第18話
ディーンは私の襟首を後ろから掴むと、ずるずると引き摺って焼跡を出た。
私は抵抗せずに、かといって自分で歩こうともせず、ディーンに引き摺られるままだった。
裸足の足は痛いような気がしたし、首が絞まって苦しいような気もしたが、どうでも良かった。
ディーンは私を、私の家だった所に連れて入った。
もちろん玄関からではなく、窓から。
私を窓の傍に捨てて、また外に出て行った。
私は床に横になったまま、ぼうっと部屋の中を見ていた。
ほんのひと月前までは幸せだったのに………
部屋の中は意外にきれいだった。
もしかしたらミシェルの両親が片付けてくれていたのかもしれない。
「ほら、顔洗えよ。ってか、先ずは手を洗うのが先か」
ディーンが私の前に水の入った
私は動かなかった。
もう何をする気力もない、そんな感じだった。
「なんだよ。これだから坊ちゃんは嫌なんだ」
ディーンはそう言うと持っていたタオルを盥に浸けた。
タオルを絞って、私の顔を乱暴に拭いた。
その後、手や足も拭いた。
「ほら、起きろよ」
私はまた襟首を掴まれて起こされた。
すぐに放すだろう思っていた手は、そのまま私の襟首を掴んでいた。
「おいおい、しっかりしろよ。今から大事な事を話すから、よぉく聞けよ」
ディーンは私の頬を軽く叩いてから、小さく息を吐き、それから話しだした。
「あのな、お前がそんな風になったのって、俺の弟の所為なんだ」
私は私の耳がディーンの言葉を初めて捉えたような気がした。
私はディーンを見た。
「………ぉとう…と………」
「そうだ。俺の弟はひと月ちょっと前この家に泥棒に入った。そこで家の奴に見付かって殺した。お前、その音で起きてきたんだってな。弟はお前を見て殺そうとした。でも、邪魔が入って出来なかった」
「………じゃま……」
「邪魔ってのはお節介な隣の家の奴じゃない。月だ。月の明かりが弟を変身させちまった。それでお前を噛み殺すしかなくなったんだ。ナイフで一突きすりゃ簡単なのによ」
私は話しを聞いている内にだんだん頭の中がはっきりしてきた。
「完全に噛み殺すのはそりゃぁ時間がかかる。だから弟はお前を殺すのを諦めて家に帰って来ちまったんだ」
「………僕は……あなたの弟は……」
「弟は狼男だ。生まれてこの方ずっとな。俺もそうだ。だから満月の夜には狼に変身する。でもな、お前は違う」
私はディーンの腕を払おうとした。
狼男が私の命を狙いに来た。
そう思ったからだ。
だが、ディーンの手が私の襟首を放す事はなく、その目的も違っていた。
「お前は弟に噛まれた。だからお前は狼男になったんだ。しかも俺達と違って、月の光を浴びても完全に狼には変身しない。体中に毛が生えて、鼻が尖って、牙が生えて。そんな中途半端な変身しか出来ねぇんだ」
「ぼ………僕が………おおかみ……おとこ…」
「中途半端な、な。お前あの夜、体がおかしくならなかったか?血が煮えたぎるような、体の奥から怒りがこみ上げる様な、そんな事があっただろ?」
私は震えた。
ディーンの言った事がそっくりそのまま私の体に起きていた。
そしてその怒りのまま、ミシェルの両親を、ミシェルを殺した。
がくがく震える私を見て、ディーンは、にやっと笑った。
「だろ?んで、殺したんだ。ぃや、見てはないけど、そうなんだろ?そうに決ってる」
私は多分、頷いた。
そう記憶している。
「でも、安心しな。村の奴らはそうは思ってないぜ。奴らは火事で死んじまったと思ってる。上手い具合に屋根やら梁やらが落ちて来ててな。誰の骨かだけでなく、何人分の骨があるのかも分からなくなっていたらしい。お前も一緒に死んだと思われてるぞ」
「僕が……死んだ………」
「だからな。俺がお前を生き返らせてやろうって、そういう事だ」
私は頭を振った。
「生きたくない。死にたい。僕は呪われてしまったんっ!!」
ディーンは私を壁に押し付けた。
私は息が止まるかと思うくらい絞め上げられた。
「呪われただぁ?お前な、口に気をつけろ。俺達は呪われてなんかない。分かったか?」
私は反応しなかった。
このまま絞殺されたい、とそう思ったから。
でもディーンは私を解放した。
急に呼吸が楽になったので、むせ返ってしまう。
私が床に横になり咳に苦しむ姿を見て、ディーンはふんっと鼻から息を吐いた。
「殺さねぇよ。それじゃぁ何の為にここに来たのか、分からなくなっちまうからな」
僕は余りの苦しさに浮かんだ涙をぬぐって、ディーンを見上げた。
「こう見えても俺は責任感が強い。だから、俺はお前に生きて行く術を教えてやろうって、そう思ってる」
「………生きて行く術……」
そんなのいらない、と思った。
「ってか、お前に力に振り回されながら生きていられんのは迷惑なんだよ。俺達にまで火の粉がかかっちまいかねない。だから嫌でも覚えてもらうぞ」
「………僕を殺せばいいのに……」
「はぁ?まだそんな事言ってんのか?」
ディーンは私の襟首を掴んだ。
私は震えながらも口を開いた。
「僕を殺せば、迷惑な事もないでしょう?僕は死にたいんだし、そうしてくれた方が嬉しい」
「あのな、俺達は簡単には死なん。狼男を殺せるのは、魔法使いだけだ。あいつらの魔法だけが俺達を殺せる。人間の持つ金属も厄介だが、それで死ぬ事はない。魔法か、寿命だ」
ただ、とディーンは続ける。
「お前は中途半端だからな。結構な怪我をすれば死ぬかもしれん」
「だったら僕を怪我させて下さい。床に叩き付けたり、父さんの矢で僕を射て下さい」
ディーンは、はぁと息を吐いた。
「ムリだっつうの。分かんねぇのかねぇ?俺は弟とは違って人を傷付けんのは好きじゃねぇんだ。殺すなんて趣味じゃねぇ。それでなくても俺達は“同族助け合い”の精神で生きてんだ。お前の望みは叶えられねえ。どうしても死にたいなら己で死ぬ努力しろよ」
「自分で……」
「簡単だ。その手に矢を持ち己の胸を突け。ナイフで喉を掻っ切っても良い。村の奴らに己がした事を話せば、奴らは喜んでお前を殺すだろうさ」
私はごくり、と喉を鳴らした。
そのどれもが恐ろしい提案で、どれ一つとして簡単ではなかった。
「それが出来ねぇなら、生きるしかねぇよな?そこで俺の出番だ。弟の不始末は兄貴がするもんだって、そう決まってるから仕方ねぇ」
ディーンは私の襟首を放して立ち上がった。
「まぁ、そのうち知りたくなると思うから先に教えとくけどよ。弟はこの前死んだ。お前を噛んだ後そのまま家に戻ってきたからな。噛まれた奴の面倒は噛んだ奴がみなくちゃならないってのに、それを無視した。だから俺達のルールに従って制裁を受けた」
「制裁?」
「あぁ。魔法使いにチクられた」
「そんな………」
私はディーンを見上げた。
こんなに淡々と弟を魔法使いに殺されたと言うなんて。
狼男は人並みの感情がないのか?
「そうヘンな目で見んなよ。弟はバカだったからな。昔から気が合わなかったんだ。いつかはこうなるだろうって思ってたし。むしろ弟よりもお前の方が不憫でならねぇ位だ。親を殺され、やりたくもない殺しをし、俺達の仲間になった。仇も死んだ。ホント、憐れだ」
私は狼男に可哀想だと思われる立場なのかと思った。
ディーンは踵を返すと、部屋を出て行った。
私はまた一人残された。
何も考えられなかった。
どうしていいかも分からなかった。
石を握りしめたまま、蹲っていた。
「ほら、これ着ろよ」
足音も立てずに戻ってきたディーンは、私の前に服を差し出した。
「そんな寝巻のままうろうろ出来ないからな。これ、お前の服だろ?ここがお前んちで良かったぜ」
私は動かなかった。
私が受け取らないのを見ても、ディーンは怒らなかった。
呆れたように息を吐いて、私の前に服を置いた。
そのまま部屋を出て行った。
私はそっと手を広げ、紅い石を見た。
『ジョン、あなたが生きていてくれて本当に良かった』
ミシェルの声が聞こえた。
「でも僕は狼男になったんだ」
私はミシェルの声に応えた。
『ジョン、どんなに辛くても私がいるわ。私の為に生きて。ね。』
「でも君はもういないじゃないか。僕が……僕が殺したんだ……」
『私はあなた。あなたは私。前にそう言ったのはジョンよ』
「僕が……君……」
『そうよ。いつでも僕達は一緒にいるんだって、そう言ったじゃない。離れていても胸の奥にいるんだって。だから僕達は二人だけど一人だって』
「二人だけど一人………」
『だからジョン。生きて。あなたと一緒に私も生きさせて』
「………分かったよ、ミシェル」
私は、のそのそと起き上がった。
泥や煤で汚れていた寝巻を脱ぎ、置きっぱなしだった盥の水でタオルを洗って、体を拭いた。
ディーンの持ってきた服を着て立ち上がる。
少しふらついたが、それでも私は足を玄関の方に向けた。
玄関の戸の横には父が使っていた様々が置いてある。
弓矢はもちろん、ロープや小さなナイフなど、仕事に持って行く物だ。
その中から私は小さな革袋を手に取った。
中には
それを全部出して、代わりに赤い石を入れた。
口を縛る細い革ひもを長い物に変えて、それを首から下げる。
そしてディーンを探しに部屋を出た。
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