第7話
私はシャロンから目を無理やり引き離して杖を見た。
差し出された流れでそれに手を伸ばそうとすると、それを引っ込める。
「触ってはいけないのですか?」
「いいえ。ただ、これがないと髪を結えなくなってしまうのよ」
シャロンはそう言って杖を振った。
ブラシも櫛もなく、もちろん手で触ってもいないのに、シャロンの髪が勝手に結われていく。
シャロンは仕上げと言わんばかりに、また杖を髪に挿した。
「こうしておかないと、髪が邪魔で………でもこれで私が魔法使いだって事が分かったでしょう?」
私は頷いた。
シャロンはそれを確認して続けた。
「私は魔法で薬を作るのが得意なの。逆に言えば、他の事はあまり得意ではなくて。だからあなたを魔法で持ち上げる事が出来なかった。村にもう一人いる魔法使いを呼びに行ったのよ」
私の質問を先取りするようにシャロンは話す。
「ついでにその人にあなたの服を脱がせてもらって、体も拭いてもらって、そしてそこに寝かせてもらったの。後であなたからもお礼を言ってね」
「………はい」
頼んでやってもらった覚えはないが、魔法使いを敵に回すのは拙い。
多少の得手不得手はあろうが、それでも彼らが魔法使いならば、一通りの魔法は使えるはずだ。
少なくとも今まで私が出会った事のある3人の魔法使いはそうだった。
だとすれば、彼らも同じと考えて間違いないだろう。
早くこの村を出なければ。
私は素直に頷いて、ゴブレットに口を付けた。
どろりとした薬液は見た目以上に飲み難く、口の中だけでなく喉にもまとわりつくような感覚に吐き気さえ覚える。
せめてもの救いはミントの匂いがする事。
これはミント水だ、と己を誤魔化しながらなんとか全てを飲み干した。
空になったゴブレットを受け取ったシャロンは、私に腹が空いていないか聞いた。
空いているような気がしたが、正直、あの薬のおかげで食欲はない。
「出来れば、水を頂きたいのですが」
「えぇ、もちろん。すぐに持って来るわ」
シャロンは部屋から出ると、その言葉通り水の入ったゴブレットを持って戻って来る。
私はそれをありがたく受け取り、一気に飲み干した。
「食欲がないなら、まだ休んでいた方がいいわ。左腕の骨もまだしっかりとついてはいないと思うし」
「………骨?」
私はシャロンの言葉の意味が理解できなかった。
「左腕、折れていたのよ。ひじから下の骨がね。気付かなかった?」
「そんなバカな。先程から自由に動かしています」
私は己の左手に目をやった。
起き上がる時も、シャツを着る時も意識しなかった。
今だって、上下にも左右にも動く。
それはつまり、痛くないからで。
骨折したなんて信じられるものではない。
ぶんぶん振ろうとしたら、シャロンが慌てて止めた。
「ちょ、そんなに激しく動かしてはダメよ。魔法で固定しているから普段の動きには支障ないけれど、それでも3ヶ月はあまり動かさない方がいいわ」
「3ヶ月?そんな………あぁ、でも演奏くらいは出来ますよね?」
「演奏?背負っていたリュートの?」
私は頷いた。
「私は吟遊詩人なのです。リュートをつま弾き、歌を歌って糊口をしのいでいる」
左手が使えなければリュートの演奏は出来ない。
前の町で稼いだとはいえ、3ヶ月も遊び暮らす程の余裕はない。
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