いつもの六人

 すっかり暗い夜道をセカセカと歩く。

 仲直りした後もウィリア宅に留まって、お喋りを楽しんだり、イチャついたりしていたら、帰宅時間がかなり遅くなってしまった。

『家が、明るい。何故?』

 出かけた時には明かりなど着けていなかったはずなのに自宅の窓から光が零れているのを発見して、セイは不思議そうに小首を傾げた。

 不信感を抱きながらも玄関を開け、慎重に家の中へ入る。

 やがて到達したリビングで真っ先にセイの視界に入り込んだのは、椅子に座ったままでカルメを抱きかかえ、後ろから彼女に意地悪をしているログだった。

 混乱しながらチラリと視線を動かせば、モゾモゾと何だか怪しい揺れ方をしている真っ白いテーブルクロスも目に入る。

 困惑しきった表情で固まるセイにログが、

「おかえり、セイ」

 と、和やかに挨拶をした。

 外からは見えないようにカルメを弄んでいるログは、全身を真っ赤にして涙ぐんでいる彼女とは対照的に涼やかで非常に楽しげな表情を浮かべている。

「セイ!?」

 ログの声でセイの帰宅に気がついたカルメがビクッと肩を跳ね上げ、素っ頓狂な悲鳴を上げる。

 それから、彼女は悪戯の激しいログの両手首をひとまとめにして拘束すると、彼の上着の中に逃げ込んで身を隠した。

 ログの膝の上で丸まって隠れているカルメは外敵の脅威にさらされ、巣に逃げ込んだ野生動物に似ている。

 カルメの様子に気を良くしたログは、拘束された手の代わりに頬を使って優しく彼女の頭を撫でた。

「なあ、ログ、これは?」

 戸惑いつつも問いかけるセイに、ログがキョトンとした表情になる。

「これって? カルメさんが照れちゃうのは、いつものことだろ?」

「そうじゃなくて、何故、こんな時間に、皆で俺の家に集まっているんだ?」

「ああ、それは、セイが俺たちを家に閉じ込めたまま出かけちゃったからだよ」

 そう伝えてもなお、不思議そうに首を傾げるセイにログが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 どうやら、セイに置き去りにされたばかりのログたちは、適当にお喋りをして時間を潰していたらしい。

 元々、気の長いログと室内で過ごすことが得意なコールだ。

 多少、暇を持て余すことはあっても留守番を苦痛に感じることはなかった。

 しかし、涼しい顔でセイの家に滞在するログとコールに対して困ってしまうのはカルメとサニーだ。

 カルメはいつまで経っても休憩から帰ってこないログを心配して、サニーは仕事が一段落したのを機にコールに甘えようとして、それぞれ村の中を練り歩いてセイの家まで行きついていた。

 合流したばかりの頃は楽しく談笑していた四人だが、サニーがコールへダイレクトにちょっかいを出し始め、ログも雰囲気に便乗してカルメを構いだした辺りから一気に流れが変わった。

 リビングにイチャついた空気が満ちるようになったのだ。

 ログが元気にカルメを構い倒して遊んでいるとセイが帰宅して、今に至った。

 話を聞き終えて、セイはようやく自分のやらかしたことに気がついたらしい。

「突発的に家を出てしまって、申し訳なかった。他人の家に、拘束されるというのは、大変だっただろう」

 深々と頭を下げて謝罪するセイにログがフルフルと首を横に振る。

「いや、大丈夫だよ。さっきも言った通り、俺はカルメさんのおかげで退屈しなかったし、サニーなんかは思いっきりセイをダシに使ってコールとイチャついてたみたいだからさ」

 半笑いのログが未だにモゾモゾと揺れて騒がしいテーブルクロスにチラリと目線を預ける。

 仕事が一段落しただけのサニーは、元々はコールと少しお喋りをしたら働きに戻る予定だった。

 しかし、セイが話をするためにウィリアの元へ向かったと聞くと、

「セイとウィリアの顛末を見届けるのもお仕事! 情報をいち早く取得するためにも、セイの帰りを待たなくちゃ!」

 と、屁理屈とこね、そのまま彼の家へ居座っていたのだ。

 もちろん、サニーの事情など知らないセイは、

「俺を、ダシに? まあ、皆が辛くなかったなら、良いのだが」

 と、不思議そうな表情で頷いた。

 それから、セイはログの視線につられてテーブルクロスを眺め、耳を澄まして中から聞こえる荒い息遣いや声なき悲鳴に耳を傾けた。

「テーブルの下で、モゾモゾしているのは、やっぱりサニーとコールか。いかがわしい事、してないよな?」

 程度は不明だが、少なくとも今、テーブルの下でロクでもないことが繰り広げられているのは間違いがない。

 やはり、自宅で知り合いがイチャイチャしすぎているのは流石に嫌なのだろう。

 セイが酷く渋い表情を浮かべた。

 それに対しログは、

「多分、あんまりにも不健全なことはしてないと思うけど……」

 と苦笑いを浮かべており、多少、羞恥から回復して頬を普通の色に戻したカルメは、

「まあ、全くもって保証はできないけどな」

 と、呆れた言葉を吐いている。

「まあ、サニーたちのことは一旦置いておいてさ、ウィリアとはどうだった? 随分とかかったみたいだけど、揉めた?」

「いや、実は、仲直り自体にはそこまで長くかからなかった。夕方よりも前に、終わったと思う。帰ろうと思えば帰れたが、なかなかウィリアが放してくれなかった」

 穏やかに微笑むセイの頭の中には、

「セイ、帰っちゃヤダ~! あと一時間だけ~、家にいようよ~」

 と、半泣きになって駄々をこねるウィリアの姿が浮かんでいた。

 ウィリアのことを思い出すと気が緩むようで、普段、真直ぐ横に結ばれがちなセイの口角が少しだけ持ち上がっている。

「ラブラブだね」

 幸せそうな友人の姿に安心したログがニコッと笑うと、セイはコクリと頷いた。

「ああ。結構、困らせられたが、その反面、妙に嬉しいものだな」

「分かるよ」

 ログは耳を真っ赤に染めるセイに同調すると、チラリとカルメの方を見た。

 カルメは、「何だよ」と照れたような、怒ったような表情で甘くログを睨み返している。

 安定のバカップルが空気をこそばゆくする中、不意に、コンコンとドアの叩かれる硬い音がリビングまで響いた。

「今日は、来客が多いな」

 ポツリと独り言を溢すセイが玄関のドアを開く。

 少し冷たい風の吹く外にはウィリアがいた。

 早速セイから貰ったマフラーを巻き、モフモフのコートを着込んでシッカリと防寒対策をしているウィリアは、大きめの手提げかばんを抱えていた。

 気恥ずかしそうにモジモジと頬を赤らめるウィリアが、上目遣いになってセイを見つめる。

「セイ~、あのね、あのね~、やっぱり~、今日はどうしてもセイと離れたくないな~って思って~、お家に泊めてほし……なんで、みんないるの~!?」

 ウィリアの目の前にはセイの他にカルメとログ、そして来客が訪れたことにより、いい加減テーブルから這い出てきたサニーとコールがいる。

 てっきり、家にはセイだけがいるものと思って思いきりぶりっ子な態度をとり、彼にペタペタと甘えていたウィリアは、その姿を友人たちに見られた激しい羞恥も相まって、叫ぶような大声を上げた。

 まん丸な目を溢しそうなほど大きく見開くウィリアは、焼けた石のように体を熱くしている。

 これに対し、セイのすぐ後ろからヒョコッと顔を覗かせたカルメとサニーは、ウィリアの姿を見ると酷く呆れた表情になった。

「お前、お泊りセットまで持って押しかけてくるって……なんつーか、気合入ってんな」

「ウィリア、感情の切り替えは早いですよね」

「いや、切り替えは遅いだろ。セイと別れてバカみたいな日数、落ち込んでたんだから」

「確かに。じゃあ、起伏が激しいんですかね?」

「まあ、そうかもな。それで、プラス能天気なんだろ。見ろよ、あの浮かれよう。オーラで花を背負ってる奴、初めて見たぞ」

「あら、本当だ。浮かれポンチちゃんですね」

「なー」

 ジト目でウィリアを見つめ、ヒソヒソと酷い感想を漏らす二人は、辛辣な言葉とは裏腹にホッと安心した明るい表情を浮かべている。

 ウィリアは、チマチマと自分にダメージを与えてくる二人を軽く睨みつけると、

「もう~! 何よ二人とも~! 寄ってたかって~!」

 と、プリプリ怒り始めたのだが、軽く地団太を踏む姿は完全にセイの目を気にした、酷く可愛い子ぶったものだった。

「ほら、あの怒り方、浮かれてる奴の怒り方だぞ。ぶりっこしてやがる」

「ムカつくけど可愛いですね」

 再びヒソヒソ話を始めるカルメたちにむくれたウィリアが、プーッと頬を膨らませる。

 しかし、その後カルメから、彼女たちがセイの家に行きつくことになった理由など諸々を聞かされると、ウィリアは酷く驚いた表情を浮かべた。

「思ったより、色んな人巻き込んでたんだ……」

 ウィリアにも思うところがあるらしい。

 彼女は、しょんぼりと落ち込むと肩を落とした。

「何が思ったよりだよ。私やサニーのことなんか、もろ巻き添えにしてたくせに」

「いや、だって~、カルメさんたちは愚痴を聞いてくれるだけで~、まさか~、そこまで深く考えてくれてるとは思ってなかったですから~」

 乾いた笑みを溢して軽口を叩くカルメに、ウィリアがモジモジと指先を擦り合わせる。

 だが、申し訳なさそうな表情を浮かべて居心地が悪そうにしていたウィリアも、

「まあ、私はウィリアやセイとは幼馴染だし、カルメさんは友達思いだからね」

 と、笑ってサニーに目配せをされたカルメが、真っ赤に照れて狼狽し、

「友達!? ただの知り合いに決まってんだろ。別に、たいして心配したわけじゃなかったし。ただ、診療所でうるさくされるから気に障ってただけというか。大体、私は今回、何もしてないし」

 と、慌てて言い訳し出したのを聞くと、彼女らしいパァッと明るい表情に戻った。

 じゃれるウィリアに照れ怒りするカルメ、そして、たまに二人を揶揄うサニーのせいでセイ宅の玄関先は非常に賑やかだ。

 かしましくハシャぐ三人を眺めるセイは、しばし何かを考え込むと、それからゆったりとウィリアの前へ躍り出た。

「ウィリア」

 セイが声をかけると、唐突に存在感を示してきた彼にウィリアが驚いて、「キャッ!」と悲鳴を上げる。

「な~に? セイ~」

 すぐに頬を染めて浮かれた声を出すウィリアをセイは少しの間だけ見つめると、無言で彼女に向かって両腕を伸ばした。

 そして、そのままウィリアを抱き上げるとセイは彼女を横抱きに持ち直し、柔らかな前髪のかかる真っ白い額にポンと唇を押し付けてキスをした。

 すると、ウィリアの顔がボンと爆発するように一瞬で朱色に染まって、柔い髪の先からユラユラと湯気を出すようになった。

 キラキラと輝く宝石のような瞳を大きく開いてセイを見つめ、わなわなと甘く震える姿はカルメが照れた時にも似ているが、ウィリアの照れの方が繊細で乙女らしい印象がある。

 今までの精らしからぬ唐突なイチャつきにウィリアがバキリと固まってしまうのは当然のこと、彼女以外の面々もギョッとして言葉を失っていた、

 甘ったるく凍り付いた場の雰囲気に内心で「あれ?」と首を傾げたセイがウィリアを見つめる。

 すると、鋭くて精悍な雰囲気のあるセイの瞳に心臓をギュッと握り込まれたウィリアはビクッと体を震えさせた。

 セイに触れられているところがやけに熱い気がして、体中にゾワゾワとした甘さを走らせる。

 お喋り苦な口が上手く回らなくなって、ドキドキと鳴る心臓を両手で押さえつけながらセイの言葉を待った。

 満を持してセイが発した言葉は甘い誉め言葉でも、少し強引な誘い文句でもなく、

「ログを、参考にしてみたんだが、もしかして、ウィリアの言っていたのは、こういうことじゃなかったのか?」

 である。

 優しくて誠実なセイは、自分なりにウィリアの言葉を受け止めて彼女を大切にしようと、ログの真似っこをして彼女の好きそうなシチュエーションを演出していたのだ。

 しかし、予想に反してウィリアの反応が芳しくなかったため、セイは何故だ? と首を傾げてしまったらしい。

 セイの意図を知り、何だか拍子抜けしたような気持ちになってしまうカルメたちに対して、ウィリアはセイに魅了されたままだ。

 彼女は胸や脳内に溢れる感情に収集をつけられなくなり、マトモに言葉も出せなくなって、

「セイ~、あのね、あのね~、ちょっと待ってほしいの。ちょっと~、ちょっとでいいから待っていてね~」

 と、モニャモニャ口を動かしながら、真っ赤に汗ばむ顔を必死になって両手で隠しこんだ。

 明らかに何も分かってはいないが、気の長さゆえに、いくらでもウィリアを待つことができるセイが「分かった」とアッサリ頷く。

「なんか、過激だな」

 ウィリアにつられて頬を赤らめ、ギクシャクと緊張するカルメがサニーに耳打ちをする。

 しかし、サニーは、

「いやいや、カルメさんたちほどじゃないでしょ」

 と、あっさり笑って首を横に振った。

「別に私たちは……ログは過激だが、私は過激じゃない。でも、なんだろうな、このドキドキ感。普段、過激というかアレなサニーたちはいくら見ていても恥ずかしくならないのに、ウィリアの方は、どうしてか見てるといてもたってもいられなくなる」

「うーん、何ででしょうねぇ。私はカルメさんたちを見ても、ウィリアたちの方を見ても、そんなに照れないから分からないですけど。ただ、しいて言うならウィリアの態度が完全に女の子! って感じだからですかねえ?」

「そうかもな」

 少し照れた様子で頷くカルメの後ろで、実はコールも酷い共感性羞恥に駆られており、フードで熱くなった顔面を覆い隠してモゾモゾと身じろぎをしていた。

 二人とも、演劇や小説上のラブロマンスシーンを平然と見ていられないような、初心で恥ずかしがり屋な性格をしている。

 そのため、カルメたちは帰宅途中でも体を火照らせたままにしてしまい、恋人からちょっぴり揶揄われる羽目になった。

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