと見るや、彼はすかさず馬車を停めさせ叩き出した。

 そうしてすっきりとした面持ちでパンパンと手の埃か何かを払いつつ何事もなかったように馬車を発進させた。


「あっちょっとこんな所で酷いですよ! ううう~、ですがこれも二人の愛の試練なのですよね!」


 悲劇のヒロイン宜しく石畳の街路に座り込むミリアは俄然やる気を出した。

 どんなに冷たくあしらわれても罵られても、彼女は気持ちを止められない。ジェスターに特定の女性が居ないのもやる気を後押ししていた。


(だってどう見ても私が一番ジェスター様に近い女です!)


 彼女は諦めず気持ちを伝え続ければいつか応えてくれるだろうと、根性論にも等しい超絶前向き思考の持ち主でもあった。


(今日はもう仕方がないですが、明日はどうしましょうか)


 マスタード家に押しかけて手作りの料理やお菓子を広げるのはもう通例で、若干の手垢感があると言えばそうだ。その都度それらの食べ物は有効活用されて庭の鳥の餌にもなっていたようだが、鳥達だって飽き飽きしているだろう。

 何か目新しい方策を模索する必要がありそうだった。


(夜会で何か作戦を練るにしても、限られていますし……)


 夜会では他の令嬢を押し退けて彼に付いて回っているが、今まで一度もダンスを踊ってもらえたためしはない。

 彼が他の令嬢とも踊らなかったのはせめてもの救いだ。


(私もそろそろ本気でジェスター様の妻になるために手を打たなければ、婚期を逃してしまいます! 知り合いは十二歳で既に婚約されていましたし、十四で嫁いで行った方もいましたし……。夜会で何か……って、夜?)


 ミリアは閃くものがあった。


(そうです夜と言えば、吸血鬼が活発になる時間! ハンター達は、ほとんど夜に任務をこなしているって話でしたっけ)


 今までは邪魔をしてはいけないし、ミリアの両親も凄く心配するので任務に付いて行った事はなかった。二人はミリアが吸血鬼に関わるのを過剰なまでに嫌う。

 最初はジェスターに関わるのさえも禁止した程だ。しかし彼に何度も助けられた恩が積もり、彼といればむしろ安全なのだとのミリアの説得もあって今では応援してくれるようになった。


(かくなる上は、任務に付いて行きましょう! そして任務終了後の一汗掻いた所で蜂蜜レモンなどの差し入れをすれば、こいつこんな所まで付いてくるくらいに俺の事をキュン……とポイントも高いのではないでしょうか!)


 数日後、早速とミリアは実行に移した。夕方マスタード家までやってくるとこっそり物陰に隠れ、夜ジェスターが武装してハンター仲間と屋敷を後にするのを待った。

 彼女自身も周囲から浮いて目立たないよう、尚且つ動きやすいようにズボンを穿いてシャツにベストにキャスケット帽を身に付けて、肩からは手作り蜂蜜レモン入りの鞄を掛けて、庶民の少年の恰好で追いかける。因みに実家には教会に祈りに行くと言ってあった。そこならばと両親も夜の外出を許してくれるのだ。


 ほとんど人の出歩かない深夜に吸血鬼は出没して人の血を啜るので、目撃者もないままに被害者は翌朝冷たい躯となって発見される事例が多い。


 しかしハンター達は情報を分析して行動予測をする事が可能だ。


 やや離れた場所からジェスター達の後を追いギリギリで見失わないようにしていたミリアだったが、いよいよ街の外れに至った所で見失ってしまった。


(どうしましょう、確か向こうの倉庫街の方に行きましたよね?)


 もうこうなっては大体の方向に進むしかない。もしも尾行が見つかっても仕方がないだろう。

 少し歩いてふと周りを見てみれば、道の横には暗い倉庫ばかりが建ち並び民家は一つもない。労働者のすっかりいなくなった倉庫街は音もなく静かだ。

 人払いの結界でも張られたように人通りは完全になくなっていた。

 髪を帽子の中に詰め込んでいるせいで、露出している首筋を風の手が撫でていく。

 そんな夜風の温さも薄気味悪く、寒くもないのにミリアはぶるりと小さく体を震わせた。


 こういう雰囲気の時は、――出る。


 不思議と昔から彼女の持つ独特の吸血鬼察知感覚と、幾度となく襲われた経験がそれを確信させる。


(ええとこれは、近くに居ますね。見つからないうちにどこかに隠れて朝までじっとしているのが無難そうです。今夜の差し入れは諦めるしかなさそうですね)


 吸血鬼は基本的に太陽の下では出歩かない。

 嘆息しつつどこか物陰に隠れてやり過ごそうとした矢先。


「ガアアアア!」


 比較的近い場所から唸り声がして、ミリアの背筋が凍った。


(こ、このねっとりとしたバナナみたいな声は、大体が吸血鬼ですよね。しかも声の低さからして男の吸血鬼で、食欲に特化して理性の飛んだ個体……!)


 彼女はゆっくりと踵を起点に体を反転させる。残念ながら一歩の差で気付かれていたようだった。


 正面の先、暗がりに赤く光っている一対の目。

 姿勢も悪くだらりと両腕を体の前に垂らす異形は、光の細い街灯の下で獣のような形相で唸っている。


 ミリアは一歩また一歩と後退した。ゆっくり動けば相手を刺激しないとでも言うように。しかし吸血鬼は野生の熊などとは違うのだ。


「ガアアアッ」


 舌舐めずりをして跳躍してきた吸血鬼に一瞬にして距離を詰められ、動転に足がもつれて転んでしまう。


(あああどうしましょう!)


 ミリアは身が竦んで上手く立ち上がれない。荷物を漁って痴漢撃退用の唐辛子の粉を投げ付けてやる。

 吸血鬼でも目には染みるのか、相手は怯んだように一度飛び退った。

 しかし退散してくれるかと思いきや、火に油で逆効果だったようだ。


「ガアアアアッ!」


 人の形をしているのに人間の言語を発す事のない人間のなれの果て。


 そんな憐れな存在になり果てた相手から、ミリアは今度こそ飛び掛かられ両肩を地面に強く押さえ付けられた。

 そうして彼らは獲物の首に深く噛み付いて血を残らず啜るのだ。


 逃げられない、殺される、と思った。


 こんな恐怖は何度味わっても堪える。耐性なんて出来やしない。


「ジェスター様……!」


 助けて欲しいとかそんな感情よりも、これからもう会えなくなるかもしれないと思えば一も二もなく悲しくて彼の名を叫んでいた。

 無駄な抵抗かもしれないが、何もしないで餌になるのは御免で、もう一度ジェスターに会うために生き残りたいと、ミリアも吸血鬼の顔を両手で押し返す。


「このまま死ぬなんて嫌です嫌です嫌ですーーーーっっ!」


 しかし力の差は大人と赤子同然で、大きく開けられた口が見る間に迫った。


「――助けてジェスター様!」


 今まさに牙を突き立てられんとしたその時、ゴッという骨同士が当たったような鈍く嫌な音と共に、吸血鬼が横に吹っ飛んで転がった。


 誰かからの膝蹴りを食らったのだ。


 しかし人間離れした身体能力で起き上がりこぼしのように飛び起きると、依然として標的のミリアに跳び掛かってくる。


「ひッ……!」


 今のは引き攣った呼吸なのか声にならない悲鳴なのか自分でも判断が付かない。


「こ……っの化け物風情がッ!」


 その時視界に割り込んだのは誰かの大きな背中だ。


 その人はミリアを庇うように吸血鬼との間に入り込んできて、ガキィン、と硬質な物同士がぶつかるような音を立てた。


 それはその誰かが吸血鬼の口に硬い銃身を噛ませたからだ。


 襟足の短く整った黒髪が夜の中で揺れる。


「ぐぅっ……このっ!」


(ジェスター様!?)


 現れたのは何と見失ったはずのジェスターだった。






 双方相当の力を込めているのがわかる筋肉の痙攣を伴って、しばしその場から動かなかったが、徐々にジェスターが僅かずつ押され始めた。

 牙の歯止めとして押さえはしたが、それ以後の純粋な力比べではハンターと言えど人間には分が悪いのだ。


(また、ジェスター様に助けられました)


 感動にも似た想いで頑張ってとミリアは彼の背中に心で叫んだ。

 更には、勝利を願う必死さが彼女にただ見守るだけを許さない。


(何もしなければ、何も変わりません!)


「私はこっちよッ!」


 できる事は何かと考えて、力の抜けていた足を叱咤して駆け出して声を張る。


 案の定吸血鬼は獲物と定めたミリアの方へと意識を逸らした。


 それが、彼女が作り出した絶好の隙。


 その隙を突いてきっと彼は引き金を引くだろうと信じた。


 吸血鬼は恐ろしい程の跳躍を見せてミリアとの距離を詰める。

 もっと距離を取ろうとしたがまたもや足が縺れて無様に尻もちをついてしまった。

 大きく開けられた赤黒い口腔と濁った黄色い牙があと三歩、あと半歩、あと一指分でミリアに至る。


「――今ですジェスター様ッ」


(私の英雄、私の神様、お願いです!)


 祈るようにギュッと目を瞑った。

 刹那、鼓膜を劈くような発砲音がしたかと思えば、吸血鬼の体が一度跳ねた。

 被弾したのだ。

 着弾した瞬間から異形は塵になって空気に溶けて消えて行く。


 吸血鬼を瞬時に死に絶えさせるなど、銀の弾丸以外にない。


 ハンターたる彼が狙いを過たず吸血鬼の心臓を撃ったのだ。


「――ッハ、ハアッ、終わったか」


 ジェスターは弾丸を打ち出した後の構えを解いて、それまでの体力消耗を物語るように大きく肩で息を切らしている。


(助かった……のですね)


 それくらいはミリアの呆然とした頭でも理解できた。


「ジ、ジェスター様……」


 今度こそ腰が抜けて咽がつっかえて、それ以上の、例えば感謝の言葉も出て来ない。

 剥かれた牙の何と鋭かった事か。理性もなく醜く歪められ赤く底光りする双眸の何とおぞましかった事か。

 今更ながら冷汗が噴き出してミリアは蒼白な顔で震えた。


 しかし涙だけは流さなかった。


 どれほど怖くても何故か泣く気にはならないのだ。


 ミリアが人前で泣いたのは、小さい頃に転んで怪我をして痛い思いをした時くらいだった。あの頃は感情もまだ未熟で泣くのは簡単だったのかもしれない。


 普段から彼女は全く泣かないので、彼女自身泣く事自体に恥じ入るようなものを感じてもいるのは否めない。


 とは言え、彼女がこの場で泣き喚いても、きっとジェスターも責めなかっただろう。


「噛まれていないだろうな?」

「あ、はい。ギリギリで」

「ならいい」


 吸血鬼の牙は尋常でなく鋭い。

 噛み付かれて太い血管を損傷でもしていたら、体中の血を啜られなくても出血多量でどうなるかは明白だ。


 吸血鬼の中には、人間を吸血鬼に変える牙を持つ者もいるが、理性を失った下等な吸血鬼はその牙を持たないのでその点での心配はなかった。


「無事なら早く立て」

「あ、はい」


 ジェスターは手を貸してくれるでもなく目の前に佇んでミリアを見下ろしているので、彼女は自力で立ち上がるしかなかった。ふら付くのを何とか堪える。


「その……、遅くなりましたが、助けて下さりありがとうございました」


 深々と頭を下げると彼は唾棄するように荒っぽく息を吐き出した。


「誰かに尾行されているのは気付いていたが、よりにもよって君だったとはな。わざわざ撒いたのが無駄だった」


 どうやらミリアが見失ったのはそういうわけだったらしい。


「何故危険に首を突っ込む? 死にたいのか? 全く愚かとしか言いようがない」

「少しでも長くジェスター様と一緒にいたくて……」

「そんな事のために?」

「そんな事ではありません。私には切実です」

「それで命を失くしても?」

「それは……」


 と、ミリアはここで自身の肩掛け鞄の底がじわりと何かで湿っているのに気付いた。手をやればべたつく液体が染みている。


「あ……蜂蜜レモンの瓶が割れて……」

「蜂蜜レモン? 何故そんな役に立たない物を持参した?」


 ミリアは少し躊躇するように言い淀んだが、持ってきた目的を正直に話した。

 ジェスターは彼女の不純な思惑を知って心底腹を立てたようにする。


「ハッ、その結果がこれか? いい加減にしろ。俺達の任務は遊びじゃないんだ。君の愚かな行いのためにもしも君に何かあれば、我がマスタード家やハンター側の落ち度となるんだぞ。その迷惑を考えた事はあるのか? え?」

「そ、そんなつもりは……。それに、ジェスター様が心配だったという気持ちもありまして……」

「心配、だと?」


 彼は聞いた事もないような単語を耳にした人のように何とも言えない表情を作ると、次に頬を歪めた。


「それこそ余計な世話だ。自分で自分の身も護れない者に心配される程俺が未熟とでも?」

「い、いえ、そんなつもりでもなくて……!」

「もう惨めったらしい言い訳はいい。命を粗末にするも同然の、自らの力量と分を弁えない者の言葉など、微塵も必要ない。むしろこの場では存在ごと邪魔だ」

「……ッ」


 吸血鬼の牙よりも鋭い言葉と激しい怒りを内包した冷たい眼差しをぶつけられて、ミリアは身が竦んだ。

 吸血鬼に襲われるのとはまた違った動悸と硬直が全身を苛む。

 彼の怒りは正当だ。叱責と非難は間違えようもなくその通りで、ミリアは項垂れた。


「わかったなら今後は一切任務に付いて来ようとするな。君は足手纏いでしかない」

「わかり、ました。今夜は、本当にごめんなさい」


 助けてもらった胸の高鳴り、憤怒された悄然と、それでも全然諦め切れない想い。


 鞄の底からとうとう地面に滴り落ちる甘くて酸っぱくてべたつく、最早何の役にも立たない滴がミリア自身のようだった。

 居た堪れなくなって気を紛らすように鞄の中味をどうにか整理した。

 そうしていたらハンター仲間が駆け付けて、ジェスターは対象の討伐完了を報告しにミリアから離れていった。


(ああそうですよね。お仲間の方と任務なのですものね。私は私で帰らないと……)


 ジェスターの仲間二人がちょうどミリアの方を見たので、軽く会釈をしてから反対方向にのろのろと歩き出す。少し歩いた時だった。


「おい、どこへ行く」


 肩を落とした背中にそんな言葉が掛かった。


「送って行く。吸血鬼が出なくとも令嬢の深夜の一人歩きは物騒だからな。暴漢にでも襲われたら君のご両親に合わせる顔がない」


 言葉通りの義務感からかジェスターはわざわざ馬車を呼んでミリアを家まで送り届けてくれた。

 けれど、馬車の中は終始無言。

 ミリアは心から反省していた。さっきはミリアのせいで彼が負傷しかねなかった。危うい場面を招いた後悔は深い。


「この先本当に無謀な真似はやめろ。ハンターといる人間は吸血鬼に目を付けられ易いからな。ただでさえ君は何度も襲われていて最早何か奴らの好む臭いでも出しているんじゃないかと思う時すらある。これ以上余計な面倒を増やさないでくれ。それをゆめゆめ忘れるな」

「う、はい……」


 萎れた花のように俯くミリアをフォースター家の門前に置いて、ジェスターを乗せた馬車は夜の王都の街を走り去って行く。


「はあ……すっかりべとべとですね」


 律儀にも見送って馬車が見えなくなった頃、今夜は散々だったとミリアはだいぶ染みた鞄を手に提げ、とぼとぼと門を入ったのだった。

 因みに、玄関を入った先には仁王立ちする両親がいて嘘をついたのをこってり絞られた。





 ――吸血鬼に目を付けられる。


 ジェスターの注意は彼本人もそこまで深刻には捉えていなかった。


 それは言われたミリアの方もそうだ。


 しかし、日常的にハンターの周囲をうろちょろしていた少女の存在に、吸血鬼たちの興味が向くのは何も不思議な事ではない。


「……ふうん、任務にまで一緒にねえ。物好きな娘。あの冷血漢やその一族には煮え湯ばかり飲まされているし、その娘を少し調べてみようかしら。もしも奴の弱点になるなら儲けものだしね。どうせお兄様はまだへばってるだろうから遊べないし、暇潰しにちょうどいいわ」


 使い魔の蝙蝠こうもりからの報告に、暗闇に響く少女の可愛らしい声が禍々しくも甘い余韻を残す。

 赤々とした異形の双眸が猫の目のように細められ、そのまま漆黒に紛れるかと思われた矢先。


「――グレイス、行かなくても、ここに来るよ」


 薄暗い部屋のベルベットの長椅子の上、毛布に包まりどこか赤毛の猫を思わせる少年が顔を上げた。

 ゆるりと持ち上がった彼の瞼の下からは頭髪よりも尚赤い双眸が現れる。


「来るって、誰が?」

「あなたの待ち人。嬉しい?」

「ああお兄様の事? 全然嬉しくなんてないわよ。それでお兄様はいつ来るのかしら?」


 月光の射し込むバルコニーの扉の前で少女のさらりと長い金髪が揺れて止まる。出ていこうとしていたのを中断したのだ。

 思い立ったように彼女は一旦中へと戻ると部屋に繋いでいる従順な人間ペットの首筋から新鮮な食餌を得る。

 外見は十代後半で血の薄い白い肩を出し、襟ぐりの大きく開いた暗いワインレッド色のドレスを纏う妖艶な少女の問いに、無垢な少年はそれ以上は答えない。


 彼は何か言いたげじっと同族の少女を見つめはしたが、やっぱり何も言わなかった。


 少女の濡れた唇の赤は果たして本来の色なのか血の色なのかを訊ねるつもりだったのかもしれない。


 十歳ほどの容姿の彼は、見た目通りまだこの世界に生まれて十年足らずの若い吸血鬼で、予言や予知を司る。


 そして彼の予知はよく的中するが故に、その代償のようにあと数年もすればその命も消滅してしまうだろう。

 古より、そういう類まれな能力を持ち得る個体はそうと決まっている。


「悲しみと安らぎと共にあの偉大な方が、ここに……」

「は、勿体を付けてムカつくわね。あたしはいつって訊いたの! ったくもういいわ。どうせそこまでは視えなかったんでしょ」

「あ……」


 少女はさっさと窓を開けて夜のバルコニーへと出て行った。血を吸われ恍惚とする彼女のペットは置き去りにして。


「グレイス、本当に――」


 少年は追いかけるように長椅子から足を床に下ろしたが、どうせ無駄かと疲れたように足を椅子の上に戻すと静かに瞼を下ろした。

 彼女のペットに自分が餌をやらなければならないのだと悟れば、心底面倒臭くなってとりあえずそのまま寝た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る