第16話


私は石を握りしめたまま、ミシェルの事を思い出していた。

ミシェルが死ぬ間際の事を。


私達はその夜も同じベッドで休んでいた。

ミシェルは私を胸の所に抱きしめて眠ってくれた。

ミシェルの家に引き取られてからずっとそうしていたように。


寝る前にはいつものように、私が死ななくて良かった、と言った。

両親が死んだ事は悲しいが、その悲しみを乗り越えて二人で生きよう、と言った。

悲しみが大きい分、大きな幸せがやって来るはずだ、と。

己から命を捨てる様な事をしないで、とも。

私はミシェルを抱きしめて頷いた。


ミシェルの為に生き続けなければならないんだ、と思った。


その夜、夜中に目が覚めた。

いつもは朝まで起きないのに。

心臓が飛び出しそうな程激しく鼓動していた。

頭が割れそうに痛い。


私はミシェルを起こさないように、と我慢していたが、痛みはどんどん酷くなる。

堪らず頭を押さえた。


「………ん……ジョン?どうかしたの?」


ミシェルは腕の中でもぞもぞと動く私に気付いて目を覚ました。


「ぁ……ごめ…ん………頭が…」

「頭が?頭が痛いのね?」


ミシェルは起き上がって私の様子を良く見ようと、窓にある鎧戸を開けた。

窓から月明かりが射しこみ、私達を照らした。


途端に私の心臓が大きく鼓動した。

どくどくと波打つその音は耳元で聞こえるほど大きい。


「ぅ……あぁっ………くっ…」


私は熱くて堪らなくなった。

体中の血が逆流し、煮えたぎっているように感じた。

私はベッドから転がり落ち、床の上をのたうちまわった。


「ジョン?ジョン!しっかりして!」

「ぅ……ぁついっ!あつぃぃっ!!」

「ジョン、パパを呼んで来るわ。待ってて!!」


ミシェルは私の様子に驚いて部屋を飛び出し、両親を呼びに行った。


一人でいる間も私は、私の体の中で起こっている何かに翻弄された。

熱さに苦しみながらも、私は必死で部屋の隅に向かった。

何故か月明かりが恐ろしかったのだ。


「ジョン?!しっかりしろ!」


ミシェルの父親が入ってきた。

私は暗がりで彼に押さえつけられた。


「どうしたんだ?何があった?!」


私はそれに応えなかった。

押さえつけられた事に異様に腹が立った。


腹が立ったので暴れた。


父親を押しのけようとしたが、己の2倍も3倍も大きい彼をどかす事は出来なかった。


「分からないの。頭が痛いって。それに熱いって………」


ミシェルが父親の隣で話している。


「あなた、どうしましょう?何か悪い病気じゃないかしら?」


蝋燭を持ったミシェルの母親が二人の後ろから覗きこむ。


「さぁ、分からない。ただ、暴れて自分の体を傷付けてはいけないからね。落ち着くまでこうしていて、夜が明けたら薬師の所に行くとしよう」


私はそれを聞いて暴れるのを止めた。

いつの間にか頭は痛くなくなっていたし、体も熱くなかった。

ただ、押さえつけられている事が不快だった。


むかむかして、いらいらして。


それを止めさせるためには己が大人しくしていればいいのだ、と気付いたのだ。

私が暴れなくなった事に気付いた父親が私の上からどいた。


「ジョン、大丈夫か?」

「………大丈夫じゃねぇよっ!」


私は父親の喉に拳を思い切り叩きこんだ。


己の怒りの全ての元凶はこの男だ、とそう思った。

父親はぐぅっという音を出して倒れた。

そのままぴくぴくと痙攣する。


「あなたっ!」


母親が手に持っていた蝋燭を落とした。

その火が彼女の着ていた寝巻に燃え移った。

彼女はそれに気付き、慌てて火を消そうと服を叩いた。


私はぎゃーぎゃーと騒ぐ彼女が煩くて彼女も殴った。

彼女は動かなくなった。

彼女の服の火が布団に移った。

私はその火をじっと見た。


火はその勢いを増しながら広がって行く。


「………ジョン?」


その声に私は顔を上げた。


ほんの1歩しか離れていない所にミシェルがいた。

彼女は呆然として私を見ていた。


「ねぇ、今、なにしたの?」


ミシェルは私に聞いた。


「何が起こってるの?パパとママは?」


私はミシェルに近づいた。

ミシェルは動かなかった。


火は勢いを増し、ベッドに壁に燃え移る。

火は私の中のどうしようもなく凶暴な部分をたぎらせた。

私はミシェルの首に手をかけた。


「ジョン?なにしてるの?」


ミシェルは私の目をじっと見た。

私はじわじわと手に力を込めた。


ミシェルは苦しそうな顔をした。

私の背中で壁が燃え落ちた。


月の光が私達に当たる。


「……ぉ…かみ……」


ミシェルの目から光が消えた。

私は力の抜けたミシェルの体から手を放した。


ミシェルは床に崩れ落ちた。


家全体に火が回り始めた。

私は火の隙間から外に飛び出した。

そのまま森に入る。


そうして。


一晩中、森の中を走り回った。

己の血がたぎってしょうがなかった。

何かを壊したい。

その衝動のまま岩を殴り、木を蹴った。

走って殴り、走って蹴って。


気付くと夜が明けていた。

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