もう一度
「ウィリアの、クルクルと動く表情や感情が好きなんだ。捉えどころのない風みたいで、捕まえてみたくなる。宝石の瞳も、突拍子もない行動で驚かせてくれるところも、キビキビと動きまわる姿も、他人の感情に聡くて、気遣いができるところも、好きだ。俺はサプライズされるのが特別好きなわけではないけれど、俺にサプライズを仕掛けようとして、コソコソ行動するウィリアを眺めているのは、好きだった。だから、毎年、誕生日が結構楽しみだった。プレゼントも、嬉しかった。誰かを喜ばせようと行動するウィリアが好きだ。面倒見が良いのも、素敵だと思う。あまり物おじせず、他人と関わったり、考えたことをすぐに行動にうつせたりするのも、長所だ」
少しずつ、少しずつ、セイがゆっくり淡々と言葉を出していく。
セイの白い耳は真っ赤に染まっていたが、テーブルに突っ伏してホコホコと湯気を出すウィリアは彼の様子を確認することができていなかった。
「ウィリア?」
問いかけられて彼女が「なぁに?」と返事をする。
その声が鼻声で掠れていたから、セイは違和感を覚えて片眉を上げた。
「泣いているのか?」
「そうよ~」
「何故?」
「今日のセイ~、なぜなに期のちっちゃい子みた~い」
ムゥッと不貞腐れたウィリアが顔を両腕の中に隠したまま、唇を尖らせる。
せっかく腫れの引き始めていたまぶたが真っ赤に膨らんでいたから、ウィリアはセイに顔をみせられなくて、そのままの姿勢を維持した。
「情緒、滅茶苦茶になっちゃった~。未練も~、余計に強くなっちゃったし~。もっと早くに、セイに聞けばよかった~。あたしのこと好き~って、素直に~」
「そういえば、最近は聞いてこなかったな。前は、頻繁に聞いていたのに」
「だって~、最近はさ~、もしかしたら~、ほんと~に嫌われてるかも~って、怖くて聞けなかったんだもの。セイに~、『実は、最近、あまり好きじゃない』とか言われたら~、立ち直れなかったんだもん」
スンスンと鼻を鳴らして、モダモダと愚痴を溢す。
若干の逆切れをみせるウィリアにセイが「難儀な性格だな」と、感想を漏らすと彼女は余計にいじけてしまって、腕の中に更に顔を隠しこんだ。
そうして内側に閉じ込めた目元にジワーッと涙を滲ませる。
「好かれてたかったんだもの。自分がわがままな自覚はあったから~、あんまり困らせちゃダメ~って思ってた~」
「別に、そんなことはない。ウィリアに頼まれごとをするのは、嫌いじゃない。だが、俺は鈍感だから、指示が正確でないと望むものはやれない。俺はウィリアのこと、幸せにしたかった」
「それならさ~、い~っぱい、わがまま言っとけばよかった。もっと、言っとけばよかったな」
「何を頼みたかったんだ?」
「教えなきゃダメ~?」
「知りたいからな」
「知りたいなんて、もの好きね~。今さら言われたって、セイだって困るだろうにさ~」
セイの心の内を知った今でも、ウィリアに「セイと復縁する」という選択肢は存在しない。
既にセイに対する恋愛的な感情を冷やしきってしまっており、今さら彼の恋人になりたいと思えないからとか、彼の言葉を信じられないからとか、そういう理由ではない。
むしろ、セイに嫌われたと勘違いして不満を拗らせ、別れを告げたウィリアだったので、本当は復縁したくて堪らなかった。
しかし同時に、自分から一方的に別れを告げた時点で、
「やっぱり好きだから付き合って!」
なんて、我儘で身勝手な願いを口にすることは許されないとも思っていた。
ウィリアにできることと言えば、つり上がる未練を自覚しながらも今以上にセイを求めてしまわないように気を張って、お茶らけた振る舞いを続けることのみである。
まあ、ずっと泣きかけの顔面を隠している辺り、限界はあるのだろうが。
「あたし、さっきハグして欲しかった~とか、キスして欲しかった~とか、愛してるって言われまくりたかった~って言ったじゃない。それ以外にもね、たくさんあったのよ。それで~、一番のお願いはね~、セイを、一日でいいから独り占めしたかったんだ~。それでね~、とびきりロマンチックにしてもらいたかったんだ~」
「俺を、独り占め?」
「うん。だって~、セイ、皆に頼られるじゃな~い? お仕事でも~、子ども関係でも~、なんでも~。いつだって引っ張りだこでさ~。一緒にいる時に限って、誰かに呼ばれちゃうんだもの~。あのね~、たまにね~、あたしのことだけ、優先して欲しかったんだ~」
思ってもみなかったウィリアからのお願いごとにセイがパシパシと瞬きを繰り返す。
「盲点だった」
「そっか~。セイは~、もう少しあたしと一緒にいたいとか~、なかったの~?」
「なくはないが……」
「あたしには~、時間が足りなく思えてたんだ~。もっと一緒にいたいな~、もっと愛してほしいな~、もっともっと、イチャイチャしてたいな~って思ってた」
「そうか」
「そうよ~。わがままでごめんね~」
クスクスとウィリアが笑みを溢す。
少しの間、沈黙が嫌に場を支配した。
「なあ、ウィリア」
「なあに? セイ」
「ウィリアは俺のこと、どう思っていた?」
「気になるの?」
ずっと腕の中に仕舞っていた顔を上げ、キョトンと首を傾げるウィリアに「当たり前だろう」とセイが頷く。
相手のどこが好きだったか。
先に自分が答えをもらっていたことも関係して、ウィリアは一生懸命にセイのことを考え始めた。
「えっと、あのね、格好よくて~優しいところ! のんびりなところも~、大好きだったのよ」
「そうか、照れるな」
セイが両耳を真っ赤に染めて頭を掻く。
ウィリアは過去も今も大好きな感情の出やすいセイの耳を眺めて、「えへへ」と笑うと、それから少しだけ目線を落とした。
「セイは~、少ないって怒らないのね~」
「何がだ?」
「セイは~、あたしの好きなところ、い~っぱい話してくれたでしょ。あたしは二個か三個くらいだったのに~、少ないって言わなかったな~って」
「……もしかして、催促してほしかったのか?」
セイが訝しげな目でウィリアの瞳を見つめると、彼女は大慌てで首を横に振った。
「違うの~! そういうわけじゃなかったのよ~! そうじゃなくて~、優しいな~って、思ったの。あたしだったら~、不満に思っちゃうからさ~。セイは大人だな~って、そういうところ、好きだな~って思ったの」
「そうだったのか」
「うん。あのね~、ほんと~はね~、好きな所、もっといっぱいあるのよ~。大きな手のひらとか~、お日様に当たってる横顔とか~、聞いてると眠くいなっちゃうくらい安心する低くて綺麗な声とか~、真っ赤になるお耳とか~! でもね~、照れちゃってね、ど~しても、全部は言えないんだ~」
「ウィリアは、意外と口下手だったんだな」
「そうかも~」
真っ赤になって照れ照れと言葉を出すウィリアをセイは優しい瞳で眺めていた。
「なあ、ウィリア、ウィリアが俺と別れた理由は、俺がウィリアのこと嫌いになったって誤解したからだろ。それが解けたら、また、付き合えるのか?」
セイからの問いかけにギッと心臓が止まりかける。
丸っこい瞳を大きく開いて、驚いたような、困惑したような、なんとも言えない表情でセイの顔を覗き込んだ。
「セイはさ~、セイは、勘違い拗らせて、自己中心的に自分のことを振ってきたような人間と~、もう一度、付き合いたい~って、本気で思うの?」
途切れ途切れになった、不安の渦巻く声で問いかける。
セイはシッカリと頷いた。
「俺は、まだウィリアのことが好きだから。さっきの口ぶりに、未練が残っているという話、勘違いでなければ、ウィリアもまだ俺のこと好きでいてくれてるんだろう?」
ウィリアがコクコクと首を何度も縦に振った。
「それなら、俺はやり直したいと思ってる。また、ウィリアが隣にいてくれる日々を送りたい」
セイが優しく、柔らかく微笑んでウィリアを見つめている。
ウィリアはガタッと音を立てて椅子から立ち上がると、急いで製の元へ行き、モギュッと彼に抱き着いた。
「セイ、ごめんなさい。おバカなことばっかりして、ごめんなさい~!」
ふんわり開いてもらった両腕の中に入り込んでヒシッと抱き着くウィリアはボロボロと涙を溢している。
セイはフグフグと鼻を鳴らす彼女にハンカチを差し入れると、それからフワフワの髪を優しく撫でてやった。
「気にするな。もう、怒ってないから」
「でも、あたし、あたし、バカな事しちゃったから~! もう、セイから離れるの嫌~!!」
セイから復縁の話題を出してもらえたことで、ウィリアはようやく今一番強い願いを口にすることができたらしい。
ヒシィ! と抱き着いてビェェと大泣きするウィリアは、まるで駄々っ子の子供だ。
復縁できても、あるいはできなくても大泣きをして騒がしいウィリアだが、セイはそんな彼女の面倒くさい姿に愛おしさを見出して、ポンポンと背を撫でた。
「俺も、離れるのは嫌だ。それに、俺だって、ウィリアの様子がおかしいのには気がついていたのに、声をかけられていなかった。悪かったと思っている」
セイが持ち前のどっしりとした余裕でウィリアを包み込み、優しく背を撫でると、最初は首を横に振って否定していた彼女も段々に大人しくなって、言葉の代わりにしゃっくりを漏らすばかりになった。
ウィリアが泣き止んでマトモな発生をできるようになるまで回復すると、二人は再び関係を壊滅させてしまわないように話し合いを始めた。
その結果、決まったことは次の二つだ。
一つ目は互いに「してほしい言動、行動」があるのならば口頭で伝えあうこと。
もう一つ目は、安易に別れをほのめかさないことだ。
特に、今回のように一方的に別れを告げることは禁止され、少なくとも不満を共有し合って話し合いを行うまでは互いに別れを告げないことを決めた。
話し合いを拒否することも不可となる。
一見すると当たり前の約束事だが、今回のお別れ騒動は、それすら守られていなかったために起きたのだ。
決して馬鹿にはできない。
「セイ~、あの……ごめんなさい」
一通りの話し合いが終わった後、ウィリアがセイの腕を軽く引きながら再度謝罪を入れた。
申し訳なさそうに眉を下げるウィリアに対し、セイは小さく首を横に振る。
「もう、怒っていないから、謝らなくていい。ただ、反省はしてくれ。そして、二度としないでくれ、本当に。寿命が縮んだんだ」
「セイの寿命が?」
胸に手を当てる仕草がセイにしては随分とオーバーに映る。
ついクスクス笑いを溢してしまったウィリアだが、すぐにセイに、
「笑い事じゃない」
と、柔く頬をつままれて叱られた。
やっぱり、どうしてもまだ少しだけ、セイはウィリアに怒っている。
まあ、結局はウィリアに甘いセイなので、
「ごめんなさい」
と、しょんぼり落ち込む彼女を見ると可哀想に感じてしまい、
「反省をしたなら、いい」
と、柔らかく頭を撫で慰めてしまっていたが。
「そうだ、ウィリア、少し待っていてくれ」
モフモフと頭を撫でられて嬉しそうに口角を上げるウィリアに対し、セイはそう声をかけると持って来ていた鞄をゴソゴソと漁り始めた。
中から取り出したのは、例の真っ白いマフラーだ。
外出時にテーブルに置いていたのを直接、鞄に入れて持って来ていたため、マフラーにはラッピング等が施されていない。
しかし、それでもキチンと折り畳まれた上で丁寧に鞄にしまわれて運ばれていたためか、マフラーはよれたり、ゴミが付着したりすることも無く美しい姿を保っていた。
「セイ、これは~?」
ポフンと手渡された可愛らしいマフラーにウィリアがコテンと首を傾げる。
するとセイは、
「花祭りのプレゼントだ」
と、端的に述べてウィリアの首元にふんわりマフラーを巻いた。
「似合っている」
少しだけ口角を上げたセイがウィリアを褒めると、彼女は既に丸っこくしていた瞳をキラキラと輝かせた。
「セイ~、あのね~、花祭りのプレゼント、貰えるって思ってなかったから~、すごく嬉しい! ありがと~!!」
むふふ~! と幸せを口内に溜めて噛み締めるウィリアは、真っ赤に染まった目元と両耳だけをマフラーから覗かせてニマニマと微笑んでいる。
思わずマフラーをギュッと握り締めてしまう白く長い指やホコホコと温まって汗ばむ全身には、サプライズプレゼントに対する興奮と歓喜が存分に込められていた。
「ウィリア」
「なぁに? セイ」
「ウィリアは、目をキラキラさせて、ニコニコ笑っている姿が、似合うな」
「え~? そうかな~? えへへ~」
上目遣いになってキュルンキュルンと体を揺らすウィリアは、ややぶりっ子な態度だが、素直な笑顔ゆえか、あるいは容姿の良さゆえか、非常に愛らしい姿をしている。
セイは可愛い様子のウィリアを眺めて満足していたのだが、
「あのね~、セイ、あたしのおめめをキラキラにしてくれるのはね~、セイだけなんだよ~」
と、照れ笑いを浮かべる彼女につられて両耳を真っ赤に火照らせた。
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