第8話


だがシャロンは頭を振った。


「残念だけど。ほんの1、2曲程度なら問題はないと思うけれど、何時間も弾く事は出来ないでしょうね。腕が悲鳴を上げるわ。それに腕が折れていなくてもリュートは弾けなかったと思う」

「なぜ?」

「だって壊れていたから」

「え?」


シャロンは隣の部屋から木を運んで来た。

それを私の膝の上に置く。


「ぅ…………何てことだ」


私のリュートは壊れていた。

ネックとボディが二つに分かれている。

当然のように弦は切れている。


そして何より………


ボディの背面が割れていた。


私は頭を抱える。

修復なんて考えようもない程壊れている。

なんてついていないんだ、と己の不運にうんざりしながら。


「多分、リュートのここが、あなたの後頭部を殴打したのだと思うの。ほら、少し血が付いているでしょう?」


シャロンはネックのヘッド部分を指した。

指の隙間から見ると、言葉通りそこには血の乾いた跡のような染みがある。


「想像だけれど、あなたは最初、仰向けに落ちたのよ。その時に背中にあったリュートがクッションの役割をしてくれた。でも、ここで頭を打って……で、それからうつ伏せになったのね。そこを私が見付けたのよ」


リュートがなければ死んでいたのかも、とシャロンは言う。


だが。


糧であるリュートを新しく買い求めるには、とてもではないが金貨が足りない。

リュートがなければ、その時が先延ばしになるだけなのだ。


「そりゃぁ、あなたが落ち込むのはしょうがないとは思うけれど、でも生きているんだから。高価なリュートが壊れた事より、それを喜んだら?」


私は頭を上げ、シャロンを睨みつけた。


「あなたには何も分かっていない。私は生きて行く術を失ったのです。一人にして下さい!」


私はそう言ってベッドに横になり、頭から布団を被った。


何度不幸の波に呑まれれば、私は楽になるのか?

いつまで私は神にもてあそばれ続けなければならないのか?

このまま生き続けて、一体どこに幸せがあるというのか?


考えても考えても答えの出ない疑問に、頭の中がはち切れそうだった。


「ねぇ、レムス。生きている事はそれだけで奇跡なのよ」


一人にして、と言ったのに、シャロンはそこにいた。

あまつさえ、私に話し掛けている。

私は徹して無視する事にした。


「私の家族は私を残してみんな死んだわ。父と母は病で。兄は森でモンスターに襲われて。みんな死にたくないって私の手を取った」


シャロンは淡々と話し続ける。


「私は彼らを助けようと薬を作ったわ。まだ幼い時分の事だったけれど、たくさんの本を読み、少しでも有効な薬草を探し、煎じた。でも、死んでしまったの。とても悲しかったわ。泣いて、泣いて、涙が涸れるまで泣いた」


私は布団から頭を出した。


「だからね、私は医者になったの。もう誰の死も見たくない。年を取って命尽きる以外の死は、ね」


シャロンは微笑んでいた。

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