住み着きウィリア

 診療所を出たウィリアは非常にウキウキとした様子で村を歩き、真直ぐにセイの家へと向かった。

 コンコンとドアをノックすると、ややあって、家でのんびりとした休日を楽しんでいたセイが玄関先へやってくる。

「こんにちは、ウィリア。早かったな」

「うん。カルメさんたちを見てたら~、あたしも~、どうしても~、早くセイに甘えたくなっちゃって~! 駄目だった~?」

 不安そうに自分の方を見上げるウィリアに対し、瀬尾がフルフルと首を横に振る。

「いや、大丈夫だ。俺も、ウィリアに会えて、嬉しい」

「え~、本当? 嬉しいわ~」

 目元を柔らかく細め、ニコニコと笑うウィリアが愛らしく桃色に染めた頬を両手で覆い、フルフルと左右に揺れる。

 セイは無表情のまま「本当だ」と頷くと、少しだけ耳を赤く染めた。

「今日は、ピクニックに行くんだろう? 貸してくれ、俺が、荷物を持つ。行き先は、原っぱと森、どっちが良い?」

 ウィリアが両手で一生懸命に抱えていたバスケットをセイがひょいと片腕で持ち上げる。

 すると、ウィリアはセイに「ありがと~!」と言礼を言った後に、ピクニックの行き先を考えて、しばし黙考した。

「原っぱが良いわ~」

 ウィリアがキラキラの瞳を更に輝かせて告げる。

「原っぱか。分かった。でも、意外だな。ウィリアは、俺を独り占めしたいと言っていたから、子どもたちのいない、森を選ぶと思っていた」

「それも少し考えたんだけれどね~、でも~、もう、何日か~、セイのことを独り占めしたでしょう。だから~、今日は、子どもたちと遊ぼうかと思って~」

 セイと復縁し、だいぶ明るくなったウィリアにム村人たちもホッと安心していたのだが、そうしていると今度は、自分たちにあまり構ってくれなくなった二人へ子供たちが不満を溜めるようになっていった。

 そのため、ムッと口角を下げた女の子に、

「ウィリアお姉ちゃん、たまには私たちと遊んでよ!」

 と、強請られてしまったウィリアはセイを引き連れて彼女たちと遊ぼうと考えていたのだ。

 ピクニックのためにと用意したバスケットがやたらと大きくて中身が重いのも、子どもたちの分まで昼食を用意しているからである。

 セイも仕事中に子供に声をかけられたりしており、少し彼らが気がかりではあったので、

「いいんじゃないか?」と頷いた。

 原っぱに到着すると、ウィリアたちの予想通り、そこには既に数人の子供たちがいて、追いかけっこや水きりで遊んでいた。

 そのうち、一人がウィリアとセイを発見すると嬉しそうに駆け寄って行き、二人を遊びに誘う。

 そうして、皆で追いかけっこをしている内に一人、また一人と子供たちが集まってきて、原っぱは、ここ最近で一番の賑わいを見せた。

「楽しかった! けど~、疲れたわね~、セイ」

 夕方近くになって、ようやく解放されたウィリアがヘトヘトの笑顔を浮かべて言う。

 疲弊してもなおキラキラと輝く桃色に夕暮れのオレンジが差し込んで美しさが増したウィリアの瞳を眺め、セイがコクリと頷いた。

「そうだな。疲れた。子供たちの相手は、骨が折れる」

「そういう割に~、セイはちっとも疲れて見えないけどね~。あたしより~、長い間~、子供たちと遊んでたのにね~」

「いや、見た目よりは、疲れている。でも、ウィリアよりは、体力がある」

「そっか~。セイは凄いわね~」

 ニコニコと笑うウィリアにセイはコクリと頷いた。

 ところで、復縁の際に色々と話し合いをしたウィリアとセイは一つ取り決めをした。

 それは、手を繋ぐことに関してだけの取り決めで、できるだけセイが隙を見つけてウィリアの手を包むようにするというものだ。

 律儀に取り決めを守っているセイがガシリと包み込むようにして掴んだ手を、ウィリアが嬉しそうに握り返している。

「ウィリア、おんぶしようか?」

 ウィリアの自宅まで向かう帰り道で唐突にセイが問いかけた。

 自分の方にチラッと広い背中を向けるセイにウィリアが丸い瞳を更にまん丸く開き、「え!?」と驚きの声を上げる。

「ログはよく、疲れたカルメさんを、おんぶしていたと聞いた。ウィリアも、おんぶして欲しいのかと思った」

 セイの言葉を聞いて、ウィリアの瞳に納得したような色が浮かぶ。

 それから彼女は少しだけ考えて、やがてフルフルと首を横に振った。

「ううん、平気よ~」

 ニコニコと微笑む彼女にセイが意外そうに片眉を上げ、

「俺は、まだ、そんなに疲れていない。遠慮しなくても、大丈夫だ」

 と、再度おんぶの打診をする。

 しかし、ウィリアはやっぱり首を横に振った。

「違うわ~、セイ。遠慮じゃないの~。あたしね~、カルメさんみたいにペタ~って甘えるのもいいけど~、今日は~、セイと~、並んで歩きたかったのよ~」

 ふわふわ笑うウィリアがかわいくて、セイは「そうか」と頷くと、キュッと彼女の手を握った。

 静かだが想いの通じ合った沈黙は温かい。

 たまに思い出したように会話をしながら二人で黙々と歩き、やがて到着したのは本来の二人の目的地であるウィリア宅ではなく、セイの家だった。

 実はウィリア、先日セイの家に泊ってから彼の家に入り浸っており、半ば同棲生活を始めているのだ。

 今日も自宅が近づくにつれて、帰りたくない! セイの家に泊まりたい! とゴネ出すウィリアを見て、セイはアッサリ了承すると彼女を自宅に招いた。

「セイ~、お家に入れてくれてありがと~! お礼に~、ご飯作るね~。何が食べたい~?」

 すっかり家に持ち込んで定着したエプロンをかけ、手慣れた手つきで食糧庫を漁りながら問いかける。

 セイは台所でチマチマと料理の準備を始めるウィリアを眺めながら、しばらく黙考した。

「何でもいい、が、家にある材料を考えると、パスタ料理を、作ってもらうことになる。俺は、ウィリアが作るキノコとベーコンのパスタが好きだ」

「じゃあ、それを作るね~!!」

「よろしく」

 ウィリアが料理を作っている間、セイは基本的に自室に戻って仕事道具の手入れをしている。

 キュッキュと道具を磨き上げた頃に完成間近の料理の香りを嗅ぎ、手入れを一時的に終了してニコニコと笑うウィリアのもとへ顔を出すのが、ここ数日のセイの楽しみだった。

『ウィリアは、俺の家に住む気なんだろうか』

 自分のすぐ隣に転がっているウィリアの大きな鞄を見て思う。

 ウィリアがお泊りセットと呼んでいる鞄の中には数着の衣類と化粧道具、部屋着、スキンケア用品などが丁寧に詰め込まれており、簡易的に居住地を移すのに申し分ない程度の品が用意されている。

 実際、ウィリアは鞄の中にあるものを使ってセイの家で生活しているのだが、これに加えて彼の自室や台所にはチマチマとウィリアの私物が侵食し始めていた。

 自室のテーブルに並ぶウィリアお気に入りのアクセサリーや各所の棚に点在する小さなぬいぐるみ、二人で撮った写真の入った写真立てなんかは、その最たるもので、セイの自宅は日に日に可愛らしくなっていた。

『まあ、悪い気はしない。ウィリアが家にいるのも、部屋がウィリア風になっていくのも、ウィリアの隣で眠るのも』

 自宅が他人に塗り替えられていくのを嫌う者もいるが、とことんまでのんびり屋で基本的にこだわりの薄いセイは、いくらウィリアに自宅を弄られようと全く気にならない。

 むしろ、セイは空き部屋を一つ片づけてウィリア用の部屋を用意するか、迷い始めているくらいだった。

 セイのスタンスがそうである以上、本当にウィリアとの同居生活が始まる日も近いのかもしれない。

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4 ひねくれカルメはログの溺愛が怖い……はずだったのに! 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中 @SorairoMomiji

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