出会い

第5話


こんな風だったから、私が死ななかったのだ、と知った時の気分を、なんと表せばいいだろうか。


「良かった、気が付いて。あれから大変だったのよ。私一人であなたをあそこから引き上げられる訳ないでしょう。だから一回村に行ったのよ」


目を開けた時、すぐそばで声がした。

私は声の方に顔を向けた。


女がいた。


一人。


長い黒髪をゆるく結いあげている。

年の頃は20……2、3。

背はそれほど高くないが、出る所は出、引っ込むべき所は引っ込んでいる。

着ているドレスが古風なのが少々残念だ。

私に笑顔を向ける女の品定めをしていたら、その大きな黒い瞳が私を捉えた。


先の領主の娘よりも、ぃや、今まで会ったどの娘よりも美しいと思った。

甘い香りと柔らかな笑顔。

なるほど。

これが天使か。


私の人生を振り返れば、とてものこと天国に行けるはずはない、と思っていたが、存外、神様は親切な方なのだろう。

まぁ、死者に鞭打つような者を人は神とは呼ばないだろうが。


にしても、ミシェルは何処に行ったのだろう?

寝過ごしてしまった私を置いて遊びにでも行ったのか?

私が目覚めるまで待ってくれたらいいのに。

天国を案内しようとは思わなかったのか?

それともやっぱり怒っているのか………


それが正解だろう。

探して謝らなければ。


にしても、体が重い。


さっき飲んだ天使の飲み物の所為だろうか?

逆に、その効果が切れたとか?

体が動かなければミシェルを探しに行けない。

私は天使に、どうにかして欲しい、と言おうと思った。

が、その前に天使は私の目の前に右手を出した。


「村の人に手伝ってもらって、あなたを引き上げて、ここに連れてきたの。この家は私の家。私はシャロンよ」

「ぁ……レムス………」


私はシャロンの差し出された手と握手しようと己が右手を動かした。

不思議な事に、重くて動かなかった体が動いた。

天使の笑顔は効果的だ。


なるほど。


分かったぞ。


今、私は天国での生活に順応する為にここにいるのだ。

怪我をして動けないと思い込んでいる体はもうないのだ、と実感する為の、ここは魂のリハビリ施設だ。

そんな施設があると聞いた事はなかったけれど、私はその考えがたいそう気に入った。

私はすっかり嬉しくなって、シャロンに笑顔を返した。


「よろしく、レムス。早速だけど、あなたにこの薬を飲んで欲しいの」


シャロンはそう言って、ベッドサイドのテーブルにゴブレットを置いた。


「薬………順応する為の何か?」


体の存在を忘れる為の薬?

もしくは、大罪を犯した私が天国に入る為には、この薬を飲まなければならないというのかもしれない。


「順応?いいえ、キズ薬よ。あなた、頭を打ってたから。塗り薬で外側の傷は塞いだけど、頭の中の傷は飲み薬でしか治療できないのよ」

「キズ薬………」


そこで私は気付いた。


死んでいないのだ、と。


初めて頭がはっきりした、と言ってもいいのかもしれない。

この場に漂う香りも意識して嗅げば、それがラベンダーの香りと知れた。

私は深く、深く、息を吐いた。


「どうしたの?気分悪い?痛み止めが効いていないのかしら?」


シャロンは心配そうに眉根を寄せた。


「ぃや……死んでいなかったのだと、そう思って」


失望した。

神に。


絶望した。

ミシェルがいない世界に。


だが、シャロンは私の言葉を別の意味でとらえた。

途端に笑顔になってこう言ったのだ。


「当たり前じゃない。この私が見付けたんですもの。絶対に死なせないわ」


私の訝しげな表情に気付いたのだろう。

シャロンはこう付けくわえた。


「私はこの村の医者なの」

「………医者?」


この天使が?


私のオウム返しの質問に、シャロンは笑顔で頷いた。

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