過去
第14話
頭を抱えたくなるような難問は出来たが、私の苦悩に関係なく月は満ちて行く。
今夜が満月だ、というその日、朝食の席で私はシャロンに言った。
「シャロン、今日、出かけても良いでしょうか?」
「ぇ?いいけど………どこに?」
私は用意していた答えを口にした。
「次の仕事先にです。本当は今頃そこで歌を歌っていたはずなのです。歌えない理由を話してこようと思います」
「ぁ、そうなんだ。私はてっきり………」
そう言ってシャロンは口を噤んだ。
私は首をかしげる。
なんだろう?
私の訝しげな表情にシャロンは言葉を探す。
「あ~~私があなたを見付けた経緯って話してなかったわよね?」
「……はい。それが?」
偶然ではなかったのだろうか?
シャロンは立ち上がると棚を開けて中から何かを取り出し、私に差し出した。
「これが川を流れてきたの」
「これは………ハンカチ」
領主の娘がくれたハンカチだ。
彼女の名は………忘れてしまった。
だがイニシャルを見れば、いずれ“E”ではじまる名だったのだろう。
シャロンは席に戻った。
「それと帽子ね。土で濁った水も流れて来て………誰かが上流で川に落ちたんじゃないかって、そう思ったの」
「それはなかなかの名推理ですね」
シャロンはにっこり笑った。
「それで、まぁ、あなたが行きたいのはこのハンカチの持ち主の所じゃないかって、そう思ったのよ」
「なるほど……ねぇ、シャロン。何故このハンカチを今まで隠していたのですか?」
途端にシャロンの笑顔が引きつった。
「まさかネコババしようと思っていた、とか?」
シャロンは慌てて頭を振った。
「違うわ。あなたの物か確信が持てなかったのよ。だって、名前が違ったんですもの」
「名前?」
「えぇ。あなた最初に気付いた時、私の事を“ミシェル”って呼んだのよ。でもそのハンカチのイニシャルは“E”。タイミング的にはあなたの物だけど………レムス?あなた顔色が悪いわ」
「そうですか?気のせいでしょう。とにかく私は今日出かけます。明日戻ります」
私はそう残して席を立った。
そのまま唯一の持ち物である革袋を持つと帽子を被り、玄関の戸を開けた。
「行って来ます」
「気を付けて」
シャロンの気遣わしげな声に送られ、私は家を出た。
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