第10話


シャロンは一人で暮らしていた。

布団の中で聞いたように、両親も一人いた兄も死んでしまったからだ。

結婚しているかも、とも思っていたが、どうやら親しい人もいないらしい。


訪ねて来るのは怪我や病気で薬を求めに来る人だけ。

彼らは私がシャロンと共にいる事を不思議とは思っていなかった。

それを不思議と思ってシャロンに聞くと、肩を竦めた。


「だってあなたは怪我人だもの。今までも時々病気やけがの旅人を泊めていたから」

「でも私は男ですよ」

「だから?………あぁ、私を襲おうとか考えてるの?」

「まさか!」


魔法使いを襲うなんて、考えるだけでも恐ろしい。

そんな事をするつもりは髪の毛の先程もない。

彼らの魔法は、命を奪うことだってあるのだから。

シャロンは私の答えを聞いて、ニヤッと笑った。


「だったら別に構わないでしょう?もちろん私もあなたを襲うつもりはないから安心して」


と、いう事だった。


ベッドから出られるようになっても、必要以上に左腕を使う事はシャロンに禁じられた。

ムリをすれば左腕が使えなくなる、と言われた。

だから食事の用意も洗濯も、全てシャロンに任せきり。

いくらなんでも、と井戸の水を汲もうと井戸に釣瓶を落としてみたが、引き揚げる途中でどうにも左腕が痛くなり、動かすのが怖くなった。

ただただ時が過ぎるのを待つという生活は、なんて己に向いていないのだ、とつくづく感じた。

しかも今のままでは完全にシャロンのヒモだ。

私はシャロンに、私にも何かできる事はないかと尋ねた。


「そうねぇ………薬草摘みくらいは出来るかも?明日一緒に森に行きましょう」

「はい」


私はそう言って、シャロンが作ってくれたシチューにスプーンを突っ込んだ。

食事のテーブルにはスプーンが食器と触れる軽い音がするだけ。


私達は最初の日以降、必要以上の会話をしなかった。

時折、シャロンが私の具合を聞く程度。

私には話したくない事が山のようにあったので、特に苦ではなかった。

むしろ根掘り葉掘り聞かれる事がなくて残念に思ったくらいだ。

あれやこれやと対応を考えていたのに。


女という生き物は興味を持った対象の素性を躍起となって調べる傾向がある事を知っていたので、シャロンの興味は私にはないのだ、ということも知れた。

襲うつもりがない、と言った言葉は嘘ではなかったのだ。

おかげで何の気負いも必要ない時間が私達の間を通り過ぎて行く。


こんなに穏やかで優しい時を過ごすのは、どれくらいぶりだろう。


そんな事を考えながらシチューを口に運ぶ。

ふと目を上げると、シャロンと目があった。


「美味しい?」


不安そうに、そう聞く。


「えぇ、もちろん。後でお代りを頂いても良いですか?」

「何杯でもどうぞ。実は作り過ぎちゃって。明日のお昼までこれを食べなくちゃならないのよ」

「では夕食にたくさん頂けば、明日の昼は別の物が食べられると?」

「まぁ、そういう事になるわね」

「では腹がはち切れる手前まで頂くとしましょう」


私は大きな芋を掬うと、大きな口を開けて食べた。

シャロンはくすっと笑った。


とても可愛らしい笑顔だった。

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