第3話


気付いたら、私は水の中だった。



「ねぇ、あなた。起きて。そんな所で寝ていたら死んでしまうわ」



どうやらその声が私の意識を取り戻させたようだった。

ねぇ、としつこく呼びかける声に目を開ける。


予想した通り、私はまだ水の中に横たわっていた。

うつ伏せに寝ていたが、幸運な事に革袋が顔の下にあって、私が水死するのを防いだようだった。


目の前には浅い水の流れとそれに浸かっている己の右手が見えた。

それに己の鳶色の髪も。


死んでも良かったのに。

私は己の幸運を恨みながら、体を動かそうとした。


「………ぅっ……」


体が動かない。

いや、辛うじて動くが、それは体を起こす事など到底望めない様な動きだった。

力が入らないのだ。


「ねぇ、あなた。どうしたの?何処か痛いの?」


遠くからの声は心配そうに私に問いかける。


体中だ、と言いたいところだが、残念な事に体の感覚がない。

水の中に長時間横たわっていた所為だろう。

もしくは、痛みを感じぬほど酷い怪我をしたか。


「…………生きてるのよね?死んでないのよね?」

「………た…ぶん」


私はようやくそれだけを言って、また目を閉じた。

このまま水に浸かっていればそのうち死んでしまうだろう、と思った。


なるほど。


神は私の命を奪う気なのだ、と思うと、それはいっそ楽しい位の気分だった。


確かに死を待つのは辛かろう。

だが、私はもうずっと前から死を望んでいた。

このように痛みなく死ねるのだと知っていたら、もっと早くに実行していれば良かった。

まぁ、臆病者の私が自ら死を選ぶ事など出来なかったろうが。


この事故は神からの救いなのだろう。

散々いたぶってきたので、この辺で勘弁してやろう、という事か。

それともようやく私に構うのに飽きたのかもしれない。

水の音を聞きながら、私はもう一度意識を失った。

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