第一部 救われない魂たち

第一部 救われない魂たち


一、 ずっとこのままで


「ただいま、ララ」と、ララ・・・こと、クラリスの家の門をたたく音がした。

 鍵の開く音がして、カチャリ・・・として、新妻・ララの夫・フラウが仕事から帰って来た。

 フラウは、占星術師として、研究所で星占いの研究をしている。

 イブハール歴2035年のことである。

 ララとフラウは抱き合い、その後、離れ、居間に入った。

「今日も、研究、お疲れ様!」と、ララがエプロン姿で言う。

「夕食、できてるわよ!」

「ありがとう、ララ」と、フラウ。

 フラウは20歳、ララは17歳。新婚ほやほやだ。ララは、16歳で普通の学校を卒業した。フラウは、魔法の勉学の道を進め、そのまま研究職に就職した。

 星の動きから天気を予測したり、星の放つ波動や光から、電力として活用できないか、などの研究をしている。

「じゃあ、今日も、主のめぐみに感謝して・・・」と、フラウが言って、二人でお祈りをして、夕食を食べ始めた。

「ララの作るキッシュはおいしいなあ」と、フラウが喜んで言う。

「ありがとう、フラウ」と、ララが微笑む。

 フラウとクラリスは、幼馴染だ。

 父親同士に交流があり、自然と幼少期より仲良くなった。

 フラウは穏やかな性格だった。研究仲間もたくさんいて、よく家に連れてきていた。

 ある日、仕事がオフの日、二人は連れだって、マグノリア帝国の首都の我が家から、田舎へ馬車を走らせ、天体観測を楽しんだ。

「別に、ガレオス(マグノリア帝国の首都)からも星は見えるけど、ここは、研究でもよく来る場所なんだ、」と、フラウは言った。フラウはたまに、泊まり込みで仕事に行ったりしていた。そういうときに、こういう場所へ来ていたのかもしれない。

 フラウは、なにかと、仕事の話をクラリスにしたがった。そして、妻に理解を求めた。

 草原で、天体望遠鏡を構え、フラウが、ララに、

「ほら、覗いてごらん、ララ」と優しく言った。

 クラリスが、そっと小さなレンズからのぞく。フラウが焦点の合わせた、赤い星が、まざまざと見えた。

「アルデバランっていうんだ。他に、青い星もあるよ」と、フラウ。

「素敵だわ、フラウ」と、ララ。

「ミディにも、見せてあげたいな・・・」と、フラウがふいに言った。

 ”ミディ“というのは、ミディアス、フラウの親戚の年の離れた甥っ子だった。確か、まだ7歳だったはずだ。生まれつきの持病で、車いすの少年だった。

「ミディアス君、元気にしてるって?」と、ララがレンズから目を離して言う。

「うん、この前、メルバーンから手紙が来てね!ミディも、足のマヒ、ちょっとはとけてきたらしいんだ。リハビリがきいてきてね!ただ、お医者さんいわく、成人しても、数歩歩くぐらいが関の山だろう、と言われているらしい・・・姉がこっそり教えてくれた」と、フラウが沈んだ顔で言う。

「そう、それはつらいわね・・・」と、ララ。

 クラリスも、ミディ君の病状については聞いていた。生まれてから間もない幼少期の高熱のせいで、両足がマヒしてしまったのだ。

「ほら、ララ、これがベラトリックス」と、フラウ。

 星の研究成果を見せたがっているフラウは、まるで子供のようだ、とララが思って、くすっと笑った。

「僕が研究しているのがこの二つの星でね!特に、この二つの星が、波動がすごくて、どうにかして動力源として活用できないか、僕らチームも試行錯誤しているんだ」と、フラウ。

「立派なお仕事だわ」と、ララがにっこりとして言う。

「ララ、もし、将来、僕らに子供が生まれたら、」と、フラウが望遠鏡をのぞきながら言った。

「星の名前を名付けよう。女の子だったら、スピカちゃんとか、どうかな」と、フラウが微笑んで言う。

「そうね、それもロマンがあって素敵かもね、あなたらしいわ」と、ララ。

「ララの意見も、いつか聞かせてね」と言って、二人はキスをした。

 流れ星が、一つ、二人の元に流れ落ちる。

「あ、流れ星!」と、ララが指さす。

「そうだね、ララ」と、フラウが優しく微笑んだ。

 二人は、近辺にある宿屋に泊まり、次の日、馬車でガレオスまで戻ったのだった。

「ずっとこのままで・・・二人、ずっと、連理の枝のように・・・」

 というのは、ララとフラウの初夜、フラウが思わずララに言った言葉だった。ずいぶん昔のことだ。

 数か月前だろうか。ララはそっと思い出していた。

 結婚して、月日は走馬灯のように流れていった。

 天体観測、ガレオスでのデート、レストランでのデート、お互いの実家を行き来する日々。

 フラウは忙しく仕事に取り組んでいた。給料はわりとよかった。

 ララは、専業主婦として、家にいたのだった。

「そろそろ子どもを作ろうか」と、ある日、フラウがぽつりと言った。

 ララの方を見ないで、ダイニングの椅子にすわり、食器の跡片付けをしているララに向かって言った。

 ララは、食器を洗う手を一瞬止め、そのあと、また洗い続けた。

「そうね、私も、もう18になるもの」と、ララ。

「ララ、今夜、作っちゃおう」と、珍しく、フラウが強気に言った。

「え?今日??」と、ララ。

「うん、僕、なんか嫌な予感がするんだ!!」と、フラウが言った。

 ――その日の夜・・・・

 その日は、ガレオスでお祭りのある日だった。

 花火がうちあがっており、夫婦で見学して、帰ってきての、フラウの突然のセリフだった。


「永遠(ネブ)の(へ)王(オフ)よ

 不死身(ヘカァ)の(ト・)王子(エッタ)よ

 命(ネチェル)の神(アンフ)よ。

 永遠(アーン)を創り給い(へフ)し方よ。」

 と、二人で一緒に、手をつないででもいいのだが、詠唱するのだが・・・。


 フラウがララに贈った詩は、素敵な詩だった。


「なぜかは知らないが 心わびて

昔の伝説(つたえ)は そぞろ身にしむ

寂しく暮れゆく ラインの流れ

入日に山々 あかく栄ゆる


美(うつわ)し乙女の 巌頭(いわお)に立ちて

黄金の櫛とり 髪のみだれを

梳きつつ口ずさむ 歌の声の

神(くす)怪(し)き魔力(ちから)に 魂もまよう


こぎゆく舟びと 歌に憧れ

岩根もみやらず 仰げばやがて

浪間に沈むる ひとも舟も

神(くす)怪(し)き魔歌(まがうた) 謡うローレライ」


 フラウが、メッセージカードに書いたその詩を、ララに手渡した。

「僕が、ローレライ伝説から、とって自分で書いたんだ、ララ。君の、その美しさに、ローレライを思い起こしてね」と、フラウが言った。

「あら、私は魔女ってわけね」と言って、ララが笑う。

「そうじゃないよ、ローレライは精霊の一種だから。ララは魔法学んでないけど、魔法を学ぶものにとっては、なじみ深い題材なんだ」と、フラウ。

「ララは聖女だよ」と、フラウが言った。

「ありがとう、フラウ」そう言って、二人はキスした。


 やがて、ララは一つの命を身ごもった。


二、 戦火のともしび


「これはよくないね」と、フラウが新聞をわきに折りたたんで置いて、クラリスに向かって言った。

「どうしたの、フラウ?」そういうララのお腹は、まだ目立っていないが・・・。

「メルバーンが救援要請を、帝国の政府に出してきたらしい」と、フラウが言った。深刻そうな顔だ。

「ハシントの国から、侵略宣言を受けたそうだ!なんてひどいことを!!」と、フラウ。

「つまり、戦争が起きる、ってこと?」と、ララ。

「そう、それに近い」と、フラウ。

「でも、メルバーンにも魔法使いはいるし、ハシントの魔法使いにだって、負けないんじゃないかしら」

「それが簡単にそうとも言えない」と、フラウ。

「ハシントの国には、悪神・シェムハザと通じている魔法使いも大勢いて、闇の魔術を使っている奴らが多い。そういうやつらは、オークやトロール、ゴブリンと言った、悪鬼たちを使うんだ」

「・・・・」ララには、言葉が出ない。

「ララにはちょっと怖い話だったかな」と、フラウが言った。だが、口元は笑っていない。

「ミディ・・・無事だといいけど。姉一家も」

「お姉さまの家は、メルバーンの東部だと聞いたけれど?」と、ララ。

「そう、皇国より、ね」と、フラウ。

「ララ、僕、ちょっと早めに仕事に行ってくる。仲間から、詳しい情報を聞きたい」と、フラウが言った。

「え、ええ・・・・フラウ、行ってらっしゃい」と、ララは少々の不安感を覚えつつ、フラウを見送った。

 日に日に、ハシントがメルバーンを攻めてくる、というニュースや人々の噂話は、町に買い物に歩いているララの耳にも入るようになった。

 と同時に、町の中で、「メルバーンを救え!義勇隊員募集中!」という運動をしている人々を見かけることも多くなった。マグノリア帝国にも軍隊はあるが、(メルバーンにはない)、自国守備のためにも若干以上は残しておかなければいけないし、そこまで軍隊も大きいわけではない。

 ガーレフ皇国は、メルバーンとは仲がいいとはいえない。今回も、「我が国はメルバーンを助けているヒマはない」などというような内容の公式文書を発表し、国際社会から非難をあびたばかりだった。

「ララ、落ち着いて聞いてくれ、」と、フラウが言った。

「僕は、この戦争、職場の仲間とともに、義勇隊に出願しようと思ってる」

 と、フラウが食卓でララに告げた。

「フラウ、何を言っているの、」と、ララが涙をにじませて言う。

「そんなこと・・・あなたまで。町の人の運動に影響されたの?」と、ララ。

「・・違うよ、ララ。ただ、僕は、ミディと姉の夫婦のこともあるし、同盟国・メルバーンのために、魔法学校を出ていることだし、戦ってこようと思う。なに、前線は軍隊が行くから、そこまで危険はないだろう」と、フラウが沈んだ顔で言う。

「ミディのように、避難できない人たちもいるんだ」と、フラウ。

「でも・・・でも、お腹の子のことはどうするの、フラウ??あなたに万が一のことがあったら??」と、ララが、一粒の涙をつつーーーっと流す。

「ララ、泣かないで聞いてほしい、」と、フラウ。

「ハシントの目的は、メルバーンのいくつかの州を併合することにあるが、その次は帝国にも圧力をかけてくるだろう。悪神・シェムハザが、ハシントの後ろでについている。ここは、最初に食い止めることが肝心なんだ!」と、フラウ。

「だからって・・・あなたまで・・・。あなたはギルドの人でもないじゃない。星の研究者よ?」

「ギルドの人たちは、軍隊に交じって、前線で戦うそうだ!僕らはそのバックアップも含める。戦うこともあるだろうが、なに、僕だって、成績はよかったんだ、オークなどの悪鬼の軍隊には負けないよ!!」と、フラウが笑顔で言った。

 クラリスの胸に、どうしようもない不安が広がった。

 結局、その後クラリスがどんなに止めても、フラウは聞かなかった。「僕だけじゃない、職場の仲間も志願するから」というのが、フラウの言い訳だった。

 そして、とうとう、1か月後、フラウは、「より南部に家族ごと逃げようと思う。ミディがいるから、限られてくるが、」という姉からの手紙を受け取ったのち、ついに義勇隊として出征した。

「ララ、必ず戻ってくる」というのが、フラウの最期の言葉だった。

「愛してる。必ず、戻ってきてからでいい、僕らの子供を、一緒に育てよう」そう言って、フラウは家を後にした。

 いつまでも玄関の戸口にたたずみ、その姿を見おくるララをあとにして。


 フラウ戦死の知らせが、手紙として政府から送られてきたのは、それからひと月と3週間後のことだった。


三、 戦時のフラウ


「なぁ、フラウ、お前妊娠してる奥さんがいるんだって?本当に来ていいの?」と、フラウの職場の仲間が、戦地に送られる幌馬車の中で聞く。

 幌馬車の中には、20名前後の男性が、ごった煮で押し込まれている。みな、マグノリア帝国の軍服を着ている。

 幌馬車の列は延々と続き、50台以上の幌馬車が、一般人は封鎖になった街道を駆けてゆく。中は少し蒸し暑い。

「ダーフィト、僕は死なない」と、フラウが笑いもせず、いつもの淡々とした口調で言った。

「ダーフィトにだって奥さんいるじゃないか。確か、下の子はまだ2歳だろ?同じじゃんか。みんな、家族を残して軍に志願した。僕だけ逃げるわけには行かないよ!」と、フラウがそっぽを向く。

「ララはそんなに弱くない。万が一の時があっても・・・」

「おい、そんなんでいいのか?」と、ダーフィト。ダーフィトは、出身学校こそ違ったが、職場の仲のいい同僚の一人だった。

「ララなら大丈夫」と、フラウが言った。

「それに、繰り返すが、僕は死なない」と、フラウが笑顔を見せた。

「あのな、ダーフィト、お前は知らないだろうけど、フラウには車いすの甥っ子さんが、メルバーンにいるんだよ」と、同僚のエーミールが言った。エーミールは、フラウと幼少期から付き合いのある友人だった。

「逃げられない子もいる、って俺、相談受けたわ。お姉さまの夫婦もメルバーンからあまり動けないようだし。フラウは、その子と仲がよかったんだ。生まれたころから」

「そういう事情もちかよ」と、ダーフィト。

「んだよ、フラウ、それなら最初から話せばいいじゃん」と、ダーフィト。

「・・・そうなんだけどね、」と、フラウが言った。

「ミディのことは、少しの人にしか話してないんだ。本人、男なのに車いすってことで、かなり気にしてるから」

「そうか・・・」と、ダーフィトが遠い目をして、手を頭の後ろで組み、壁に寄り掛かった。

「食うか?」と、ダーフィトが乾パンを取り出して、フラウに差し出す。

「うん、ありがと」と、フラウ。

(ララ・・・)と、取り残された妻と、お腹にいる子供のことを想いながら、フラウは差し出された乾パンを、一口かじった。生きるために。


 帝国を抜けたあたりから、街道がややでこぼこ道になった。雨の日もあった。フラウたち義勇兵は、人間としての最低限の扱いを受け、戦地へと、早く、早く、ということで運ばれていった。

 一週間ほどで、帝国を抜け、メルバーンの西部についた。

 そのころには、ミニチュア魔法もできていたのだが、賞味期限の問題があった。なので、食事はそこまでいいとは言えなかった。

 チフスなどのはやり病が流行って、寝込んでいる一隊の幌馬車もある、と聞き、それは噂だったのだが、フラウやダーフィトたちを震撼させた。戦争で戦う前に死にたくはなかった。

 家に残してきた家族に、手紙を書く兵士たちもいた。

 幌馬車が止まって、休憩となったときに、小鳥を探して、足に括り付けて飛ばすのだ。

 フラウも書こうかと思った。だが、それは最後にしようと思っていた。つまり、戦いを終え、帰るとき、に。もう、十分、別れの言葉は、家で言い聞かせてきた。

「さあ、戦いの時間だぞ、兵士ども!!」と、将校と思われる、立派な軍服を着た男性が言った。

 10月のやや肌寒いある日、フラウたちは幌馬車から降ろされ、戦地へと降り立った。

「女神ザドキエルのご加護が、君たち諸君にもあらんことを!全員、魔法を使える、立派な帝国男子!!命をとして戦うように!!」と、将校が剣を頭上に掲げる。

「おおー―――!!」という雄たけびが、集まった兵士たちからあがる。

「今の状況は?」と、フラウが、バタバタと忙しく走り回っている兵士たちを横目に、同僚のダーフィトに聞く。

「僕、さっきの将校の説明、一部群声のせいで聞こえなくて」

「もう、ハシントとメルバーンの国境付近まで、オーク軍が侵攻してきている。その後ろには、それを従える魔法使いの軍隊と、トロールの軍隊がいるそうだ!!今、メルバーンのギルドの軍隊と、帝国の正式軍隊が、オーク軍と連日戦っている。俺らは、支給物資の補充係だ!!水や食料をはこぶぞ!!!それから、おれらは医療魔術師じゃないけど、医師は負傷者の救護にあたっている」と、ダーフィトが真剣みを帯びた顔で言った。

「ほら、そこの補充員、この食料の革袋、荷車に積んでくれ」と、先輩の兵士が、ダーフィトとフラウに言う。

「は、はい、分かりました!!」と、二人が、ミニチュア魔法でいっぱいの革袋の束を、何往復もかけて運ぶ。

「一般人が襲われるのも時間の問題だから、その場合は優先して助けるように!」という、将校の不吉なセリフだけは、フラウも聞き取れていたのだが・・・・

 イマイチ、戦場の熱気についていけない。

 フラウたちは、一日中雑用で働かせられながら、戦況の変化を恐れてもいた。

 万が一、救援が足りなくなったら、駆り出されるのが、義勇兵だ!

 だが、それも覚悟の上で、フラウたちは出征したのだった。

 ある日、フラウたちは、幌馬車で、前線にほど近い村へと運ばれた。

 大砲の鳴り響く音などが、遠くから聞こえてくる。

(逃げ遅れた人たちが、こんなにたくさん・・・)と、フラウは思った。

 連日、町から避難する人たちの群れで、街道はいっぱいだ。

 馬の荷車に、家財などの荷物を運び入れ、みんな家族で逃げている。

 エーミールとは、そこらへんで別れた。別の前線へと送られたのだった。ダーフィトはフラウと一緒だった。

 仲間づてで、戦況はよくないと聞いていた。相手のトロール軍・オーク軍に押され気味で、なんでもメルバーンの軍はほぼ壊滅状態で、負傷者でいっぱいだという。

 相手は相手で、悪神・シェムハザが、オークの軍隊を自らの血から分けて作りだし、どんどん押しかけているという噂だ。

 残りは、帝国軍と、各地から入った義勇兵に託された・・・メルバーンの運命は。

(帝国軍が、シェムハザなんかに負けるもんか、)と、フラウは思った。

(世界一の魔法使いが集まる国なんだぞ!増援もくるだろうし、帝国軍は、絶対に負けない)と、フラウは思っていた。

(ミディは無事でいてくれよ・・・)と、フラウはこっそり思った。

 戦況は日に日に悪化していった。

 ついには、マグノリア帝国の正式な軍隊が応援に大量に駆けつける事態となった。

 だが、それを待っていたら、メルバーンの首都ファレルナが陥落する。

 そこで、ついにフラウたちの部隊が、足止めをする日が来た。

「喜んで行ってやらぁ!!俺らが負けるもんか!!これでも、伊達にテンプル聖騎士魔法学院を卒業してないぜ!!」と、ダーフィトがはやりたつ。(ダーフィトは、帝国出身で、のち仕事場としてメルバーンを選んだ同僚だった)

「僕は聖ソロモン魔法学院を卒業しているけど・・・でも、やっぱり、実戦となると、ちょっと勇気いるな・・・ララも残しているし」と、フラウ。

「さあ、行くぞ、フラウ!!」と、ダーフィトがフラウの背中をバシッと叩く。

 その日からは、フラウはよく覚えていない。土煙の凄い中、送り込まれた戦いの場で、フラウたちは魔法を繰り出す剣で戦いまくった。

 ただひたすら、オークやトロールの緑色の血を浴びながら、斬りまくった。

(僕は何をしているんだ・・・???)と、フラウは息を切らせながら思った。

(やっぱり来るんじゃなかった。敵の骸からの強烈なにおい、戦場の血の匂い、もう頭が狂いそうだ!ララも待っているというのに、僕は何をしているんだ・・・!!)

「ララ・・・!」と思わずつぶやき、応援部隊に前後入れ替えで休息をとろうと思って、ふと休憩場の持ち場の塹壕に戻ったフラウは、味方から、ダーフィトが戦死したとの情報を得た。

「そ、そんな・・・!!ダーフィトにだって奥さんと二人の子供が・・・!!」と、フラウが絶句する。

「そういうのが現実だ、」と、仲間・・・同僚が言う。言って、涙を流す。

「ダーフィト・・・!」と、同僚が泣いて別の仲間と一緒に嗚咽を漏らす。

「帝国からの応援軍はまだか」という声が響く。

 だが、いい知らせは届かない。

 フラウはここになって、初めてララに手紙を書こうと思った。思わず、紙とペンを手に取る。

 だが、「ララへ フラウより・・・」と書き始めたところで、集合の呼び声がかかった。

「ちっ・・・」とフラウが呟き、「ごめん、ララ・・・」と涙を一粒流し、書きかけの手紙を置いたまま、フラウは出征した。

 ボロボロの体で。ろくに休息もとれず。

 次の日、メルバーンの戦場・ヘルモポリスの丘で、フラウは命を落とした。


四、 ガラスの破片で


 ララの妊娠しているお腹も少しめだってきたころ、ララはメルバーンの政府から、フラウ戦死の知らせを受け取った。戦時中、フラウからの戦地からの手紙は一切なかった。

 ララもまた、フラウの迷惑になってはいけないと、手紙は送らなかった。

 ララは、そのフラウ戦死の知らせを聞き、悲嘆にくれた。

 涙が止まらなかった。

 帝国にいる、フラウの別の親族と一緒に、少しの遺骨を受け取り、一緒に泣いた。

 ララの家族もまた、ララを心配して、家に来てくれた。

「お母さん・・・フラウが・・・フラウが・・・!!」と、クラリスが、自分の母に泣きつく。

「クラリス、あんまり落ち込んじゃ、いけないよ・・・。フラウさんは、それも分かってて行かれたんだから。今は、お腹の子供のことを考えないと・・・」と、母がアドバイスする。

「でも・・・!!でも・・・・!!」と、クラリスがあまりに泣くので、家族は心配した。

 数週間がたち、クラリスは、自分からフラウへ手紙を書いてみることで、傷心の心をいやそうと考えた。

 この世界アラシュアの伝説・・・というより、言い伝えでは、善い行いをした魂は、天国で再び、近しい者と会える、という。ということは、またフラウと会える希望は、ある。

 魔法と科学の混在する、この世界アラシュアで、(と言っても、科学は主にリマノーラだったが)、ララはその考え方を若干信じていたが、学校でも教えていたので、疑うわけにもいかなかった。

(フラウは、どうして、戦地から私に、手紙をくれなかったのだろう・・・)と、クラリスは毎日のように思った。

 そっと、ふくらんできたお腹に手をやる。

 この子は男の子かしら、それとも女の子かしら、とララは思った。

「男の子ならベルンハルト、女の子ならアメーリアと名付けよう、ララ」と、生前フラウが言っていたのを思い出した。

(私、もう耐えられない)

 寒い冬の日、両親の家で保護してもらい、暮らしていたララは、思わず、そっと生家を抜け出し、今も空き家となっている、フラウと暮らしていた家に行った。そこで、こっそり隠し持っていた鍵で、そっと家の中に入った。

「ごめん、フラウ・・・」と、ララは一人呟いた。

「私、あなたがいないこの世界が絶えられないの」と言って、ララは、近くにあった、自分がアレンジして置いていた花瓶をとり、持ち上げ、ガシャンと、窓ガラスを割った。

 ガラスの破片が、床に飛び散る。

(何度も、両親の家で、夜中にこっそり、包丁で胸を刺そうとした。でも、それはできなかった。私にはその勇気がなかった。これなら、できると思うの、フラウ・・・・)

 そう思い、ララは、血の流れた手で、大きめのガラスの破片を、1片、持つと、それで、目を閉じ、

「フラウ、私もあなたのいる天国へ行くわ」と言って、心臓をまっすぐに突き刺した。

 傍らのサイドテーブルには、クラリスが先日やっとの思いで書き記した、亡きフラウへの手紙が、封蝋をしたまま、置いてあった。ララが死の寸前に置いたのだった。

 すごい音がして、ララはまっすぐに倒れた。

 即死だった。角に立っていた家だったので、運悪く、人も通らなかった。

 ララは天に召された。

 お腹にいる赤ん坊も、亡くなってしまった。


五、 ユニコーンへの転生


「拝啓 愛しいフラウへ

 フラウ、どうして私に手紙一つ、くれなかったの。

 私のこと、愛してなかったの。

 私、あなたが帰ってくることを信じ、待っていたのに・・・。

 どうして私を裏切ったの。

 私一人で、この子を育てろというの。

 私にはできない。あなたの面影を宿すこの子とともに、死ぬまで、あなたと会える日まで、待ち続けるなんて、私にはできない。私はそんなに強くない。

 フラウ、許して下さい。

 私も、あなたの後を追います。

 天国で、あなたに会えますように・・・。

                                          クラリスより」



 気づくと、クラリスは、白い衣服を着させられ、白い床に倒れていた。

 お腹はふくらんでいない。

「目覚めなさい、クラリス・アレクサンドリア。元クラリス・ロナセン・マクリーン」という声がした。

 その声に、朦朧とした意識から目が覚め、クラリスはゆっくりと身を起こした。

 見上げると、声の主がいた。

 同じく、白衣の長身のドレスを身にまとった、少し厳しい顔をした女性がいた。髪が長く、金髪だ。

「クラリス・アレクサンドリア。あなたは、夫を失った悲しみから、生まれてくるべき一つの命を殺しましたね」と、その声の主が言った。

 あまりの言葉に、ララは言葉がでない。

「私は、この世界アラシュアで、夫婦の絆を管轄する神々の一人、ラーホルアクティ神です。あなたの境遇には同情すべき点もありますが、この世界の法にのっとり、あなたには、特別な理由もあるので、ユニコーンとして転生し、しばらくの間、人間を助け、見守る責務、仕事を授けます。それが終わり次第、天国へ行け、夫である、テイト・フラウ・アレクサンドリアに会えます」と、女神が淡々という。

「そ、そんな・・・!そのお仕事って、一体どれくらい・・・?」と、ララが言葉を詰まらせて言った。この女神が恐ろしかった。

「あなたの犯した罪により、約100年間、責務についてもらいます。その後、きちんと罪をつぐなって真面目に働いていれば、テイト・フラウのもとへ、天国へあげてあげます」と、ラーホルアクティ神が言った。

「・・・100年間も!!」と、ララが悲鳴のような声をあげる。

「あなたはまだ軽い方です。重い罪を犯し、自殺した者の中には、500年や1000年間、ユニコーンとしての仕事につく人間もいます」と、ラーホルアクティ神。

「・・・」

「では、あなたを、ユニコーンに転生させましょう。安心なさい、痛くもないし、怖くもありません。仲間もいます。じき、その生活にも慣れるでしょう」と、ラーホルアクティ神が言った。

「その最期の手紙は、」と、女神が言った。

「天国にいるテイト・フラウに届けておきましょう。私が、じきじきに、ね。だから安心して、任務につくのです、クラリス・アレクサンドリア」と、ラーホルアクティが目をつむって言った。

「・・・・」ララは、昔受けた学校の授業を思い出した。ユニコーンという伝説の生き物は、リラの奥地に住み、なんでも、自殺した人間の魂が宿るユニコーンたちもいるという噂を、思い出していた。

「せめて、」と、クラリスが泣きたいのをぐっとこらえて言った。

「せめて、夫の最期の言葉を、教えていただけないでしょうか・・・!!フラウは、手紙一つくれず、戦死したんです!!」と、クラリスが悲痛な叫び声をあげる。

「それは、」と、ラーホルアクティ神が言った。

「いずれ、次期に・・・・あなたのもとへ、来るでしょう。時を待ちなさい」と言って、ラーホルアクティ神は、右手をララの額にかざし、「我、律法(トーラー)によるもの、ヴェ・ゲドゥラー、このものをユニコーンへと昇華させよ」と言った。

 とたん、強い光に包まれ、クラリスは手で目を覆い、意識を失った。

 遠いところ・・・光の向こうで、「ララ、ごめん・・・」というフラウの声を聞いた気がした。

 きっと、それがフラウの最期の言葉だったのだろう、とララは自然と悟った。


                  *


 気が付けば、ララは帝国にはもういなかった。天界のような真っ白な空間にもいなかった。そこは、山奥の、見知らぬ土地だった。雪がしんしんと静かに降り積もっている。

「新しいお仲間かい」と、一人の男性・・・15歳ぐらいに見える・・・が、ララを見おろして言った。

「あなた・・・誰??」と、ララが言う。

「目が空色をしている。ユニコーンの証だ・・・。こんな寒い中そんな恰好で放り出されたわけ、ね・・・ほら、靴下、貸してあげるよ」と、その男性が言った。

「僕?僕はシェオール。待ってて、今すぐ仲間を呼ぶから」と、シェオールが言って、ぴゅーーっと口笛を吹いた。

 18歳で、157cmあったクラリスは、今や13歳の少女のような体になっていた。自分で、自分の体を眺める。真っ白な服を着ているのは、相変わらずだ。寒さで、思わずぶるっとなる。

「・・ったく、しょうがないな、これを着な」と、シェオールが、外套を貸してくれた。「ありがとう、」と言って、クラリスはコートを羽織った。

 以前は、クラリスは青色の瞳をしていた。それが今、なんと「空色」の瞳をしているらしい。ララは驚きが隠せなかった。

「君、立てる?」と、シェオール。

「え、ええ・・・」ララは、困惑を隠せない。

 しばらくして、蹄の駆ける音が、樹々の向こうからしてきた。よく見てみると、白い雪に紛れて、真っ白な気高いユニコーンが一頭、やってきた。

「クリスティーナだ。君を家まで運んでくれる」と、シェオールが言った。

 クリスティーナが近くまで駆け寄ってきて、その空色の目でじっとララを見つめた。ララはその目から目をそらせない。

「さ、彼女に乗って」と、シェオールがララの背中に手をやる。ララは、シェオールの外套をきたままだ。

 ユニコーンは意外と大きかった。(?)ララはその温かい背中に乗ると、必死にその肩や首の部分に抱き着いた。

「クリスティーナ、後は頼むよ!この子、新しい僕らの仲間みたい。そもそも、僕らの住むここらには、結界が張ってあるしね!はいれてるってことは、そうだろ?俺は荷物持って、後からいくから」と、シェオール。

 返事の代わりにいななきをあげ、クリスティーナはララを乗せたまま、シェオールの指示通り、「家」へと向かった。

 ララは、振り落とされないように必死にしがみついていた。

 それをじっと立ったまま見送り、シェオールはふうと言って薪ひろいを続けていた。

 数分で、ララはそっと目をあけた。クリスティーナが走るのをやめ、ひひーんと鳴いて、立ち止まったからだ。

 その次の瞬間、すっとクリスティーナの姿が消え、ララは雪の地面にがしゃんとしりもちをつく。

「わっ・・・」と、ララ。

 見上げると、クリスティーナ・・・ララとそう変わらない背丈で年頃・・・の綺麗な女の子が立っていた。

「あなた、大丈夫??」と、クリスティーナが手を差し伸べる。

「わ、わたし・・・?私は、クラリス・アレクサンドリア。ありがとう、クリスティーナさん・・・」と、ララが差し伸べられた手を握り返す。

「ユニコーンに苗字はいらないんだけどね」と言って、クリスティーナが苦笑した。

「そうなんですか・・?」

「ええ、人間出身は、みんなワケアリだしね」と、クリスティーナがまたしても苦笑して言う。

「ユニコーンって、半数は自殺した人間がなるものなのよ・・・あなたも知っているかもしれないけれど・・・」と、クリスティーナ。

「クラリス、ちゃんね、分かったわ、ありがとう。さ、私たちの家に入りましょう。そんな薄着では寒いでしょう」と言って、クリスティーナがクラリスの手を引いて、家の中へと招き入れた。

 赤レンガ造りの家だ。煙突からは煙が出ている。

「やあ、君が新しい仲間?」と、テーブルに座っていた少年が立ち上がった。

「僕は、このコロニーのリーダー・カーディフ。まあ、リーダーっていっても、年齢が一番上なだけで、みんな平等なんだけどね」と、カーディフ。青色の髪に、空色の瞳をしている。青色の髪は、帝国ではあまり見かけない色だ。

「君には、明日から・・・というか、心持ちが落ち着いたら、ユニコーンとしての仕事をしてもらう。ちなみに、僕は900年間ほどユニコーンの仕事をしている。あと70年ぐらいで、天国へ行ける」と、カーディフ。

「・・・」

「君は??罰として、何年課された??」と、カーディフ。

「私は・・・100年間です」と、クラリスが俯きがちに言う。

「そうか。分かった。君もつらい過去があるんだろう。今日は、もうゆっくりするといい」と、カーディフ。

 クラリスには、それが死刑宣告のように心の中に響いた。


六、 天国にて ~フラウのあがき~


「善なる魂よ、目覚めなさい」という声がして、フラウはゆっくりと目を開けた。

 ここはどこだろう。フラウは一瞬、前世・・・下界での最期の瞬間に目を思わず閉じたことを思い出した。

 トロールに・・・僕は、はりたおされて、剣で応戦しようとしたところ、敵の刺客から矢で射抜かれて死んだのだった、と思い出すのに、しばらく時間がかかった。

「私は女神ラーホルアクティ神。本来なら、貴方と会うのは、別の神々です。担当が違いますから。ただ、あなたに、私はことづてを頼まれました。貴方の亡き妻からのお手紙です」と、ラーホルアクティ神が告げた。

 フラウは雷に打たれたような顔をした。

「ちょっと待って。“亡き”妻って、どういうこと??戦況はそこまで悪くなったの??ララまで、まさかシェムハザたちにやられたの・・・??」と、フラウが真っ青になって言った。

「・・・そうではなくてね。貴方の奥様は自殺なさったのです。自殺という、人間には許されざる罪を犯したのです。最期に、貴方への手紙を残してね。ガラスの破片で、心臓を突き刺したのです」と、ラーホルアクティ。

「・・・・」フラウは、あまりのことに言葉が出ない。四つん這いのまま、立ち上がろうともしない。

「そ、そんなの嘘だ・・・・うそだって、すぐに分かるんだぞ!!」と、フラウが言いながら、拳を握りしめ、ラーホルアクティを見あげる。だが、ラーホルアクティは冷たい目をして、フラウを見おろしているだけだ。なんとも冷たい雰囲気に、フラウは思わずぞっとする。

「これがその手紙です」と、ラーホルアクティがふところから一通の手紙を取りだし、フラウに投げてよこした。

 フラウが、その手紙を受け取る。


「拝啓 愛しいフラウへ

 フラウ、どうして私に手紙一つ、くれなかったの。

 私のこと、愛してなかったの。

 私、あなたが帰ってくることを信じ、待っていたのに・・・。

 どうして私を裏切ったの。

 私一人で、この子を育てろというの。

 私にはできない。あなたの面影を宿すこの子とともに、死ぬまで、あなたと会える日まで、待ち続けるなんて、私にはできない。私はそんなに強くない。

 フラウ、許して下さい。

 私も、あなたの後を追います。

 天国で、あなたに会えますように・・・。

                                          クラリスより」



「なんてことだ・・・!!」と、フラウが手紙を読んだ後、涙を流し、「ララ・・・!!」と思わず叫んだ。

「その女性・・・貴方の妻・・・クラリス・アレクサンドリアは、罰として、100年間ユニコーンにする刑に処しておきました」と、ラーホルアクティ神。

「あなたと会えるのは、100年後になります。それまで、貴方は天界で待っていなさい」と、ラーホルアクティ神。

「ユニコーンだって・・・?僕の妻を返せ!!」と言って、ラーホルアクティ神に、立ちあがり、胸ぐらをつかみにかかった。

「おっと、神々に失礼をはたらくのですか??」と、ラーホルアクティ神。

「許さない・・・僕の妻に・・・・ララを、天国へ、ここへ、連れてこい!!」と、フラウがラーホルアクティ神につかみかかる。

「罪を犯した罪人は、その罪をつぐわないといけないのです、テイト・フラウ・アレクサンドリア。ここで私に無礼を働くのなら、クラリス・アレクサンドリアの刑罰期間を、300年間に伸ばしますよ」と言ったので、フラウはしょうがなく手を離した。

「フフフ・・・せいぜい自分の愚かさ、人間の愚かさを嘆きなさい、テイト・フラウ。ではね」と言って、ラーホルアクティ神は、ベールの奥へと消えていった。

 フラウは、「ちくしょう!!」と叫びながら、涙を流し、手紙を握りしめた。ぐしゃっと、手紙がつぶれる。

「ララ・・・・!!僕の愛しいララ・・・!!どうして自殺なんて・・・・したんだ・・・・・いや、僕のせいか・・・」と言って、フラウは涙が止まらなかった。泣くしかなかった。

 その時、背後で、歩く音がした。フラウが、はっと振り返る。

「・・誰??」と、フラウ。

「失礼、僕は、ジェハ神と言ってね。ちょっと、君たちの事情を知って、やってきた次第」と、ジェハ神と名乗る長身の神が自己紹介した。

「ジェハ神・・・!?!?誰です、あなた」と、フラウ。

「ん?僕??ちょっと、君とクラリスさんの仲に同情してね!君にちょっと協力してあげようと思ってね。どう??悪い話じゃないんだけど」と、ジェハ神。

「・・・なんでもいい、ララを救えるなら」と、フラウ。

「・・あのね、君、このままだと、他の戦死したお仲間さんたちと一緒に、天国のとある地区、国へ送られる。だけどね、そうすると、クラリスさんとは、100年間会えない。それでもいいかな??100年間というのは、そんなに長くない刑罰期間なんだが」と、ジェハ神。

「・・なら、せめて、ララの様子を見せてください。今すぐに。僕は、仲間たちと会わなくていいから」と、フラウ。

「うん、君ならそういうと思ってたよ!!なら、こっちへ来なさい」と、ジェハ神がフラウを手助けして、立たせる。

「僕の屋敷に招待してあげよう。天界にあるのだがね」と、ジェハ神が言った。

「ありがとうございます、ジェハ神」と、フラウ。

「・・・僕は、ただ、君たちのような数限りない犠牲者を見てきて、神々の一人としてうんざりしているだけ。ちょっとだけ、力になりたくてね」と、ジェハ神。

「・・・僕とララはどうなるんですか・・・??」と、フラウ。

「なに、悪いようにはしないさ」と言って、ジェハ神は暗い顔をした。


七、 ジェハ神の館


 フラウが、ジェハ神の後について、天界のとある区画の館へとたどり着いたのは、それから2時間ほどしてからだった。

 フラウは、ジェハ神と一緒に瞬間移動させられたのだが、屋敷の外で、2時間近く、入るのを待たされたのだった。門の外で。

 豪勢な屋敷だった。4階建ての洋風建築に、だだっ広い、花畑と噴水のある庭があった。きちんと手入れされており、妖精が働いて、花の手入れをしている。

 門の外で、

「君はそこでちょっと待って居なさい」とジェハ神から言われて、フラウは中には入れず、待ちぼうけをくらった。

 その間、門にもたれかけるようにして座り込み、フラウはララからの手紙をもう一度、読み返していた。

 手で額を抑え、

(どうして、ララを残して出征をするのを、僕はあっさりと承諾した・・・自分から志願したのが愚かだったと、今ならわかる。だが、まさかララが自殺してユニコーンになり、100年間の罰を喰らうなんて、想像してもなかった。僕は、どうすればいい・・・・!!)と、苦悩した。

 しばらくして、門がきぃ・・・と開いた。

 ジェハ神が、人差し指を口に当てて、

「さあ、フラウ君、こっそり入りなさい」と言ったのだった。 

 フラウは、言われた通り、ジェハ神について、屋敷の中に入った。

「この女神像、美しいでしょ」と、ジェハ神が、庭に飾ってある白い女神像を見せて言った。

「トリプルゴデスというんだよ。僕の一族の名前さ」と、ジェハ神。

 時刻は、天界でももう夕刻を過ぎかかっていた。

「僕は現在独身でね。まあ、この広い屋敷に、君の部屋を用意しておいた。召使いの天女に言いつけておくから、君の新しい衣服も届けさせておくね」

「ありがとうございます、ジェハ神」

「うん、明日には、君の奥様の様子を見せてあげるよ」と言って、ジェハ神は、複雑そうな顔をして、屋敷の奥へと消えていった。

(ユニコーンとなった子には・・・たいしていい運命は待っていない・・・・)と、思いながら。


八、 ユニコーンのクラリス


「おいしいかな?」と、レオナールというユニコーンが言った。食卓の席・・・クラリスがこのユニコーン・コロニーに来た最初の夜だった。

「はい・・・でも、あの、私、もういいです」と言って、クラリスはパンを食卓に戻し、食べかけのスープを押しやった。

 席を立とうとする。

「どうしたの、クラリス?ちゃんと食べなきゃ」と、クリスティーナが止める。

「いえ、前世・・・私の記憶のことを思うと、食べる気しなくて」と、クラリス。

「情けないわね」と、フロゼラという女性のユニコーンが言った。

「あんた、たった100年間の罪でしょ。私たちなんて500年の罪よ。まあ、最初の晩だからしょうがないのかもしれないけど。いっとくけど、私はあんたに同情する気はないわ。どんな過去があるのか知らないけど」と、フロゼラ。

 ほかのユニコーンたちは、無言の人もいれば、新人のクラリスをじろじろと見ている人もいる。

 みな、前世の記憶は持っている。それが、ユニコーンに課せられた罪だ。

 このコロニーは15~16名ほどで成り立っていた。みな、少年少女の姿をしている。年のころ、13~15、といったところか。

 その中でも、ララは比較的幼く見えた。

「そんないい方はないだろ」と言う人もなく、クラリスはそのまま席を立った。

 クラリスが席を立ったのと同時に、シャトルというユニコーンの少年が席を立ち、ララの後を追った。

「クラリスさん!!」と、シャトルがララの手を取る。

「!??!なんですか?」と、クラリス。

「フロゼラは、いつも口調がきついんです。気にしないでほしいですが。自分が500年も罰受けてて、あと300年間も刑罰が残っていることに、イラついているんです。俺も、フロゼラの過去は少しだけ教えてもらった事あるけど、彼女恥に思ってるらしくて。彼女とは、距離置いた方がいいです」と、シャトル。

「・・・そういう理由があったんですね。ありがとうございます、えっと・・・・」

「俺は、シャトル。シャトルです、苗字はユニコーンの間は隠す決まりです」と、シャトル。

「私はクラリス。どうぞよろしく」と、ララ。

「よかったら、ケヴィンを紹介します。あなたと話したい、って言ってました」と、シャトル。

「私のことはクラリスって呼んで。シャトルさん」

「俺のことも、シャトルでいいです」と言って、シャトルが微笑む。

「ケヴィンさんって?」

「あと50年ほどでこのコロニーを去るユニコーンです。今まで、300年間はいたそうです。ちなみに、俺はここ、150年目で、あと400年残ってます」

「・・・そう。私には、ため口でもいいのよ?」

「いえ、クラリス、俺は敬語でいいです。女性には、基本敬語なんで」と、シャトル。

「あの・・・一つ質問いいかしら。ユニコーン同士で前世について話すのはタブーなんですか?」と、クラリス。

「特に、その人が納得して話すのなら、自由です。ただし、無理やり聞き出そうとしたりしたら、神々から罰を受けます」と、シャトル。

「・・・そう。あなたは、信用できるし、いずれ、私の過去も話したい・・・わ。私はため口でもいいかしら」

「いいですよ、俺も過去を・・いや、やめとこうかな」と言って、シャトルは苦笑いした。

「部屋に案内します。空き部屋が5つほどあるんで」と、シャトル。

 それぞれの個室は、1階の共用部分とは違って、みな2階にあった。

 ずらりと、部屋が20個ほど、ドアが並んでいる。

「このログハウスも大きいでしょう」と、シャトル。

「明日、近辺を散歩でもどうですか、クラリス。他にも、クリスティーナとか、レオナールさんとか、あなたと散歩したがってましたよ。みんなでどうですか。ま、仲良くしてください」

「こちらこそ」と、クラリスがにこっと微笑む。

「あ、笑いましたね」と、シャトル。

「クラリスさんは、沈んだ顔より、笑った顔の方がいいですよ。まあ、自殺者のコロニーであるユニコ―ンの家では、この言葉も不謹慎かもしれませんがね」と、シャトルが皮肉る。

「俺とも仲良くして下さい」と、その時背後で声がした。

 シャトルよりは5cmほど背が高いようだが、別のユニコーンの少年がいた。

「俺はケヴィン。どうです、今からトランプでも?」と、ケヴィン。

「じゃ、俺も加わろうかな」と、シャトル。

 こうして、3人は、ケヴィンの部屋で、と言うより、1階の共用部分の、空いたサブ・ダイニング・テーブルに降りていき、誰もいないテーブルで、トランプゲームを始めた。

「大富豪でもします?」と、クラリス。

「私、それぐらいなら知ってるから」と、クラリス。

「いいですよ」と、ケヴィン。

 やがて、3人がトランプをいろいろとしていると、暖炉のある居間から、一人、また一人、と消えていった。みな、二階の自室へと戻っていったのだ。

 その日は、暖炉の薪がつきるまで、3人はいろいろな雑談をしながら、トランプゲームに興じた。

「もう寝ましょうか」と、シャトルが言った。天窓からは外が見えるが、もう真っ暗で、雪がしんしんと降っている。

「明日は、僕とも散歩を」と、ケヴィンが言って、にこりと笑い、3人は2階で別れた。

 一人寝室に入り、クラリスは、亡き夫のことと、死んだであろう自分の子供を想い、そっと涙を流した。そして、そのままベッドの布団に入り、ろうそくの灯りを吹き消した。

 次の日、クラリスはコンコン、と言うノックの音で目が覚めた。

「クラリス、そろそろ起きてちょうだい」と、クリスティーナの声がした。

 着替えて下の階に降りると、もうみんな、朝食の席についていた。

「遅いわね」と、フロゼラと仲のいい、ローディアというユニコ―ンがぽつりとつぶやいた。

「まあいいじゃない、ローディア」と、クリスティーナ。

「今日はユニコーンの仕事について説明がある、クラリスさん」と、カーディフ。

「シャトルとケヴィンと仲がいいようだから、二人に任せる」と、カーディフ。

「仕事は来週、1週間後から、君にも加わってもらいます。僕も最初は手伝うよ」と、カーディフが言った。

「・・ありがとうございます」と、クラリスが朝食のパンを食べ終わって言った。

「じゃあ、早速行きましょう、クラリス!」と、シャトル。

「俺も」と、ケヴィン。

「ええ、シャトル、ケヴィン」3人は、昨晩のトランプで、すっかり意気投合していた。

 3人は暖炉の薪拾いと言う名目で、深雪の中、コロニーの周辺の森林の中を歩いた。

 しっかり着込んであるし、吹雪もやんでいるから、そこまで寒くない。

 薪を拾いつつ、3人は、15分ほど歩き、湖のそばに着いた。

「綺麗な湖でしょう、クラリス」と、シャトル。

「ええ、とても」と言って、クラリスは、昔、フラウと、天体観測で湖のそばまで行って、夜星を眺めながら話をしていたのを思い出した。

「・・・」

「どうしたんです、クラリスさん??」と、ケヴィンが気遣う。

「いえ・・・ただ、・・・・亡くなった主人のことを思い出して」と言って、クラリスが泣き出すので、ケヴィンはぎょっとした。

「俺、何か余計なコト言いました?だったら、ごめんなさい」と、ケヴィン。

 クラリスは手で顔を隠して泣き止まない。

 ケヴィンとシャトルが目をあわせて、困った風な顔をする。

              *

「ララが泣いてる!!」と、それを天界のジェハ神の屋敷から見ていたフラウが呟いた。

 大きな鏡で見ていたのが・・・

 鏡に映し出された、頭上から見るようなララの泣き姿に、フラウは胸を締め付けられる思いになった。

「もっと近く見せて!!」と、フラウがジェハ神に言う。

「それは、奥様が望まないんじゃないかなあ???」と、ジェハ神。

「ララが泣いてるよ・・・僕、行かなきゃ」と、フラウが言う。鏡に手を合わせ、なんとかしようとするが、鏡に水の波紋のようなものが広がるだけで、中へは入れない。

「あの二人が何か言ったわけでもないのは君も分かってるだろうが、どうもクラリスさん、君との思い出で泣いているようだよ」と、ジェハ神が小さな黒板に現れた魔法陣から意図を読み取り、言った。

「なんだって!!?!」と、気が狂いそうになりながら、フラウが叫んだ。

「ジェハ神!!」と、フラウが、黒板に見入ってるジェハ神の胸倉をつかんでいった。

「いいから、僕をララのもとへ連れて行ってください!!今すぐに!!!さあ!!!早く!!」

「ちょ、ちょっと、フラウ君、落ち着いて!!」と、ジェハ神が慌てて言う。

「げほっ、げほっ・・・あのね、君を下界に送ることは、もう少し待ってほしい!!僕だって、送ってやりたいが、ばれたら大変なことになる!!その代り、手紙なら、送ることは許されている。一部の人のみ。例えば、賢者とか。君は賢者でもないし、どうやら下界の帝国にいた時は、占星術師だったらしいが、僕が特別に、手紙をララちゃんのもとに届けてあげる!!」

「あなたはクラリスと呼んで」と、フラウが言った。

「クラリスのことをララと呼んでいい人は、僕だけなんだ」

「うん、分かった」

「ありがとうございます、ジェハ神。なら、僕、手紙を書きます」

「あっ・・・それより、フラウ君、3人に変化が起きてるよ!!君も見た方がいい」と、ジェハ神。


           *


「よかったら、僕らにあなたの過去について、話してくれませんか?」というシャトルの言葉に、クラリスは頷き、前世について話していたところだった。

 話し終え、3人はシーンとなった。

「そうか、旦那さんがいたんだな」と、ケヴィン。

「戦争でお亡くなりに・・・そういえば、その戦争、まだ続いているそうですよ。嫌な話だ」と、シャトル。

「こっちのリラまでは、来てないがな」と、ケヴィン。

「あのね、クラリスさん・・・いや、クラリス」と、シャトルが優しく言った。

「僕ら森のユニコーンの仕事はね。簡単に言うと、人間の夢を管理し、その人間を正しい道に導くことなんです。なぜかっていえば、僕らユニコーンは、“魂の導き手”だから。人間を守る存在なんです。あなたは、海のユニコーンにも、炎のユニコーンにも、空のユニコーンにも選ばれなかった、縁あって、僕らと同じ、森のユニコーンに選ばれた。あなたは、呪文なしにユニコーンに変身できる。これから100年、仕事をしますが、かといって、そこまでつらい仕事というわけでもない。このコロニーの近くには、ため池のような小さな湖が点在しているのに気が付きました?それが仕事場です。その湖の水面に映る人間一人一人の人生、夢に干渉し、その人が夜見る夢をコントロールして、いい方向へ導くのが僕らの仕事です。実は、人間が見る夢・・・悪夢、いい夢・・・いろいろありますが・・・それらは、すべて俺ら、ユニコーンの手によるものなんです」と、シャトルが説明する。

「知らなかった」と、クラリス。

「ええ、あなたは知らないでしょう」と、シャトル。

「でも、これが世界アラシュアの真実なんです。人間一人一人の魂の行く末を見守る・・・それが俺らの仕事」

「最初は俺がやって見せます」と、ケヴィン。

「ほら、水面にうつる俺は、人間の姿じゃなく、ユニコーンの姿でしょう?ユニコ―ンは、鏡や水面にうつる姿まではごまかせないんですよ」と、ケヴィンが言った。

「本当だわ」と、クラリス。自身で水面をよーく覗いてみたところ、クラリスの顔ではなく、真っ白いユニコ―ンの姿がうつっていた。

「仕事は一週間後から。それまで、時間はあります。ユニコーンの魔法を使うんです」と、シャトルが言った。

「ユニコーンにも魔法が使えるの??」

「ええ、ユニコーンにはユニコーンの魔法があります」と、シャトル。

「でも、それはまだ覚えなくていいんです。これからで」と、シャトルが言って、石ころを水面になげた。

「・・・それより、その夫さんから、手紙、来なかったんですね。それがつらかったって、おっしゃってましたけど」と、シャトル。

「なんで来なかったんだろうな。戦時って、普通何通かは送るものなのに」と、ケヴィン。

「そうなんです・・・夫からは、一通もこなかった。最期に、私、夫へ一通手紙を書いて、自殺しました。そしたら、神様から、ユニコーンになるように言われて」と、水面にうつるユニコーンの姿の自分を見つめて、クラリスが言った。

 その時、はらりと降る雪の合間を縫って、一羽の赤い美しい鳥が三人の後ろに舞い降りた。独特な鳴き声をあげて空から舞い降りる。

 ケヴィンがあわてて降りかえる。「なんだ?」

 それは、ムクドリやコマドリといった普通の鳥ではなかった。伝説で言う、不死鳥(フェニックス)だった。そんなに大きくない。実物で見たのは3人とも初めてだった。

 鳴き声をあげて、不死鳥が3人を嘴で小突いた。

 見ると、足に手紙をぶら下げている。

「手紙だ!神々からかな??」と、シャトル。

 手紙を外すと、不死鳥は満足したように、唸り、鳴き声をあげて虚空の彼方へ飛び去った。

「クラリスさん・・・あなたへですよ」と、シャトル。

「え!??!」と、クラリス。

「fromフラウ・・・・って、あなたの亡くなった旦那さんから?!?!」と、シャトル。

「おい、俺にも見せろ」と、ケヴィン。

 ケヴィンが宛名や差出人を確認する。

「おかしいな、神々からにしては、正式な紋章の印鑑がないな」と、ケヴィン。

「偽物か?!?」と、ケヴィンが封を開けず、クラリスに手渡す。

「一応、見せておきますね」と、ケヴィン。

「・・・でも、これは、偽物じゃないと思う」と、クラリスが言った。

「だって、この点と線のマーク・・・フラウが好きだった、羅針盤座のマークだもの」と、クラリス。

「それなら、一応信憑性はありますね」と、シャトルが言った。

「ちょっと、見てみます」と、クラリス。


九、『必ず君を救い出す』


「ララへ  フラウより


 ごめん、ララ、僕、戦地から手紙を送るべきだった。すまない。だが、もう、十分、別れの言葉は、家で言い聞かせてきたと思って、書くのはやめたんだ。君を不安にさせたくなかったから。手紙を書こうと思ったときには、もう戦況は傾いていて、僕は書く暇もなく、トロールや敵の伏兵に殺された。そのあと、僕は天界で、とある神様に出会った。君からの最期の手紙も受け取ったし、君がユニコーンになって100年間の罰を受けているのも知っている。ジェハ神という神様に出会い、僕はかくまってもらい、君にこうして手紙を書いている。

 ララ、ごめん、何とかして僕が助けに行くから、もう少しだけ待っていてほしい。ジェハ神も手だてを考えている。僕は天界から君を見ている。ずっと。

 君を愛していた。そして、これからもずっと。

 とりあえず、一通目の手紙はここまでにする。

 必ず君を救い出す。

 こっそり手紙をジェハ神から出してもらっているので、ちょっと僕だと信じてもらうため、二人の思い出の星座のマークを載せています。


                                             フラウより」


 と言う内容のものだった。

「これ、たぶん本物のフラウだわ」と、クラリスが言った。

「私のこと”ララ“って呼んでいるし、最期の一文も、合致するし」と、クラリスが涙をぬぐいながら言う。

「見せて、見せて」と、シャトル。

「俺にも見せてほしい」と、ケヴィン。

「良い旦那さんじゃないか」と、手紙を読み終わってケヴィンが言った。

「ありがとう」と、クラリス。

「ララって呼ばれてるんですね」と、シャトル。

「ええ、二人の間だけの愛称なの。フラウが決めたのよ」と、クラリス。

「素敵ですね」と、ケヴィン。

「俺は・・・俺は前世のことは、クラリスさんには黙っておこうかな。シャトル、君は?」

「俺?俺はもう少ししてから話そうかな」と、シャトル。


十、ユニコーンの仕事


 それから、1週間ほど、クラリスはいろんな人と交流を深めた。ケヴィン、シャトル以外にも、ララと仲良くなろうとする人はいた。

 そのうちの一人、クリスティーナが、ある日クラリスを散歩に連れ出した。

「私、あなたのこと気に入ったわ。でも、刑期が100年と短くて、よかったわねぇ。私は200年の刑期で、あと50年よ。まあ、私もまだ短い方だけど。私の過去、話すから、あなたの過去も話してくれない??」

「分かりました、クリスティーナさん。私も話します」

「うん。実はね・・・」と言って、クリスティーナは、森林を歩き、薪を拾いながら話し出した。

「私、親が戦争で殺された孤児でね。妹と弟がいたんだけど、私がなんとか稼いで、それなりの暮らしはしてたわ。けどね、ある日、私、恋をしてしまったの。しかも、大金持ちの家の、5歳年上の人とね。その人、とってもハンサムでね。私、器量はよかったんだけど、私たち、日夜会っては、愛の言葉を囁いていたわ。彼、私にお金もくれててね。そのお金で、私たち兄妹も、少しは裕福な暮らしもできるようになったの。けどね、それも長くは続かなくて・・・。やがて、その男性のもとに、魔法使いの女性のガールフレンドができてね。同じく魔法が使えたその男性は、そっちに行っちゃって。私、ふられた、ってワケ。やけになって、最期に彼からもらったお金で賭博に手を出してみたら、ルーレットでやらかしちゃってね。借金ができてしまって、彼のところに行って、助けて、と言ったんだけど、門前払いされてしまって・・・。それで、私、妹と弟のために何ができるだろう、と思ったけど、何もできなくて、ただ泣くことしかできなくて、自殺したわ。・・・短剣でね。それが私の自殺理由」と、クリスティーナは絶望の虚無の瞳で薪を見つめて、言い終えてから拾い、言った。

「・・・つらかったですよね、きっと」と、クラリスがぽつんと言った。

「ええ、借金の額が膨大でね。私が身売りしてもどうなる額でもなかったのよ。私、身売りだけはできなかったし、もう絶望して自殺したの。まさか、最期の賭博でそんなことになるなんて、思ってなくてね。同情した神様に、刑期を標準の500年間から、200年間に減らしてもらったわ」と、クリスティーナ。

 それからしばらくして、一度家に帰り、二人は薪を置くと、サンドイッチを一緒に台所で作った。

「私はね、海のユニコーンになりたかったの。説明を聞いてね。でも、名前は忘れたけど、神様から、あなたは森のユニコ―ンが合ってるでしょう、とか言われてね。こうして今いるワケ」と、クリスティーナがマヨネーズを器用にパンに塗り、サーモンペーストをのせて言った。

「クラリス、私はあと50年しかいられないけれど、その間、あなたの友達でいていいかしら」と、クリスティーナが言った。

「はい、喜んで、クリスティーナさん!私も、クリスティーナさんのこと、好きです!」

「ありがとう、クラリス」と言って、クリスティーナが一筋の涙をぬぐう。

「50年後、天国に行って、妹と弟と会えるかは、分からない。けど、私、天国から、また地上に転生させてもらえるそうなの。そしたら、いい家庭に生まれて、いい人見つけて、幸せになってやるわ!前世の分もね!!」

 そう言って、二人はサンドイッチを作り終わり、バスケットに入れて、再び外の世界に出た。今度は、レオナールもついてきた。

「クリスティーナ、前世のこと、クラリスさんに話したのか?」と、レオナール。

「ええ、レオナール、私、クラリスのことは信用するわ」と、クリスティーナ。

「そうか・・・それもいいと思う。クラリスさん、君、刑期100年なんだってね。ずいぶんと神々様から同情されたようだね、羨ましい。自分は、刑期500年で、あと200年残ってる。今まで、いろんな人を見てきたが、君は重い過去を背負っているのかな??」と、レオナール。

「よかったら、私たちを信用して、話してくれないかしら」と、クリスティーナ。

 クラリスは、湖のほとりで、うつむき、3人で座り込んで、話し出した。

「私、父親同士に交流があって、自然と幼少期より仲良くなったフラウと言う男性と、幼馴染で。ずっと一緒でした。17の時、占星術師だったフラウと、結婚しました。18で、彼の子を妊娠しました。ところが、その時、例の戦争・・・まだ続いているそうだけど・・・が始まって。夫は、私とお腹の子を残して、出征しました。自ら志願して。私は止めたのに。そして、戦争で亡くなった、という通知が来て、私は自殺しました」と、クラリスが言った。

「・・・そうだったのね」と言って、クリスティーナが、サンドイッチを手に取って、食べる。

「それはつらいわね」

「うむ」と、レオナールもサンドイッチを手にとる。

「あの、悪神・シェムハザが糸をひいている戦争は、まだ続いている。戦況は五分五分だそうだ」と、レオナールが言った。

「フラウさんとは、仲良かったんだろうね、きっと」と、レオナールが言った。

「ええ、一応。一緒に、郊外に馬車で遊びに、天体観測に行ったりしましたから・・・」と、クラリスが沈んだ顔で言う。

「今ここで、ちょっとユニコーンの仕事を、してみせよう」と、レオナールが言った。

「え!?」と、クラリス。

「なに、気分転換になると思ってね!」と、レオナール。

「レオナール、あなたの過去について話さなくていいの?」と、クリスティーナ。

「それはまた今度にしよう」と、レオナールが言った。

「暗い話題ばかりじゃ気が滅入るだろう」と、レオナール。

「ユニコーンはね、呪文というものを使わないんだよ。ほとんど。それは、ユニコーンが、人を決して傷つけてはいけないからなんだ。現世でまた罪を犯すことは、大罪だし、我々には許されていない」と、レオナール。

 レオナールが、両手を水面にかざす。自然と、不思議と、風も吹いていないのに、波紋が広がっていく。

「ほら、浮かんできた」と、レオナールが言った。

 そこには、水面に、言い争っている男女の姿が見えた。

「あらら、この子たち、子供の進路のことで言い争いしているみたい」と、となりからのぞきこんで、クリスティーナが言う。

「ウム……歳は30代前半のようだが・・・・」

「ちょっと、経歴調べてみるわね」と言って、クリスティーナが、羊皮紙をとりだした。巻物のような感じだ。そこに片手をかざすと、文字が浮かび上がってきた。

「この夫婦、そんなに経歴悪くないわ。一応善人みたい。ちょっとイライラしているみたいだから、夢で結婚当初の初心を思い起こさせて、言い争いはやめさせましょ」と、クリスティーナ。

「ウム、そうだな、クリスティーナ・・・」

「こんなふうにね、ユニコーンの仕事は二人一組でペアですることも多いの。私はよくレオナールと組んでるんだけどね!クラリスちゃんは、ちょっとの間、見習いね!!」と、クリスティーナ。

「それなら、僕と組まない?」と、後ろから声がした。

 アレクセイという名のユニコーンだった。

「アレクセイ・・・!!どうしたの、一体。今日は、困っている人間のところへ呼び出されて、行く予定じゃなかったっけ?」と、クリスティーナ。

「あのね、クラリス、ユニコーンの仕事の一つとして、どうしてもにっちもさっちもいかなくなった人間のもとに現れて、保護してあげるという役割もあるの。こっちは、そんなに多くないんだけど」と、クリスティーナが説明する。

「カーディフが代わりにいくことになった。僕では危険、とか言ってた」と、アレクセイ。

 クラリスににこっと微笑む。

「アレクセイっていうんだ、僕。よろしく。ちなみに、刑期は150年で、残り100年です、君との残り刑期期間と、ほぼ一緒」と言って、アレクセイが手を差し出す。

 クラリスがその手を握る。

「どうぞよろしく」と、ララ。

「僕もサンドイッチいい、クリスティーナ?」と、アレクセイが尋ねる。

「ええ、いいわよ」

「ありがとう」と言って、アレクセイがサンドイッチを手に取る。

 そして、ララの隣に座り込む。

「いい景色でしょ」と、アレクセイ。

「僕、湖の景色好きなんだ」と、アレクセイ。

「はい、私も好きです」と、ララ。

「僕ね、さっきの話、こっそり立ち聞きしちゃったんだけど、君、旦那さんがいたんだって??」と、アレクセイ。

「はい、そうなんです・・・」と、クラリス。

「あのね、僕の自殺した理由、話してもいい??」と、アレクセイ。

「アレクセイさんがいいなら」

「うん、僕、ちょっと君に興味があってね。僕はね・・・神々から同情されたタイプなんだ!!だから、刑期は150年。その時のあたる神様によるから、運もあるんだけど。そこのレオナールさんとか、同情されてもおかしくないんだけど、悪い神様にあたっちゃったみたいで、刑期が長い。まあ、それは置いておいて・・・」と、アレクセイが空を見上げ、遠い目をする。

「僕にはね。幼いころからかわいがってくれた母がいたんだ。それでよかった。僕にとって、それだけでよかったんだ。ところがね、そう物事はうまくいかなくてね・・・。僕が10歳の時、母が交通事故で、馬車にひかれて亡くなった。そこから崩れちゃったんだ、僕の家庭。父は酒浸りになるわ、一家は破産するわ。成人してた兄も酒浸りになってね。みんな、母を中心に世界が回ってたから、どこかおかしくなっちゃったんだ・・・。母の面影を探し、僕は働いた。せめて、亡くなった母の魂が報われるようにね。天国でまた会えるようにって。ところが、僕の稼いだお金も、父や兄の酒代に消えていった。僕は家をでた。そしたら、父が自殺してね。僕との因果関係は不明だ。だが、僕は罪悪感を感じ、母と同じ死に方を選んだ。母は事故だったが、僕は自ら馬車の行く道に飛びこみ、自殺した。・・・・どう??これが僕の前世」と、アレクセイが言い終わった。

「あーー、すっきりした。僕、過去を話すとスッキリするタイプなんだ!」と、アレクセイ。

「・・・」クラリスは、言葉が出ず、サンドイッチを食べた。

「僕はまだラッキーだよ、刑期そんなに長くないし、天国へ行けるし」と、アレクセイ。

「たぶん転生するんだろうな、僕、結婚してなかったから」と、アレクセイ。

「・・・・」クラリスは、またもや言葉がでない。

「ま、僕とも仲良くしてよ、クラリスさん」と、アレクセイが言った。

 その日のお昼のお茶会は、そこでお開きとなった。


十一、カーディフ


 その日、アレクセイの代わりに、ハシントの国の国境近くのリラの町に行ったアレクセイ・・・ユニコーンは瞬間移動が行える・・・この任務を行うときのみ・・・は、とある男性兵士の元に行っていた。

「あなたですか、僕らを呼んだのは」と、カーディフが淡々と言った。ユニコーンの姿ではなく、人間の姿だ。

「お、お前は誰だ・・・俺は、神々に向かってさけんだはずだが・・・」と、その、片腕をなくし、包帯姿の男が言った。

 左腕がない。

「僕らは、神々の使い、神々に仕えるユニコ―ンの一人です。あなたを救いに来ました。あなた、自殺を考えているでしょう」と、カーディフが冷静に言った。

「俺の家族が・・・俺は、家族を守るために出征した。なのに、家族はトロールやオークに殺された。家に帰ったら、無残な死体が転がってた。神々に文句がある。俺の命‥・残りそんなに長くない・・・をさしだすから、家族を救ってくれ、と言いたいんだ!!」と、男性が泣きそうな目で言った。

「あんたがユニコーンと言う証拠がどこにある!!??」と、その男がわめく。

 カーディフが、肩をすくめ、目を閉じ、ユニコーンの姿に変身した。

「ひっ」と叫んで、男が後ろに尻もちをつく。

「ユニコーンなんて、本当にいるのか・・・伝説上の生き物かと思っていたが」と、男。

(このまま、天寿を全うしなさい。もうあなたは戦う必要はない、ただ、生きることを諦めてはいけない。拳銃自殺も、やめておきなさい。僕には、君の心の中が見える。そうすれば、天国へ行き、奥さんにも、お子さんにも会える。約束する。自殺したら、悲惨な末路が待っている)と、ユニコーン姿のカーディフが、念を送った。テレパシーのようなものだ。

「!?!?お、お前、言葉を・・・やっぱり、本物のユニコーン・・・・」と、男が言った。

 それから、すこしして、男はしょんぼりとなり、

「分かりました、ユニコーン様、俺は生きることを諦めません。仲間とともに生きます。天国で、家内と会えるんなら」と言って、男は涙を流し、その場を静かに立ち去った。

 人間の姿に戻り、カーディフは複雑そうな顔をすると、ため息をついて、ユニコーンのコロニーに戻った。

「お帰り、カーディフ」と、フロゼラが言った。コロニーの居間で、ココアを入れて待っていた。

「はい、これ」

「――ありがとう、フロゼラ」と言って、カーディフはココアを受け取った。


十二、ララの日常


「愛しいララへ フラウより


ララ、僕も天界から、君の仕事する姿を見ているよ!君、案外友達作って、楽しそうにしているじゃないか。僕もほっとしている。それに、ジェハ神から、100年と言う刑期は、本当に恩赦に近い、と知り、少し考えを改めた。だが、僕は、それでも、君を救い出すことは諦めていない。

 ただ、最悪、手立てがなかったら、100年間、君をここで待つことにする。ララ、お願いだから、何も起きないことを願う。

 ララ、君を自殺させ、こんなことにして本当にすまない。重ねてになるが、僕はそのことばかり考えている。日夜、眠れないぐらいだ。

 愛しいララが、毎日、少しでも楽しい日々を送れますように。

 あと、僕のことは、忘れないでほしい。

 できれば、ララからも返事がほしい。

 この不死鳥に、足に手紙をくくりつければ、僕のところへ届くから。

                                      フラウより」


 こんな手紙を受け取ったのは、ララがが仕事をし始めてから、1か月後のことだった。アレクセイと仕事をしているときだった。また、あの不死鳥がやってきたのだ。

「夫さんから??」と、アレクセイ。

「はい・・・手紙の返事、ちょうだい、って」と、ララ。

「次からだね」と、飛び去った不死鳥を見て、アレクセイが太陽の光に目を細める。

 仕事は、雨の日は休みだったが、それ以外は毎日のようにあった。一日、6時間ほど、ララ達ユニコーンは、湖やため池に赴いて、人間の夢を管理する仕事に就いていた。

 経験豊かなユニコ―ンが、神々やエルフを呼ぶ人間のところに現れる仕事も、たまにあった。

 そんなある日。

「クラリス、今度、僕についてくる??」と、アレクセイが言った。

「え??どこにですか?」

「えーとね、リストに載ってたんだけどね。神々から送られて来たリスト。人間のリストなんだけど、なんでも、病気で妹を失い、黒魔術を使って生き返らせて、失敗して悪魔と契約することになったいっぱしの魔法使いが、死にたいと言っている。死んで、悪魔との付き合いを断ちたいと。この魔法使い、そんなに魔術に詳しくないらしくてね、悪魔と契約したまま死んだら、魂が悪魔に食われて、冥界のアンデッドのような使い魔に転生することを知らないらしい。僕たちで教えてあげて、悪魔とのつながりを、僕らで断ってあげる仕事なんだ。ユニコーンにはできる」と、アレクセイ。

「・・むごい話ですね。分かりました、ついていきます」と、アレクセイと今ではすっかりペアを組んでいるララが言った。


「じゃあ、二人には行ってもらうけど、クラリス、君は瞬間移動の方法知らないよね。経験50年未満のユニコ―ンには教えてはいけない決まりなので、アレクセイと手をつないで、アレクセイに連れて行ってもらって!」と、カーディフが言った。

「はい、分かりました」と、ララが言った。

 ララは、アレクセイと手をつなぎ、目をつむり‥・気が付いたら、空気の渦に包まれて、メルバーンのとある町にいた。

「ふう、まあ無事にはついたね。ここら辺のはずなんだ」と、アレクセイ。

「ちょっと住民に聞いてみよう」と、アレクセイが言った。

 二人は、この村に住む魔法使いの中で、最近妹さんを亡くした魔法使いがいないか、聞いて回った。

「それなら知ってるけど・・・あんたら、よそもんだろ??みたところ。どうしてそんなこと知ってるのさ」と、中年のおばさんが二人に言った。

「いえ、それなら、その魔法使いに、この手紙を渡してほしいんです。自分たちは、賢者様の使いの者です。使いの少年です」と、アレクセイが嘘をつく。

「ああ、そうなのかい。偉いねぇ!!じゃあ、渡しといてあげる!」と、そのおばさんが言って、手紙を持って立ち去った。

「よし、手紙は渡せたし、クラリス、僕らも例のポイントに行こうか」と、アレクセイ。

「例のポイントって?」と、クラリスが聞く。

「その魔法使いとの待ち合わせのポイント」と、アレクセイ。

 二人は、夕暮れの町の中、手をつないで、町を歩き、街はずれの古い、今は使われていない墓地へと向かった。

 夕刻を少し過ぎ、19時になった。待ち合わせの時刻だ。

 やがて、墓地の入り口付近に、黒いローブをまとった魔法使いらしき男が現れた。

「やあ、オーギュスタン・バーナーさん。自分は、・・・」と、アレクセイが言いかけて、その男が、

「賢者様の使いの方だって・・・!!本当か?!?それならありがたい!!事情は知ってるのか??少年」と、その魔法使いが血走った目で言う。荒い息だ。

「よく聞いてください、オーギュスタンさん。我々は、実は賢者の使いというより、神々の使いです。ユニコーンです。魔法使いのあなたなら、一度は聞いたことはあるでしょう。あなたたち人間より、より高次の次元にいる者です。あなたたち人間が困ったときに、魂の導き手として、人間を救う者です」と、アレクセイが言いきった。

「なんだって・・・??」と、男が怪訝そうな顔をした。

「なら、その証拠を見せてみろ」

「いいでしょう。この少女もユニコーンです。クラリス、変身してみて」と、アレクセイが言った。

 クラリスが、うん、と頷き、目をつむって、純白のユニコーンに変身した。

 男が、「ひっ」と言って、しりもちをつく。

「ほ、本物・・・・の、ユニコーン・・・!!!初めて会った・・・!!だが、どうして俺のもとに??俺はただ単に、死んで悪魔とのつながりを断ちたいだけなんだ」と、男が短剣を手に言う。

「これで喉をぶっさす・・・それだけさ」と、男。

「ちょっと待ちなさい」と、アレクセイが厳しい顔つきで言う。

「悪魔と契約したまま死んだら、魂が悪魔に食われて、冥界のアンデッドのような使い魔に転生する、ということを知って、しているんですか??」と、アレクセイ。

「なに?」と、男が短剣をすっと下ろして言う。

「あなたは魔法使いとして年数が浅いから知らないだろうが、事実だ」と、アレクセイ。

「そんなにむげな世界なのか、この世界は!?!私は、ただ単に妹を生き返らせようとしただけだ!!なのに、なんでアンデッドなんかに・・・」

「死者を生き返らせる。その時点で、それは立派な罪です」と、アレクセイがきっぱりと言った。

「偉そうに・・・・」と、その男。

「いいですか、私たちユニコーンなら、あなたと悪魔のつながりを、あなたが死ぬときに断ってあげられる。あなたは天国に送られる。天国に行って、転生できるんです。だから、私たちの言う通りに死んでほしい」

「嘘つきユニコーンめ」と言って、男が短剣を捨て、懐から長い剣を取り出した。

「俺を殺して何かする気だな??生命エネルギーでも吸い取ろうとするつもりか??ならば、お前らを殺してやる!!」と、男が息荒く言う。

 少女の姿に戻っていたクラリスが、「ひっ」と小さく叫び声をあげる。

「落ち着いて、クラリス」と、アレクセイがクラリスを片手でかばう。

「分かった。・・・残念だが、信じてもらえないのなら、自分で自分を殺せばいい。その剣で、自殺してみろ。ただし、貴様の生末は、我々は知らん」と、アレクセイが大声で言う。

「所詮、どこかの魔法使いの少女が、七変化の呪文を使って、ユニコーンっぽく七変化しただけだろう。俺は、いいだろう、貴様らの目の前で、死んでやる!!妹がいないこの世界なんて、いらないし、魔術書には、自殺すれば悪魔とのつながりは断ちきれ、その死者と会える、と書いてあった!俺の勝ちだ!!!」と言って、男は剣で自分の心臓を刺した。

 クラリスが思わず顔をそむける。アレクセイは、じっと見つめている。

「救ってやれなかったな・・・せっかく、我々にはその力があったのに」と、アレクセイ。

「だが、せめてもの救い、死んだこの男に・・・」と言って、アレクセイは、血を流して倒れている男のもとへ駆け寄り、手を翳し、目をつむってユニコーンの高次のパワーを送った。

「せめて無になれる救いを用意する。アンデッドになり果てるぐらいなら、そちらが救いだろう」と言った。

「アレクセイ・・・・」

「これで、よかったんだ・・」と、アレクセイが地に倒れ伏している男を見おろして言う。

「ユニコーンには、自身の身をかばう魔法はほとんど存在しない。無力なんだ。だから、救う手は、これしかなかった。しょうがない」と、アレクセイ。

「行こうか、クラリス」と言って、アレクセイがクラリスの手を握り、瞬間移動の魔法を使った。

 目をつむって、また開いたら・・・・

 クラリスは、あのユニコーンのコロニー(家)の前にいた。深雪が積もっている。

「クラリスには、つらい場面だったかな」と、アレクセイが言った。

「だけど、カーディフからの指令、そろそろクラリスにも、ユニコーンの仕事について、教えておいて、って言われたから」と、アレクセイ。

「じゃあ、家の中へ帰ろうか、クラリス」と、アレクセイが言った。


   *


 それを天界から見ていたフラウとジェハ神だったが、

「ちょっと!!ジェハ神、ララにあんな悲惨なシーン、見せないでよ!!僕が許さないよ!!」と、フラウ。

「……そんなこと言ってもね。ユニコーンの仕事の一つ、実際にその人間のもとに赴き、悩みを聞いてあげる、それは危険の伴う仕事でね。それで命を落とすユニコーンも、多いっちゃあ多いんだ!ちなみに、下界で死んだユニコーンは、無に還る。天国へは来れない」と、ジェハ神。

「・・なんだって!!?」と、フラウ。

「ちょっと待ってよ、ジェハ神!!ララに万が一そんなことあったら、どうするのさ??!僕だけ天界に生き残るとでも!?!?僕に、ララを救いに行かせて!!」

「言ったでしょ、フラウ君、天界の、賢者でもない人間が下界に行く方法は一つだけ。自殺して、空のユニコーンになって、下界に行くこと。下界と天界を結ぶ存在になること。それだけなんだ。実際、天国から下界に行くことは、タブーなんだから・・・」と、ジェハ神がコーヒーをすすってソファの椅子に座りながら言う。

「あのね、ユニコーンは、あくまでも人間を救う存在。力を持たない存在なんだ!自殺しているし、力を持ってはいけないんだ!!だから、ユニコーンって、平均寿命、200年ぐらいなんだ。クラリスさんは、たぶん大丈夫だと思うけど・・・」とジェハ神。

「実際、ユニコーンは、使い捨ての存在に近い。中には、うまく適合して、長生きするユニコーンもいるけど、まず天界に戻ってこれる魂は少ない」と、ジェハ神。

「・・・そんな!!」と、フラウ。

「・・・・うん、だから言ったでしょ、クラリスちゃんには大していい未来は与えられなかった、って。あのね、自殺した人間みんながユニコーンになるわけじゃないんだが、もちろん・・・。ちょっと、そこは企業秘密。僕も、一応神様だから。まあ、概して、ユニコーンは人数不足に陥りやすい」と、ジェハ神は淡々と言ってのけた。

「ジェー―――ハー――――神――――――!!!」と、フラウがジェハ神の胸倉をつかむ。

「あ、それより、フラウ君、君に、クラリスちゃんからの手紙が届いてたよ!」と、ジェハ神が言った。

「え!?!?」と、フラウ。

「その手をはなして、フラウ君!そうしたら、見せてアゲル」と、ジェハ神。


 フラウが、手紙を受け取り、封を開ける。

「3日前に届いたものだよ」と、ジェハ神。


「愛しい フラウへ ララより


 フラウへ 最近では、私もみんなと打ち解けてきました!!毎日が楽しいです!

 ユニコーンの、夢を操作するという仕事にも慣れてきました!アレクセイという年上のユニコーンの方とペアを組んでいます!他にも、シャトル、ケヴィン、クリスティーナ、レオナールという、仲間もできました!

 私のことは心配しないで、変な真似はしないで、フラウは天界で待っていてね!

 100年後、会いましょう!

 はやく貴方に会いたいわ!

                                           ララより」


 という、短いものだった。

「ちょっと、ジェハ神!!」と、フラウが言った。

「クラリスたちは・・・他のユニコーンたちは、そのさっきあなたが言ったむごい使い捨ての事実を知っているんですか??」

「いや、知らない」と、ジェハ神が言った。

「知ったら、誰もその任務に行ってくれないでしょ。リストは僕らから送るんだ。あとはユニコーンたちが決めるんだ。誰が行くか、ってね。ただ、彼らも、任務から帰ってこない仲間がいることには気づいてると思う。おおかた、その消えた仲間は、天国へ行ったとか、ユニコーンの任務から逃げ出したんだろう、とか思っているだろうが」と、ジェハ神が、またしてもけろりと言ってのける。

「なら、僕が知らせる!!」と、フラウがペンにインクを持ち出して言った。

「おっと、それはできないセキュリティの魔法がかかっていてね!君は書こうとしても書けないだろう。いわゆる、口封じの呪文、ってやつさ。悪いね、フラウ君!」と、ジェハ神。チョコレートをかじっている。

「それに、落ち着いて。さっき、平均寿命は200年ほど、と言ったけれど、それは海のユニコーン、炎のユニコーン、森のユニコーンの3種類の合計の平均値。森のユニコーンは、これでも一応一番平均寿命は長いんだ!400年ほど、と言われている。だから、クラリスちゃんはたぶん、大丈夫だよ!!それに、信頼できる仲間もいるみたいだしね!」と、ジェハ神。

「・・・僕が自殺するべきなのか・・」と、フラウが悔し涙を流す。

「こいつぅっ!!!」と言って、フラウが、チョコレートを食べているジェハ神に殴りかかる。

「まって、まってフラウ君、僕は君らの敵じゃない!!だからこうして君を屋敷にかくまっているじゃないか!!!それに、ユニコーンたちに送るリストの人は、一応善人を選んである」と、ジェハ神。

「僕には、見守ることしかできないのか・・・・!!」と、フラウが涙を流す。

「ララ・・・ごめん」

 フラウのその声が、ララに届いているのかは、分からない。


         *


 フラウとララの手紙のやり取りは、そのあと月1回ペースで行われた。

 100通以上の手紙が、お互いのもとにたまった。

       

十三、10年後


「今度、遠足にでも行きましょうか」と、クリスティーナが、夕食の席で皆に告げた。

「神々から連絡が来たのよ、1年に1回の休暇をとっていい、って!町に行っていいらしいわ!!みんなで遠出しましょ!!」と、クリスティーナ。

「期間は2週間、それが今回の休暇期間!よかったわね、みんな!!」と、クリスティーナ。

「お金も支給された。馬車を手配しよう!!」と、カーディフ。

「あら、それは楽しみ」と、冷静なフロゼラ。

「一人、200ルピーまでお小遣いも支給される。町でショッピングするといい」と、レオナール。

「観光地にも行けるんですよね??」と、シャトル。

「俺、あの町がいい」と、ケヴィンが言った。

「ん??どこだい、ケヴィン」と、カーディフが聞いた。

「パラティヌスの町・・・サッカーが有名なところなんだ。俺、前世でもサッカーファンだったし」と、ケヴィン。

「リーグ公式のサッカーボール、欲しいんだ。前、ユニコーンの休暇で100年前に行って買ったのは、もうボロボロだし」と、ケヴィン。

「そうか、なら決定だな!他にも希望はないようだし」と、レオナール。

「毎年、行くわけじゃないんですか??遠足」と、クラリスがクリスティーナにそっと聞く。

「そうじゃないの。たいていは、休暇があるだけ。お金がおりて、遠征が許されるのは、50年に一度なの」と、クリスティーナが言った。クラリスがこのコロニーに来てから、約10年の歳月がたっていた。

 例の戦争は、7年前に終わっていた。一応、帝国側の辛勝だった。だが、悪神シェムハザは、世界侵略を諦めていないようだった。

 コロニーの中から、一人消え、その反対に、また2人ほど、追加されていた。

 クラリスも、一応コロニーには溶け込んでいた。

 夕食後、クリスティーナの部屋で、クラリスは、チェスをしながら、遠足の計画について話し合った。

 遠足は、1か月後の予定だった。

「旦那さんからの手紙、届いたの?」と、クリスティーナ。コロニーの中でも、クラリスとフラウの手紙のやり取りについて知っている者もいたが、基本、神々からは一方通行の連絡なので、ジェハ神以外の神々にバレる心配はなかった。

「はい、クリスティーナさん。私からも、つい2日ほど前、送っておきました」

「いいわねぇ、90年後、会えるといいわね」と、クリスティーナ。

「よければ、その手紙、また読ませてちょうだいよ」と、クリスティーナが言った。

 クラリスがそっと見せる。


「ララへ フラウより


 僕と君が散り散りになってから、約10年となった。結婚記念日のこと、覚えてる??5月17日だったよね。僕は、そこまで覚えてるよ!

 今日も昨日も明日も、君のことばかり考えている。

 眠れないし、君のほほえみが頭にこびりついて離れない。


 僕が必ず君を救って見せるし、また僕と一緒に暮らそう。

 永遠に愛している。


 君の愛の奴隷 フラウより」


 と言う内容だった。

「それで、あなたは何と返事を??」と、クリスティーナ。

「不死鳥さんは3分ぐらいしか待ってくれないから、大急ぎで、簡単に。でも、その内容は、秘密です」と、クラリス。

「あらかじめ用意した手紙をくくりつけるときもあるんですけど」と、クラリス。

「そうなのね」と、クリスティーナがあくびをする。

「遠足、楽しみですね」と、クラリスが話題を変えた。

「・・そうね。何事もないといいけど」と、クリスティーナ。

「計画担当係は、私とレオナールなの。カーディフは、面倒だからもういいって。クラリス、あなたは行きたい観光地とか、ある??これ、一応ガイドブック」と、クリスティーナが駒を進め、「チェックメイト!!」といいながら本を手渡した。

「えーと・・・・ニコラエフスカヤ宝物展示博物館、ってのに行ってみたいです!!宝石が展示してあるんでしょ??気になります」と、クラリス。

「あら、意外とミーハーね」と、クリスティーナ。

「私は、一度でいいから、リラの西部を走る、アムール鉄道に乗ってみたいわ!!観光列車なんだけど、景色が絶景らしいの!どう?あなたも、クラリス」

「ええ、とっても素敵です、クリスティーナさん!」

 クラリスたちのコロニー第8はリラ西部にあった。

 二人は、ガイドブック片手に、わきあいあいと話し合った。チェスは、二人とも勝ったり負けたりした。

 だが、たいていクリスティーナが、こうしたゲーム関係には強かった。


十四、長い旅路、そして別れ


 遠足を一か月後に控えたある日・・・

 カーディフが、新聞を手に、皆を集めた。

「ハシントの国が、・・・ではなく、ここも怪しいところだが、リラ各地で、最近襲撃事件が相次いでいるらしい。なんでも、悪神シェムハザの代理人を名乗る黒装束の男たちの兵士が、村々を襲撃しているらしい。まだ、このコロニー第八周辺には、現れたという報告はないが、神々から、逃げるように、という通達が今さっき来た」と、カーディフが言った。

「南部って・・・。東リラと西リラ、どっちなの?アイン・サラー山脈があるじゃない」と、ローディア。

「それが、西リラなんだ」と、カーディフ。

「そんな・・・!!」と、クリスティーナ。

「ってことは、西のシャタールの国から攻め込んできているのかしら??」と、フロゼラ。

「旅行どころじゃないな」と、ケヴィン。

「東リラに逃げよう」と、カーディフが断固とした声で言った。

「ここでぐずぐずと、襲撃されるのを待つよりは英断だろう」と、カーディフが言った。

「神々に助けを求めてみたら?」と、フロゼラ。

「それこそ、エルフは助けてくれないだろうし」と、フェンサリル。「せめて神々に!!」

「神々でも、悪神シェムハザを止めるすべはないそうだ。冥王ハデスとは違い、地上をうろついている悪鬼だが。もとは偉い神々だったこともあり、力が強大だそうだ。どうする??」と、レオナール。

「私たち、見捨てられたってこと・・・??」と、クリスティーナ。

「それより、早く東リラに逃げないと!!」と、ローディア。

 クラリスは、それらのやりとりを黙って聞いていた。

 不安ばかりが胸をよぎった。

 嫌な予感がした。

 こうして、17名のコロニー第8のユニコーンの少年少女たちは、全員が、ユニコーンに変身して、その姿で山々を駆けて東へと逃げることにした。馬車を雇おうにも、お金はあったが、もう東へ逃げようとする人間たちの予約でいっぱいだった。

 ユニコーンにも、魔法は使えるが、人間の姿でないと使いづらい点があった。

 だが、移動速度は馬の形態の方が断然早いので、皆、荷物を積み、ユニコーンの姿になって、コロニー第8をあとにすることになった。

「怖い??」と、出立の前の晩、アレクセイがクラリスに部屋で聞いた。

 二人は座って、話し込んでいた。

「大丈夫、旦那さんに会えるよう、僕が守ってあげるよ!」と、アレクセイがクラリスを抱きしめた。クラリスも、思わずアレクセイを抱きしめる。

 そして、出立の日が来た。

 荷物はほとんどない。ユニコーンは、食べ物なしでも、水なしでも生きていける。半分霊体の、人間より上位の、高次元にいる生き物だからだ。

 コロニーは燃やしていくことにした。人が住んでいたという形跡を残すと、危険だからだ。いつどこから、トロールやオーク、悪神シェムハザの尖兵がやってくるか分からない。

「みんなの家だったのに・・・」と、クリスティーナとクラリスが抱き合って泣く。

「ウム・・・そうだな」と、レオナールがうつむく。

「クリスティーナ、クラリス、泣かないで」と、シャトル。

「早いうちに出た方がいい」と、ケヴィンが警告したが、17名全員が、名残り深いこのログハウスが燃えるのを見つめていた。

 そして、一行は森林の中を駆け、逃げ始めた。

 村と村をつなぐ街道ではなく、森林(アイン・サラー山脈)の中を通って東リラへ逃げることにしていた。

 もともと、コロニー第8は、西リラの森林の中にあったし。

 村より、山々の中の方が、よっぽど襲撃例は少ない。だから、人目を忍ぶ意味もあり、山脈経由で、17名は逃げることにしていた。

 まあ、ユニコーンは、人の目に見えない魔法も使えたのだが、一日中だと、魔力も消費されて、走る速度も落ちる。


     *


「ジェハ神!!大変です、ララたちが家を燃やしてる!!何があったんです??」と、フラウ。

「・・・・」と、部屋を出ようとしたジェハ神が、ピタリと動きを止める。

「黙ってないで、教えてください、ジェハ神、わけを!!!」

「・・・あのね。悪神シェムハザって知ってる?」と、ジェハ神。

「そりゃあ。僕が戦争に出征した理由になった神様ですから」と、フラウ。

「ああ、そうだったね。君が忘れるはずないよね・・・。あのね、シェムハザがね、また動き出して、今度は西リラを狙ってるんだ!」と、ジェハ神が絞り出すような声で言った。

「・・・なんですって??」と、フラウが真っ青になって言う。

「また戦争が起きてるってことですか!??!」

「戦争っていうか、一方的な侵略。どうも、西リラの王族を狙ってるようだけどね。王都に近づいている。クラリスちゃんたちのいるコロニー第8は大丈夫だろうけど・・・・」

「ジェハ神!!!そんな大切なコト、どうして僕に黙ってたんですか!!」と、フウウが畳みかけるように言う。

「だって、話したら君、確実に自殺して、クラリスちゃんのこと助けに行くでしょ??」と、ジェハ神。

「それはちょっと・・・・僕の問題にもなるし・・・万が一ばれたら、の話だけど」と、ジェハ神。

「ふざけるな!!なら僕はクラリスを助けに行きますよ!!あっ、ララがユニコ―ンになって走ってる!!真っ白い雪原の中を!どこへ行くつもりだ!!?・・・・」

 フラウは、部屋中を見渡し、この日のために見つけておいて・・・いたかった、のだが、見つからなかったあるモノを自然と目で探した。

 ジェハ神に、つかつかと詰めよる。

「さぁ!!」と言って、片手をまっすぐに差し出す。

「僕に短剣を!!早く!!!」と、フラウが言った。叫んだ。

「早くするんだ、ジェハ神!!」

「そ、それは・・・」と、ジェハ神。

「いいけど、あんまりお勧めしないよ、フラウ君。なんといってもね、空のユニコーンになるってことはね・・・月の満ち欠けとともに、姿を変えるんだ。あのね、満月と新月の日には人間の姿に戻れるが、あとはユニコーンの姿をしていなくちゃいけない。そして、神々に仕える存在となる。天女みたいな感じなんだ。天国に来たってことは、元善人ということで、天国での自殺者がなる空のユニコーンは、特に厳しい決まりはない。けどね、その代わり期限は永遠で、君は永遠に神々に仕える身となる。そんな君に、クラリスちゃんはずっと一緒にいてくれるかな・・・??」と、ジェハ神がうつむいて皮肉る。

 だが、事実だ。

「・・・ララは・・・・ララが僕のそばにいてくれるかは、どうでもいい。そんなの、分からない。そんな説明、昔から、あんたから説明を受けて知ってる。・・・けど、僕は、ララを死なせない」と、フラウが涙を一粒流して言った。

「さあ、短剣をよこせ」と、涙を流して、フラウがジェハ神につめよった。

 その剣幕に押され、ジェハ神はため息をつき、懐から、用意していた小箱を取り出した。

「さあ、それを受け取って、フラウ君。その中に、刺した人を確実に殺す短剣が入ってる。好きに使うといい」と言って、ジェハ神も思わず涙を流した。

「感謝します、ジェハ神!」と言って、フラウは小箱をもぎ取り、その中から短剣を取り出した。

 照明のあかりに、刀身がきらりと怪しく光る。

「ララ、僕が助けてアゲル」と言って、フラウは、目を一瞬つむり、その後、カッと目を見開いて、短剣で心臓を突き刺した。

 ジェハ神は、目を背け、倒れる放物線上の孤を描くフラウを一瞬だけ見た。

「人間とは、なんとむごい・・・・」とだけ、呟いて。


               *

 一方、その頃。17頭のユニコーンたちは、山林を駆けていた。

 会話は、意志会話で行う。ユニコーンに使える魔法の一種だ。

(みんな、疲れてない・・?)と、カーディフが意志で会話する。

(俺は疲れてないけど・・・)と、シャトル。

(俺だって疲れてないぜ??)と、ケヴィン。

 女性陣も、男性陣も、みな走り続けた。ただひたすらに。どうやら、敵は東リラまでは攻めていかないようだから、東リラの中心近い経度まできたら、新たに家を建てるつもりだった。

 何日走っただろう。夜は、みな人間の姿に戻り、野営をして、時間つぶしをした。食事の時間はとらなかった。荷物になるのだ。ミニチュア魔法ぐらいはあったが、必要がなかったので、そもそも食料は持ってきていない。

 その時、空から、一頭の翼をもったユニコーンが降りて来た。月夜に、くっきりと、その姿が浮かんでいる。 

(ララ、僕の名を呼んで・・・・!!)と、声が脳裏に響いた気がして、毛布にくるまり、ぱちぱちとはぜる火を見つめていたクラリスは、はっとした。

「フラウ・・?!!?!」と、思わず立ち上がる。

「あれを見て、クラリス!!!」と、クリスティーナが月の方を指さした。

「空のユニコーン・・・!??!アリコーン、ペガサスか!?!?!」と、ケヴィン。

 アレクセイが、

「きっと君のためだよ、クラリス」と言って、クラリスの肩をぽん、と叩いた。

「君の好きな人が、迎えに来てくれたんだ」と、アレクセイが言った。

 そのアリコーン・・・ペガサス・・・は、その翼をはためかせ、やがて一行の野営地に近づいてきて、地上に降り立った。

(ララ、僕だ、フラウだ。わけあって、僕は人間の姿になれない。僕の背に乗って。早く、逃げよう!天界へ、天国へ!!今ならまだ間に合う)と、フラウが言った。

 その通信は、17名全員にも聞こえていた。味方だったからだ。

「で、でも・・・・!!」と、クラリスが後ろを振り返る。16名の仲間たちが、(座っていた子はたちがあり、)クラリスを見送る。

「元気でね、クラリス」と、クリスティーナが一筋の涙を流して言った。

「あなたといろいろとお話しできて、楽しかったわ」

「クラリス、僕のことも忘れないで」と、シャトル。ケヴィンもじっと見ている。

「あんた、強く生きなさいよ。最後まで、あまり話すことはなかったけど」と、フロゼラが言い、クラリスの背中をそっと押した。

「私たちのことはいいから、さっさと逃げなさい、クラリス」と、フロゼラ。

「そうだよ、クラリス、僕らのことは心配しないで」と、アレクセイがにこっと微笑む。

 そのほほえみには魔力がこもっている気がして、優しすぎる微笑みに、クラリスは勝てなかった。

 歩き出し―――フラウの背にまたがった。

(そうだよ、ララ!行こう!!)と、フラウが言った。

「みんな、ごめん‥‥‥!!」と言って、クラリスは流れ出る涙を止めることはできなかった。

 やがて、フラウがクラリスを乗せたまま、空に向かって飛び立った。

 16名のユニコーンの少年少女たちが、それをじっと地上から見つめる。

 手を振る子もいた。泣いている子もいた。

 皆の影が小さくなっていく。

 クラリスはフラウの首筋に必死でしがみつきながら、泣きに泣いた。

 

 こうして、クラリス・アレクサンドリアの命は、天界へと帰って行った。


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